第9話
この日、夕刻になって外から戻ってきたジョージは換金を終えるとそのまま薬屋に顔を出した。
「どうだい?順調かい?」
奥から店主のミーシャが出てきて彼の顔を見ると聞いてきた。
「何とかね。ポーションがなかったら厳しいよ」
「無理するんじゃないよ。あんた達の旅は始まったばかりだ」
ポーションを5本買ったジョージ。1日に2、3本は飲んでいる。買い物が終わると彼はミーシャにこの街で住民がよく行く店の場所を聞いた。
「迷い人が行く飲み屋じゃなくて地元の人が行くレストランか飲み屋を知りたいのかい?」
「ああ。そっちの方が色々と情報が取れるんじゃないかと思ってね」
「なるほどね」
そう言って数軒の店の名前と場所を口にした。
「今言った店なら問題ないだろう。ただね、住民全てが迷い人を歓迎している訳じゃない。あんた達が来る事で街が潤い、生活に必要な魔石が大量に入るのは事実だ。ただ一方で治安が悪くなるって言っている人もいる。飲み屋に限らず普段から街の中での言動には十分注意するんだよ」
「分かった」
それはジョージも注意しているところだ。自分たちは完全に余所者だ。しかも短期居住者、やりたい放題やって次の街に行こうと考える連中がいないとも限らない。街を出ていけば住民達は追いかけることができない。
「ついでに元迷い人がやってる店も教えてあげるよ」
「この街にもあるんだ」
「2軒あるよ」
彼女はジョージに2軒の飲み屋を紹介した。スモーキーの”スモーク”と同じで、迷い人としての活動を止めて、この街で暮らしているお仲間がいる。情報が取れるかもしれない。
ミーシャの薬屋を出たジョージはまずは教えてもらったレストランに行った。ここは大通りに面していない。中に入ると地元の人が多いレストランというよりは食堂だ。注文した料理を口に運んだが美味い。
「毎日外で魔獣を倒してるのかい?」
1人で食べていると近くに座っていた2人で来ている男性の1人が話かけてきた。年は40代くらいか。日焼けした顔をしている。この街の住民だ。
「そうです。街の外で虎や熊の魔獣を倒して魔石を取り出してます」
「迷い人のおかげで大量に魔石が手に入る。それで1年近く経って魔石のストックが減ってきた頃に新しい迷い人がやってきて魔石がまた大量に手に入る。わしらが暮らして行けるのも迷い人のおかげさ」
この人は迷い人に対して悪い印象は持っていない様だ。
「この街でしっかりと魔石を集めながら鍛錬をして、強くなったらまた次の街を目指して出掛けいく予定です」
「【ゲート】とか言うのを探すんだろう?どこにあるのか分からないものを探すのは大変だよな」
最初に話かけてきた住民と一緒に食事をしている別の男性が言った。彼も歳の頃は40代に見える。2人とも銀髪だ。
「そうですね。まあのんびり探すつもりですよ」
「それがいいんじゃないか?急ぐと見えているものが見えないって言うからな」
そう言うと2人で自分たちの話をし始めた。
ジョージは食事を続けながら今の住民の言葉を思い出していた。その通りだ、急いだら見えているものも見えない。目には映っているのだが記憶には残らない。日本でも何度も経験がある。今回はゲートを探す旅だ。スモーキーが言っていたがゲートの形については固定観念にとらわれずに頭を柔らかくして見る様にしなければ。
当初は飯を食ったらそのまま宿に戻るつもりだったが、せっかくだからミーシャに教えてもらった元迷い人がやっている店のうちの1軒である”ローズ”という飲み屋に顔を出すことにする。
食堂を出ると日が暮れていた。街の中はあちこちに魔石を使った電灯が通りを明るく照らしている。目指す”ローズ”はジョージが食事をした食堂から歩いて10分ほどの距離にあった。通りから路地に入ったところに”ローズ”という木の看板が魔石ランプで照らされている。
「いらっしゃい」
ジョージが扉を開けると中から男性の声がした。店は”スモーク”と同じ様なL字のカウンターだけのショットバーだ。10席ほどのこぢんまりとした酒場で、自分と同じ格好をした白人の女性の2人組がカウンターの奥に座っている。ジョージは彼女達と間を開けて入り口ドア近くのスツールに腰掛けた。
「ビールありますか?」
「あるよ。銅貨1枚だ」
最初の街の”スモーク”と同じ値段だ。ジョージはカウンターに銅貨を置いた。ビールの入ったグラスを持ってきたマスターがその銅貨を手に取った。
「誰に聞いた?それとも飛び込みか?」
いきなりフランクな口調で聞いてきた。なのでジョージもそれに合わせる。
「この店か?薬屋のミーシャが教えてくれたよ」
「彼女か。ならOKだ」
ジョージはビールを一口飲んでどう言うことだ?と聞いた。
「彼女は筋の悪い客は俺には紹介してこない。あの人の紹介ってことでこっちも安心できるってことだよ」
そう言った後で自分はゲイリーで出身はスコットランドだと言った。彼らは自分の国のことをイギリスと言わない。UKと言うこともあるが、イングランド、スコットランド、ウェールズ、ノースアイルランドと言うこともあると、知識として知っていた。ゲイリーは40代後半か。スモーキーと同じ世代に見える。
「俺はジョージ。日本人だよ」
「ジョージは本名か?英語みたいだぞ」
「多くはいないがジョージという名前の日本人はいる」
「なるほどな」
カウンターの奥に座っている女性2人組は自分たちの話に夢中だ。
「この街はいつ着いたんだ?」
「10日程前。今はこの街で金策中だよ」
「急がないのか?先に誰かがゲートを見つけるかも知れないぞ」
彼が本気で言っているのではないのは表情を見ればわかる。
「焦っても同じだろ?。今まで見つかっていないのだから。それに最初の1人だけしか通れないってこともないだろう」
グラスが空になるとジョージは銅貨を1枚カウンターに置いた。ゲイリーが新しいグラスに入ったビールを持ってきた。
「ソロで動いているのか?」
「気楽でいいからな」
「虎や熊退治は楽じゃないだろう」
「慣れたら何とかなるもんさ。ミーシャのポーションがぶ飲みでやってるよ」
「俺もそうだったな」
「ゲイリーもソロだったのか」
「そうだ」
ゲイリーはチラッと奥の女性2人組を見てからカウンターに身を乗り出してくると小声で話をする。
「この世界に来るまで接点がなかった者ばかりだ。女は知らんが、男がチームを組んで上手く行くとは思えなかった。仲間だと思っていた奴が突然背後から切りつけてくるかも知れない。そんな事で悩むなら1人の方がずっとマシだと思ったのさ」
自分と同じだ。
ジョージが黙って聞いているとゲイリーが続ける。
「20年程この大陸を探し回ったよ。大抵の場所は俺たちの先人が探索している。かと言って新しい場所なんてそうそうあるもんじゃない。あってもどうやって行けばいいんだ?と思うくらいの秘境、難所だ。大陸中を動き回っているうちに歳を取って身体の動きが悪くなってきた。魔獣に食われる前に引退したのさ」
ここを初めて3年になるという。前任の元迷い人が引退するので居抜きで買ったそうだ。この世界では元迷い人同士でそうやって店を引き継いでケースが多いという。もちろん店の名前が変わることもある。
「最初の街で酒場をやってるスモーキーも同じ事を言っていたな」
ジョージがスモーキーの名前を出すとゲイリーの表情が少し緩んだ。
「スモーキーの名前は聞いている。奴は俺の前に迷い人としてこの世界にやってきた。そして俺がこの店を始めた時には奴は既に最初の街でバーをしていた」
「接点があるのかい?」
その言葉には首を左右に振る。
「向こうは俺のことを知らないだろう。俺は最初の北の街からこの街にやってくる迷い人からスモーキーって名前と、”スモーク”というバーをやっていることを聞いたんだよ」
話の筋は通っている。
奥に座っていた女性2人組が席を立った。扉の近くに座っているジョージをちらっと見るとそのまま店から出ていった。2人とも金髪でスタイルがいい。彼女達が扉の外に出ていくと店の中がゲイリーとジョージの2人だけになった。
ジョージは周囲を気にしなくても良くなったので今までよりも大きい声、普通の声でゲイリーに話しかける。
「”スモーク”のマスターが言っていたが、この街、そして次の街くらいまでは以前の迷い人が徹底的に探索していて、そのエリアにゲートがある可能性は低いだろうと」
「その通りだ。北にある最初の街、この街、そして次の街の周辺はもう延べ何万人という迷い人が探しまくって何もなかった。この3つの街の周辺にある可能性はほぼゼロと言っていいだろう」
「スモーキーと同じ考えなんだな」
「この情報は最初の街、そしてこの街、次の街にいる元迷い人は、聞かれたらたそう答えるだろう。新しくやってきたお前さんの様な迷い人はこの話を聞くと、最初の3つの街をできるだけ短期間で抜けようとする」
ゲートがないと分かっていれば長居をする街じゃない。ゲイリーによると3つ目の街にも元迷い人がやっているバーがあるそうで、彼はそのマスターから色々と教えてもらったそうだ。
「次の街に行ったらそのマスターの店を訪ねるといい。”ケープ”という名前の店だ」
聞くと元南ア出身の黒人でケープという店の名前は出身地のケープタウンから取ったらしい。
「もう60歳になったのかな。トムソンというんだが人のいい親父だよ」
「この街にももう1軒元迷い人の飲み屋があるってミーシャに教えてもらったよ」
「”ケット・シー”だろう。ジャスミンっていう元迷い人がやってる。フランス出身の女性だ」
「ありがとう」
「しばらくこの街にいるんだろう?」
「ああ。そのつもりだ。また顔を出すよ」
「よろしくな」
「ところで、店の名前の由来を教えてくれるかい?」
「俺のカミさんの名前がローズなんだよ」
「なるほど」




