第10話
次の日の夜、ジョージは今度は”ケット・シー”に顔を出すことにする。ただ店主が女性ということで早い時間は女性の迷い人の客が多いことが予想されるので遅めの時間にバーの扉を開けた。
「いらっしゃい」
カウンターの中にいたのはゲイリーよりもずっと若い。30代に見える金髪の女性だ。彼女がジャスミンだろう。彼女はカウンターの空のグラスを片付けているところだった。店の中には客は誰もいない。
「どこでも座って。少し前に5人組のお客さんが帰ったところだったの。時間も遅いしもう店じまいしようかなと思ってのよ」
「いいのかな?」
「もちろん。お客さんはいつでも歓迎よ」
カウンターに座って銅貨1枚を置いてビールを注文する。
「薬屋のミーシャと”ローズのマスターのゲイリーにこの店を教えてもらったんだ。俺はジョージ、10日程前にこの街に来たジャパニーズだ」
「そうなんだ。なら安心ね」
そう言った彼女はカウンターの下から右手をあげた。そこには短剣が握られている。ジョージはそのナイフに目を遣った。客は歓迎だと言いながらしっかりと準備はしていた様だ。ジョージの視線がナイフから目の前のマスターに移る。
「迷い人と言っても善人ばかりじゃない。私の店のお金を狙ったり、身体目当ての客がいるかれも知れないでしょう?これは護身用」
「なるほど」
そう言って短剣をカウンターの内側に置いた。確かに美人だ。
「私はジャスミン。ミーシャに紹介されたお客さんは大丈夫。彼女は人を見る目がある。ゲイリーもそう。同じ元迷い人同士で普段から付き合いがあるからね」
そう言って彼女はアジア系の迷い人で注意するべき出身国として複数の国名を挙げた。それはスモーキーが言っている国と同じだった。それ以外でやばい国をいくつか挙げた。全てがスモーキーと重なっていた。
「女一人でこの街で生きていく術よ」
あっさりそう言った。ジョージはまた一つ学んだ。
ジャスミンはゲイリーが店を始める少し前にここで飲み屋を始めたそうだ。
「武器を持って魔獣を殺しながら山の中や洞窟の中を歩くのは自分には合ってなかったの。24歳の時に最初の空間に飛ばされた。あの時そのまま天に召された方が良かったとこの世界に来てから後悔したわ」
20代の若者2,000人はランダムで選んでいるのだろう。中にはフィールドで活動をするのが得意じゃない人もいてもおかしくない。
彼女は6年ほどゲート探しをしたが自分には合わないと思ったのと、この世界で付き合っていた男性が魔獣にやられたこともあり、30歳になったところでゲートを探す生活を諦め、ここで店を始めたらしい。
「ミーシャに保証人になってもらって店を持ったのよ。でないといきなり店なんて持てない」
その借金も返済済みで今は背負うものがないと言っている。
「ジョージはソロで動いているの?」
「そう。誰かとチームを組む気はないね」
そういうとじっと見つめてくる。澄んだ青い目をしている。
「急がないの?」
「必要ない。今まで見つかっていなかったゲートがすぐに見つかるのなら、もうとっくに見つかっているはずだよ」
彼女はジョージから視線を外すとおかわりいる?と聞いてきた。彼が銅貨1枚を置くとビールを注いできた。
「ジョージの言う通り。すぐに見つかるのならとっくに誰かが見つけている。皆それは分かっているのよ。頭では分かっていても気持ちが急いでしまうのよね」
「もちろんその気持ちは俺にもある。でもそこはぐっと我慢している。最初が肝心で、しっかりと金策をし、戦闘に慣れて技術を高めることが結果的に近道になるんじゃないかと思ってるんだよ」
「そう考える人は多くいない。ジョージがソロということもあるんだろうけど、大抵はチームを組んで前のめりでガンガン進んでいく人ばかりよ」
「でもおかしな話だよな。こんだけ探しても見つからないって」
ジョージが言った。
「ここに来たお客さん、迷い人の中にもゲートって本当にあるのかしら。とか言っている人もいる。でも私は今でもあるって信じてるわ」
「どうして?」
「だって神様のお言葉だからよ。私はクリスチャン。神を信じているわ」
宗教か。日本人は宗教に無関心な人が多い。正月は初詣だと神社にお参りに行き、キリストの誕生日であるクリスマスを祝う。宗教というよりもイベント扱いだ。
仏教にも神に仕えるものとして如来や菩薩があるが、日本人として普段から信仰しているかと聞かれたらノーと答える人が多いだろう。
ただここでジャスミンと宗教論について議論する気はジョージにはない。信仰とは人それぞれで、他人がとやかく口を出すべき問題ではない。
ジョージは座っていた椅子から立ち上がった。
「ご馳走様。また来てもいいかな?」
「もちろん、ジョージなら歓迎するわよ」
どうやら嫌われなかった様だ。次に来ても短剣は持たないだろう。
ジョージが2番目の街に来て1ヶ月半が過ぎた。迷い人の数もグッと減った。ただ彼は相変わらず街の外で熊、虎を相手にして魔石を取り出しながら戦闘のスキルを高める訓練をしていた。数日前に初めて熊を2体同時に相手をしたが、1体の攻撃を避けながら別の1体を倒し、それからもう1体を倒す事ができた。それ以来虎や熊のそれぞれ2体を同時に相手をする訓練を続けている。おかげで取り出す魔石の数が増えた。と同時にポーションの使用量が以前よりは減った。
夜に”ローズ”に顔を出したジョージ。ここと”ケット・シー”は彼の行きつけの飲み屋になっている。遅い時間でもあったのか客は誰もいない。そういえばスモーキーにしてもこの店のゲイリー、そしてジャスミンにしても迷い人がいない時はどうやって生活しているのだろう。
「迷い人がいる時にがっぽりと稼ぐ、いない時は街の外で魔獣を倒して換金する。これで十分に生きていけるぞ。元迷い人だからな、街の周辺にいる魔獣くらいなら問題なく倒せる」
確かに。おそらく持っている装備も先の街で揃えた良い物なのだろう。
「そうなるとビールしか飲まない俺は店に貢献していないということになる」
「その自覚があるなら違う酒を頼め」
違う酒を頼んだら銅貨2枚だった。ゲイリーによると銅貨3枚や5枚の酒もあるそうだ。
「そろそろ次の街に移動するのか?」
銅貨2枚の酒を飲み終えたタイミングで聞いてきた。
「そうなるかな。次の街へ移動するルートもだいたい理解した。3、4日のうちにこの街を出ようかと考えている」
黙って聞いていたゲイリーは少しの間、目を瞑って何か考えている。目を開けるとジョージを見て言った。
「早いが今日は店じまいする。ジョージ、俺に付き合え、一緒にジャスミンの店に行くぞ」
どういうことだ?と考えるいる間にもゲイリーは手際良くグラスを洗い簡単にカウンターを拭いて掃除をするとカウンターから客が座る側に移動してきた。有無をいわさない感じで店から連れ出されたジョージはそのまま夜の街の中を2人で歩き、ジャスミンがやっている店のドアを開けた。
「あら、いらっしゃい」
「客は帰ったのかい?」
挨拶もそこそこにゲイリーが言った。店の中に客はいない。カウンターの中でジャスミンが手持ち無沙汰に立っていた。
「少し前にね」
「なら好都合だ。そっちも閉店したらどうだ? ジョージは3、4日中に次の街を目指して出ていくらしい。その前にこいつにこの世界のレクチャーをしようと思ってな。ジャスミンもいた方が良いと思ったんだよ」
その言葉で理解したのだろう。分かったというと外の魔石ランプを消し、札を裏返してきた。
「閉店したわよ。いよいよ出発するのね」
そう言ってカウンターの中に入ったジャスミン。ゲイリーとジョージは椅子に座っている。
「そうなる。金はそこそこ貯まった。熊や虎を相手にしても大きなダメージを喰らわなくなった」
今、ジョージの手持ちの金貨は20枚以上ある。熊や虎を2体相手にすることにより稼ぎがぐっとよくなっていた。ここでやるべき事はほぼやり尽くしたと思っている。
「ジャスミンも気がついてると思うが、こいつは今までこの街にやってきた迷い人とは違う」
ゲイリーが言うと私もそう思っていたと言うジャスミン。
「ミーシャも言ってるわよ、ジョージは今まで見たことがない迷い人だって」
「そう言うことだ」
「ん?どういうことなんだい?」
自分だけが話題に入れていない。
「それは今から話をしてやる。そして俺と彼女からこの世界のより詳しい情報を教えてやるよ」




