第89話
今度の遠出は長くなる。片道3ヶ月から4ヶ月、往復だと最長8ヶ月になる。この世界で長い旅を何度もしてきたジョージでも6ヶ月以上の移動は初めてだ。彼は時間をかけて準備をする。ソロで動いているので途中で引き返そうと思えばいつでもできる。そう思うと少しは気が楽になった。
夜に”ボーダー”に顔を出した吾郎。店に入るとアランが座っていた。彼の前には水割りのグラスが置かれている。
「久しぶりだな、ジョージ」
「お互い様だろ」
アランの隣に座ると彼と同じ酒を注文する。
「出かけてたのかい?」
目の前に置かれたグラスを持ち上げて一口飲んだジョージが言った。
「2日前に戻ってきたよ。そっちは?」
「俺は街にいた。もうちょっと、あと2週間程したら出かけるので準備をしてたよ」
「なるほど」
砂漠の街にいる迷い人達の活動のメインは街から離れた山の中だ。遠出をしてゲートを探し、街に戻ってくると街の周辺で身体を動かしながら次の遠出の準備をする。他の街であれば2ヶ月から3ヶ月の遠出だが、ここでは4ヶ月以上となることが珍しくない。皆それが当たり前になっている。それがこの砂漠の街だ。もちろん魔法袋を持っていることも長期間の外出ができる理由であるのは間違いない。
「今回は曇りの日が多かったので移動は楽だったよ」
「なるほど」
このエリアでは滅多に雨が降らない。ただ雲はあるので晴れた日と曇りの日がある。晴れの日が続けば体力の消耗が激しくなる。
「晴れた日が続くときついだろう」
アランの前に酒のおかわりを置いたスミスが言った。
「山の上を探しているから仕事中は天気は関係ない。ただ移動がな」
木が密集している場所は、どこから魔獣が襲ってくるかわからず危険だ。なのでほとんどの迷い人は山の中腹から下にある枯れ木のエリアを移動する。つまり移動は枯れ木のエリア、ゲートを探すのは木が生えている山の中腹から上のエリアと分けている事が多いと言う話はこの街で何度か聞いていた。この動き方が一般的なので隠すような話でもない。周知の事実になっている。
枯れ木のエリアを集中的に探しているのは俺くらいだろうとジョージは思っている。もちろん自分が探索しているエリアを他人に言うことはない。皆それぞれ信念を持って探しているし、この街にいる迷い人で人の情報で気持ちが揺らぐような精神力の弱い者は誰もいない。
「何か変わったことはあったのかい?」
アランがマスターのスミスに聞いている。
「3日前に新たに4人やってきたぞ。”コインブラ”に顔を出している。ロナルドによると11年目12年目のオージーのチームと8年目と9年目のアイルランドとUSAの二人組だそうだ」
「オーストラリア人のチームともう1つが移動だけ4人で組んだんだな」
アランが言うとそのとおりだと言うスミス。ジョージはアイルランドとUSAのチームと聞いて表情を変えた。
「ホテルのレストランでは見なかったな」
「デザートホテルは満室だったらしい。ホワイトホテルに部屋を取ったという話だ」
ジョージも泊まっているこの街で一番のデザートホテルの宿泊客のほとんどが1年以上住んでいる長期滞在者の迷い人だ。しかもそのホテルを常宿にしているほとんどの迷い人は数ヶ月街から離れる時でもチェックアウトしない。部屋代を払い続けられる資金があるのはもちろんだが、それ以上に自分が押さえている部屋を離したくないという気持ちがある。
部屋代は高いがセキュリティは万全でレストランの料理も美味い。長く滞在すれば同業者だけでなくホテルスタッフとも顔馴染みになれる。メリットが大きい。
ただ、中には部屋代を払うのが嫌で毎回チェックアウトする者もいる、彼らがチェックアウトしたタイミングでチェックインができれば部屋を確保することができる。ジョージはまさしくこのタイミングで部屋を押さえることができた。彼は遠出をする時は宿泊代を先払いして同じ部屋を押さえている。
「ひょっとしたらアイルランドとステーツのチームは俺が知っている2人かも知れない」
ジョージが言うとアランとスミスが顔を彼に向けた。
「アイルランド人のギャツビーとカリフォルニア出身のレイモンドの2人だ。活動はソロだが移動だけチームを組んでいる。俺と同じタイミングで移動をしていてあちこちの街で一緒だった」
「仮にそいつらがジョージの知り合いだとしたらこの街に来るのが遅くないか?」
そう言ったスミスの顔を見るジョージ。
「山裾の街で一緒だった時に2人が言っていた。彼らは山裾のエリアに腰を据えて探すってな。ただ装備を更新する目的で砂漠の街に行くかも知れないと」
そう言うとアランもそれは有り得る話だという。過去から装備を買う目的でこの街に来た迷い人もいるらしい。
「今のところ、この街の装備が一番いい。装備を強くするための目的でこの街に来るのは有りだろう」
山裾の街をベースに活動をするが、良い装備を手にいれるための目的で砂漠の街にやってくる。もちろんせっかくこの街まで来たからと、数ヶ月はここで活動をするかもしれない。ただ彼らの本当の目的は山裾の街のエリアだ。
砂漠の街に長期間住んでいる迷い人はこのエリアのどこかにゲートがあると信じている。同じように山裾の街のエリアのどこかにゲートがあると信じている迷い人もいる。
「この街には2軒しか飲み屋がない。この店に来たらジョージの事は言ってもいいか?」
「彼らがレイモンドとギャツビーなら是非頼む」
2日後、ジョージが”ボーター”に顔を出すと店の中に懐かしい顔がいた。
「ジョージ、久しぶり」
カウンターに座っていたレイモンドとギャツビーが立ち上がっり順番にジョージハグを交わした。
「やっぱりあんた達だったか」
カウンターに座ると3人でグラスを合わせた。
「昨日この店に顔を出したらさ、マスターのスミスからジョージの話を聞いてな。じゃあ明日も来るかと今日来てお前が来るのを待っていたんだよ」
レイモンドが言った。
彼らは予想とおりこの街に装備を買いに来たらしい。武器と防具を買い揃えたと言っている。
「オーストラリア人と一緒に来たんだって?」
「たまたまだよ。俺とギャツビーがマウントヒルホテルのレストランで話をしてたら彼らも装備を買いに行くことを考えていたと言うんでな。じゃあ4人なら安心だろうと即席のチームを組んでやってきたという訳さ」
2人は無事に魔法袋を手に入れたらしい。
「小サイズだがソロで動く分には十分だな」
「おかげで行動範囲がまた広がったよ」
魔法袋を手に入れて行動範囲が広がったこともあり、装備を更新しようとこの街に繰り出してきたそうだ。帰りも4人で山裾の街に戻ると言っている。
「それにしても広大な砂漠だな。変な言い方だけど感動したよ」
レイモンドが言っている。ギャツビーも想像以上だと言った。そして2人ともあの砂漠を横断するのは無理だろうと言っている。
「数名が挑戦したらしいが、誰も戻ってきていない。そしてゲートが見つかったという脳内のアナウンスもない」
マスターのスミスが言うと頷く2人。
「ということはジョージはこの街の東西に伸びている山の中を探してるのか」
「そう。片道2ヶ月とか掛けて移動しているよ」
「俺たちも場所が違うだけでやってることはどこでも同じだよな」
ギャツビーが言っているがそのとおりで、迷い人はゲートを探すのが仕事だ。探すにはあちこちを動き回るしかない。それはどの場所にいても同じだ。
「そっちはいつまでいるんだ?」
「来週には山裾の街に帰る」
レイモンドがきっぱりと言った。2人はこの街に来る途中で見た山々や、目の前に広がっている砂漠、さらに山の南側の下半分には緑の木が生えていないということから、このエリアにはゲートはないと判断していた。逆に、山裾の街があるエリアのどこかにゲートがあると確信している。
「ジョージは引き続きこのエリアで頑張るのか?」
グラスの酒を飲み干したギャツビーがジョージに顔を向けた。
「もちろん。まだ探せていない場所がたくさんある。俺はこの地で頑張るよ」
「分かった」
2人が帰る前にもう一度飲もうということになった。




