第87話
街の外へ遠出をすると、数ヶ月の間街を不在にするが、街の周辺で身体を動かして金策をする間は、基本日帰りで夕食はホテルで食べるのが一般的だ。ジョージも他の迷い人と同じリズムで生活をしている。
この街ではガツガツしている迷い人を見ない。皆自分のペースで外に出て活動をしているのはここが最南端の街でこれより先に進む必要がないと確信している迷い人が多いからだろう。時々砂漠に繰り出していく者もいるが、ほとんどの迷い人はこの街を最後の拠点として活動をしている。次の街に出かける準備をする者がいないというのもガツガツしていない理由の1つかもしれない。
次の東への遠出の準備を進めながら近場で魔獣を倒しているジョージ。
夕刻に街に戻り、部屋でシャワーを浴びた彼は1階のレストランに顔を出した。レストランの中は半分近くの席が埋まっている。1人でテーブルに座っているアランと目が合うと手を挙げてきた。ジョージは彼のテーブルに近づいて向かいに座る。
「数分前に来たところだ」
すぐに給仕がやってきた。ジョージはアランと同じ料理を頼む。
「久しぶりになるのかな」
注文を聞いた給仕が下がるとジョージが言った。
「2日前まで山に行っていたからな。ジョージはどうなんだ」
「あと2、3週間したら遠出をする予定。今は街の周辺で身体を動かしてるよ」
「変わったことはあったか?」
運ばれてきた料理を食べているとアランが聞いてきた。
「先週になるのかな、北欧出身の2人組が砂漠に出て行った」
ジョージが言うと食事をしていたアランが顔を上げた。
「無茶をしやがるな」
「俺もそう思う。コービーやカロライナも言ってる、自殺行為だってな」
ゲートがなかなか見つからない。ひょっとしたら砂漠の向こうのエリアか。そう考えて砂漠に繰り出した迷い人で戻ってきたやつはいない。ゲートが見つかったという脳内アナウンスも流れていない。
ゲートを探していると周りが見えなくなる。信念を持って行動しなければ、人は必ず流される、それも悪い方向へ、不幸な方向へ。ジョージはこの世界に来てそれを痛感していた。自分には木彫りの女神像がある。それだけで心の持ちようが変わってくる。
「変な事を聞くが、アランはゲートを探す時の信念というか、心の拠り所は何かあるのか?」
「宗教だな。俺はクリスチャンだ」
アランは指先で軽くグラスをなぞりながら静かに続けた。
「この世界に来てからも毎朝祈りを捧げている。これは外で野営をしたときも変わらない。祈る事で心が落ち着くんだ。それで冷静な判断ができる」
地球にいる時には宗教とは心の拠り所になる。言葉では分かっていても全く実感が湧かなかったが、この世界に来てゲートを探すミッションをしていると、信じるものがあるかないかで全然違う。今のアランの言葉になるほどと頷いていると、今度はアランがお前はどうなんだと逆に聞いてきた。
「俺は地球にいる時はどちらかと言えば宗教とは距離を置いていた。もちろん神社や寺にはお参りはしたが、それも年に数えるほどだ」
「じゃあジョージの拠り所は何なんだ?」
宗教じゃなければ何なんだというアラン。日本人のメンタルはなかなか理解してもらえないだろう。彼らは心の拠り所イコール宗教だと考えている。
「日本には古来から万物に神が宿るという考え方がある。アニミズムという自然信仰の考え方がある。宗教とは違った考え方だ。周りの自然に感謝する意味で毎朝、手を合わせている」
木彫りの女神像が自分を導いているとは言えない。
「それぞれ信じるものがあるということだな」
「そう言う事になる。共産主義国家から来ている連中は信じるものがない。なので早々にリタイアしているのだろう。あるかないか分からないゲートを探すためには技術や運以外にも常に心を平静に保つために人それぞれに拠り所が必要だ」
ジョージが言うとその通りだと頷いている。
食事が終わるとアランが軽く飲むかと言い、2人でホテルを出てコインブラに顔を出した。店に入ると客はおらずマスターのロナルドがカウンターの中で手持ち無沙汰そうにしていた。
「皆遠出をしているのか?誰も来やしない」
2人がカウンターに座るとそう言って水割りを2つ前に置いた。
「開店休業か」
アランが言うとその通りだと言っているが、だからと言って金に困っている風には見えない。たっぷりと稼いでいるのだろう。
「それでお前さん達は遠出をしていないのか?」
「俺は帰ってきたばかりだ」
「俺はもう少ししたら出るつもりだよ」
「ジョージの後でこの街にやってきた迷い人はいない。一方で街から出て行ったのはいる。砂漠に出て行ったやつと北に戻っていった奴らだ」
マスターのロナルドによると2日前に3人の迷い人が街を出て山の北側の山裾の街を目指して行ったらしい。40を過ぎた年齢の3人だったから引退するんだろうなと言っている。
「俺だって今40歳だ。あと2、3年探してゲートが見つからなかったら、その連中と同じく北に戻るかもしれん」
「この街に居続けるってことは考えてないのかい?」
ジョージがアランに顔を向けた。
「その時、つまり迷い人を辞めてゲート探しを諦める時に所持金がいくらあるか。そして自分の体力はどれほど残っているか。それを考えて結論を出すだろうな。ただ山裾の街の魔獣はここよりも弱い。1人で生きていくのなら、山裾の街の方が生活しやすいのではないかとぼんやりと考えているよ」
ロナルドは”ボーダー”のスミスと同じで迷い人を引退するタイミングで前任がやっていたこの店を居抜きで買い取ったと言っていた。そういうコネというかタイミングでもないとこの街で生きていくのは厳しいのかもしれない。アランが言うように外の魔獣は強い。50を過ぎて安全に倒せるという保証はない。街の中で店をできれば収入源があるが、それがなくて引退した後も魔獣を倒して生活費を稼ぐには砂漠の街はハードだ。
「この街には迷い人相手の飲み屋は2軒だ。それでうまく回っている中で新たに飲み屋をやれば結局共倒れになる気がする」
「アラン、その気持ちを忘れないでくれよ。ライバル店になります。なんて勘弁してくれ」
ロナルドが笑いながら言った。
迷い人の数も増えない中、この街で飲み屋だけが増えても結局どこも儲からない結果になる可能性は高いだろう。
「ジョージは31歳か。俺が31の時は引退のことなんて全く考えていなかった。毎日山や森に入っては動き回ったもんさ」
ロナルドがジョージを見ながら言った。
「今の俺がそんな感じだ。今日はこっちを調べた。次はあっちだと動き回ってるよ」
「引退も考えた事ないだろう?」
「引退というか、見つからなかったらどうなるんだ、と考えた事はある。ただそれを考えても、結局自分でやれるところまでやるしかない、引退の前に俺がゲートを見つけてやる。そう気合を入れてるよ」
どこにあるかわからないゲートを何年も探し続ける迷い人。精神力、強い気持ちを持ち続けていないと長く探し続けられない。ここ砂漠の街にやってくる時点で肉体、精神ともに高いレベルにある迷い人ばかりだ。ただそれでもこの街で活動をしている間に精神的に病んでしまう迷い人も出てくる。
気持ちを持ち続ける。言葉では簡単に言えるが実際には簡単じゃない。
”コインブラ”を出てホテルに戻ったジョージ。机の上に木彫りの女神像を置くとじっと見る。
「俺は諦めない。あんたには聞きたいことが沢山あるからな。足腰が立たなくなってもゲートを探し、必ず見つけてあんたに直接問いただしてやる」




