第86話
実際に山の裾、緑の木が生えていないエリアを歩いてみるとよく分かる。ここは見通しが良いのでかなり広範囲を見ることができる。もちろん魔獣が徘徊しているのでゆっくりと見ている訳にはいかない。
この街で活動している迷い人の多くはこの枯れ木のエリアにはゲートが無いと考えているのだろう。他の人の姿を見ない。彼らはおそらく山の中腹から上部の木々が生えているエリアを探索している。自分も女神像が振動しなければ間違いなく木々が生えている山の上部を探索する。
この枯れ木のエリアにゲートがあるとしたら思いもよらない場所か、ずっと遠くの場所になる。近場は探索し尽くされているはずだ。
日帰りで街の周辺を10日ほど探索したジョージは遠出をすることにした。まずは西側のエリアの探索だ。片道1ヶ月、往復で2ヶ月ほどかかるという前提で準備をする。枯れ木のエリアには果実はないが、山の上に登れば果実が生えている木がある。飢え死にすることはないだろう。
それでも魔法袋に水と食料をしっかりと詰め込んで準備を整えたジョージは、朝一番で街を出て山裾に沿って西に進み出した。マイプやティラノは山裾にもいる。それらを倒しながら1週間程進んだところで山に登って、中腹を探索しながら西を目指す。
中腹と言ってもその範囲は広い。山は高さが約800メートルほどあり、緑の木が生えているのは上部の2、300メートルほど。その下は緑の木が徐々に減り、さらに下は枯れ木ばかりになる。
ジョージが調べようとしているエリアは緑の木が減り始めたところから山裾までの6、700メートルの帯状のエリアだ。木々は少ないものの岩や斜面に凹凸があるので全てを見通すことはできない。
ところどころ枯れ木が固まっているところもあるが、基本は木と木の間隔が広い。中腹から下に緑の木が生えていないのは砂漠が関係しているんだろうと言うことは想像できる。確認はしていないが、地面の下にも水がないのかもしれない。砂漠の街もおそらく水源は山の中腹から上でそこから用水路を使って水を取り込んでいるものと思われる。
今までは過ごしやすい気候だったがこのエリアは他のエリアの比べて気温が高い。つまり疲れやすくなるということだ。ジョージは体力の指輪をしているが、それでも今までの移動距離よりも短い距離で身体が疲れを感じる程だった。
夕方になると大きな緑の木の枝で野営をする。早め早めの休養が必要だ。体力の指輪をしているが、それに頼り切るのは良くない。
ゲートを探しながら1ヶ月西に進んだジョージは、再び1ヶ月かけて街に戻ってきた。出て行く時は山の中腹部を、戻る時は山裾に近い場所を歩いてきたがゲートに繋がる収穫はなかった。
山裾を歩いている先に砂漠の街の西門が見えてきた。
「今回は一度も震えなかったな」
約2ヶ月ぶりに砂漠の街に戻ってきた。ホテルは長期契約なので問題ない。換金屋で魔石を現金化して大量の白金貨を手にする。マイプやティラノの魔石は1個が銀貨6枚だ。1日10体程倒すと銀貨60枚、金貨にして3枚。それを2ヶ月毎日続ければ金貨180枚ほど、白金貨18枚になる。命と引き換えとはいえ、金策としては何も問題ない。なので多くの迷い人は遠出から戻ると金策をしなくても十分な蓄えがあるので無理をしなくなる。時間をかけてゆっくりと体調を戻し、再び遠くに出向いていく。迷い人をやめても今までの貯蓄で余生を過ごしたり、店を買ったりすることができる。
部屋で休んだジョージは夕刻にレストランに降りた。この日のレストランも席が半分くらいしか埋まっていない。このホテルに住んでいる迷い人のほとんどは数ヶ月の遠出でも部屋をチェックアウトしないので、ホテル側から見れば十分に採算が取れるのだろう。ジョージも部屋を長期で借りている。帰ってきた時に部屋が埋まっていたらどうしようという余計な心配はしなくてもよい。
レストランに入ると奥のテーブルでコービーが手を挙げている。
「俺もさっき来たところなんだ、一緒にどうだ?」
「そうさせてもらおう」
ジョージはコービーの向かいに座ると近づいてきた給仕に料理を注文した。給仕が下がるとコービーがジョージを見て言った。
「成果なしか」
「今日帰ってきた。そう簡単じゃないだろう。金策にはなったけどな」
しばらくホテルで見ない、つまり遠出をしているというのがわかる。皆そういう生活を続けている。
「成果がないと言って諦める訳にはいかないからな。俺たちはこれを続けるしかない」
「全くその通りだよ」
無かった、見つからなかったと落ち込む迷い人はこの街にはいない。自分の軸がぶれない連中ばかりだ。
料理が運ばれてきた。久しぶりのまともな食事だ。
「あんたは近場で活動してたのかい?」
よく焼けている肉を口に運んで十分に味わったジョージが、顔を上げて向かいに座っているコービーに言った。
「来週からまた出る予定だ」
「数ヶ月単位だな」
「その通り。近場は探し尽くしたんでね」
他人が「探し尽くした」と言っても自分で探すのが迷い人だ。見落としがあるかもしれない、探し尽くしたと言っているが本当はそうじゃないかもしれない。そんな心配をするくらいなら、自分で納得できるまで探した方が良いと考える。
今のコービーの話を聞いているジョージも同じことを考えていた。しかも彼はおそらく山の上部の木々が深いエリアだ。自分とは違う。
「ジョージはしばらくは街の周辺だな」
「そうなるね。体調を戻しながら金策をするよ」
飯を食い終わるとコービーから軽く飲まないかと誘われたジョージ。2人はホテルを出ると”ボーダー”に顔を出した。
店の中にはカロライナが1人で座って飲んでいたが、2人を見ると手を上げて挨拶してくる。
「ハーイ、よかった。これで酔っても連れて帰ってもらえるわ」
コロンビアというお国柄なのか陽気な女性だ。コービーが彼女の隣に、そしてジョージはコービーの隣に座る。
「ジョージは久しぶりになるな」
「今日の昼過ぎに街に戻ってきたよ」
「どれくらい行ってたの?」
カロライナが言った。
「2ヶ月かな。久しぶりにうまい飯を食ったよ」
「そうそう、遠出をするとホテルのレストランの味が恋しくなるのよね。果実や干しパンばかりだと飽きちゃう」
「コービーはまた遠出するんだろう?」
「ああ、来週から行こうと思ってる。しばらくはホテルのレストランの飯と酒はお預けになるな」
この街にいる迷い人達の多くが、ここが最後の探索エリアだと認識している。なので次の街の話が話題にならない。皆マイペースで活動をしていることもあるのか、他の街と違って迷い人同士のピリピリした緊張感というのが感じられない。
誰も何も言わないが、砂漠の街に来ていると言うだけで皆一騎当千の腕前があり、実力に大きな差はないと言う認識でいる。
言ってしまえば、ライバルよりも友人関係に近い間柄になる。
「小耳に挟んだんだけどさ」
カロライナはそう言うと、この街にあるもう1軒のホテル”ホワイトホテル”を常宿にしている迷い人の2人組が来週砂漠に繰り出すという話を聞いたのだと言った。
「それは俺も聞いているぞ。自分たちでチームスカンジナビアと名乗っているスウェーデンとノルウェーの2人組だ」
マスターのスミスがそう言って続ける。
「もちろんどこに行くのかは迷い人の自由だ。ただ知り合いたちは考え直せと言っているらしいな」
黙って話を聞いているジョージだが、内心では砂漠に繰り出すのは自殺行為だろうと思っている。
「自殺しに行くようなもんだ。無茶じゃなくて無謀だな」
コービーが吐き捨てる様に言った。
「この街に長くいた人なのかい?」
「どうだろう、3年くらいかな。この街じゃ短い方だろう」
ジョージの問いにスミスが言った。最南端と言われているこの砂漠の街にいる迷い人は平均で5、6年はいる。30過ぎでここに来て40前まで頑張る。そんなパターンが多い。その後体力と気力の限界を感じて引退するとそれまで訪れた街の中で自分が気に入った街に戻ってそこで余生を過ごす。これが一般的な迷い人の人生だとスミスが言い、コービーもカロライナも頷いている。
「砂漠に行くも行かないも当人の自由だ。ただ、そうは言っても勝算がなければ命を捨てるだけだ。俺が聞いているのは彼らはこのエリアは探し尽くしたからあとは砂漠だけだと言っているらしいが」
「3年で探し尽くしたと言っている時点でいい加減な奴らだな。勝手に死んでこい」
コービーが吐き捨てる様に言った。確かに3年で探し尽くせるほど狭くはない。マスターのスミスはカービーの言葉に苦笑しているが内心では同じ気持ちだ。
「無駄死にね」
カロライナが呟いた。




