第85話
砂漠の街に着いて1週間が過ぎるとこの街に慣れてきた。
今は街の周辺の山裾のエリアを日帰りで探索しながら魔獣を倒して身体を動かしている。大型のマイプやティラノの討伐に慣れた時点で遠出を考えている。
この日の夜、ジョージはこの街のもう1軒の飲み屋である”ボーダー”に顔をだした。店には客はおらず、金髪で髭を生やした男性がカウンターの中にいた。
「どこでも好きなところに座ってくれ」
中央に座ったジョージが銅貨4枚をカウンターに置くと、金と引き換えに水割りのグラスが置かれた。
「最近この街にやって来た若いのってあんただな」
「たぶん。ジョージ、5年目のジャパニーズだ」
「俺はスミス。ノースダコタ出身だ」
ノースダコタ、確かアメリカの中部、カナダと国境を接する州だったか。それでボーダーという店名にしているのか。ジョージがそう言うとスミスは驚いた表情になり、次に表情を崩した。
「その通りだ。ノースダコタを知っているジャパニーズがいるとは思ってもみなかったぜ」
「田舎の州というイメージで覚えていたよ」
「それで合ってる。のんびりとした田舎の州さ。山はほとんどなくて一面平野でな。夏はいいんだが冬がクソ寒い。まあそれも今となったら良い思い出だ」
スミスは24歳でこの世界に来て20年以上迷い人としてゲートを探していた。45歳の時にこの店の前のオーナーが引退するタイミングで店を買い取ったのだという。
「最後の6年間はこの街に腰を据えて山の中をひたすらに探し回ったよ。ただ、徐々に身体の無理が効かなくなってきた。いよいよ潮時かと思っていた時にこの店を買わないかという話が来たのさ」
「なるほど」
ジョージが水割りを飲むと、次の酒をオーダーする前に新しいグラスが彼の前に置かれた。
「俺の故郷のノースダコタ州を知っていてくれたんだ、これは俺からの奢りだよ」
「ありがとう」
「それでジョージはこのエリアにゲートがあると睨んでるのかい?」
「あると思っているのが半分、残り半分はとにかく先人が行った街は全部見てやろうと思ってたんだよ」
ジョージが言うとしばらくの間黙っていたスミス。
「この世界の本当の広さは誰も知らない。ただ俺を含めてほとんどの迷い人はこの砂漠の街が最南端の街だと思っている」
そこで彼が一旦言葉を切った。
「どの街にも多くの迷い人がいるだろう。少ないとは言えこの街にも200名程の迷い人がいる。過去からの人数を加えりゃものすごい数だ。それでも今までゲートが見つかっていない。何年も探しているとこりゃ一体どういうことだ?そう自問する様になる」
「たしかに」
「それでもゲートを探すのが迷い人だ。俺が見つけてやるってな。ほとんどの迷い人はそう考えて身体が続く限りゲートを探す。ただ探すことを諦めるやつも出てくる、それが上の台地にいる悪落ちした連中だ。そして、それ以外にもう1つあるんだ」
聞いていてジョージはなんとなく想像がついた。
「ここからさらに南に行くのか」
彼が言うとその通りだというスミス。彼は砂漠の街に来て迷い人として6年、引退して店を持ってからも6年経つ。
「この12年の間に砂漠に繰り出した奴の数は100じゃきかない。これは砂漠に1泊2泊して戻ってきた連中の数は含んでいない。本気で砂漠の向こうにあると決め打ちをして出ていった連中の数だ。そしてこの12年間、誰も砂漠から戻って来なかったし、ゲートが見つかったという話も聞かない」
「砂漠に繰り出して行った連中はチームを組んで出ていったのだろう?」
「そうだ。ソロじゃ100%無理だ。聞いているかもしれんが土の中に魔獣がいる。そいつは昼夜関係なく襲ってくるんだ。音に反応するんじゃないかと言われているが誰もそれを証明できない」
そう言ったスミスがじっとジョージを見つめてくる。
「お前はどうするんだ?」
砂漠に繰り出すのか繰り出さないのか。そう聞いてきた。
「この世界に来て多くの元迷い人と会ってきた。その中の何人かはこの砂漠の街まで来て、結局ゲートを見つけられずに北の街に戻っていった人たちだ」
「その話は聞いたことがある」
スミスが言うとジョージは頷き、話を続ける。
「その人たちが言っていた。南の砂漠はそこから先は探す必要がないと言うサインじゃないかとな。つまりゲートはこの街から北のエリアのどこかにある。俺はそのサインを確かめてみたかった」
「それで実際見てどう感じたんだ?」
ジョージを見つめたまま聞いてくる。
「ああ、諸先輩が言っていた通りだなと。この街の南にある砂漠から先は探索をする必要がない。そう確信したよ」
ジョージがそう言った時、店の扉が開いて客が2人入ってきた。女性客だ。彼女達はジョージの右隣に座ると銅貨をカウンターに置いた。水割りのグラスが2つ置かれる。
「ジャパニーズのジョージだっけ?」
「そう。お二人は昨日、ホテルのレストランで見たよ」
「私はカロライナ、コロンビア出身」
「私はエミリア。出身はウルグアイよ。年齢は聞かないでね」
「2人とも14年目だ」
スミスが言うと2人がもう言っちゃダメでしょうと言っている。
「外に出てるの?」
ジョージから遠い椅子に座っているエミリアが言った。
「近くで体を動かしているところ。まだ野営はしてないんだ」
「5年目だっけ?若いわね。羨ましいわ」
「ほんとね、この街にいるのは年寄りばかり」
「私たちもだけどね」
そう言って笑っている2人。
ジョージもつられて笑っているが、内心では女性2人で砂漠の街までやってきて、そこで活動をしているということは相当修羅場を潜って来ているのだと思って2人を見ていた。
生半可な腕じゃここまで来られない。それ以前の山裾の街までくることすら難しいだろう。そこを乗り越えて、この街に来ている時点で女性だからという先入観は捨てた方がいい。男性でもここに来られない奴は多くいる。
「ずっと2人でチームを組んで活動してるのかい?」
「そう。この世界に飛ばされた時からずっと2人。川の街から山裾の街への移動の時だけ他の人とチームを組んだけどね。それ以外はずっと2人よ。あっ、言っとくけど私たちはそう言う関係じゃないから。ホテルの部屋も別々だからね」
カロライナが言った。
「いや、聞いてないって」
「勘違いされる前に言っておいた方がいいでしょ?」
エミリアがフォローしてくる。
「よくわかりました」
そう言ったジョージが椅子から立ち上がった。
「ごちそうさま」
ジョージが言うと黙って頷くスミス。
「またね」、「今度ゆっくり飲みましょ」
女性2人の声を聞いて”ボーダー”を出た彼は緩やかな坂を登ってホテルに戻った。
部屋に入るとさっきのスミスとの会話を思い出す。
自分の目で見てもそう思ったが、砂漠から南にはゲートはないだろう。あの砂漠はここから先には行くなというサインに違いない。
そうなるとこのエリアで探すべき場所が限られてくる。そしてその限られた場所には多くの迷い人達がいる。なぜゲートが見つからないのか。この場所じゃないのか、いやそれはないだろう。山裾の街にはないことはホテルオーナーのジュンとケンゾーがくまなく探して無かったと言っている。
彼らが見落としていた可能性は?
それを言い出したらキリがない。
ジョージは大きく深呼吸をするとリュックから木彫りの女神像を取り出して机の上に置いた。
「あんたの本当の目的は分からないが、少なくともゲート探しについて手助けをしてくれているのは間違いない。南の山の尾根を降りて木が生えていないエリアに来た時に振動したよな。つまりこのエリア、そして木が生えていないエリアにあるというアナウンスだ。俺はそう信じている」
うだうだと余計なことを考えるのは止めよう。自分で決めたことを貫こう。
気持ちがぐらつきかけたが持ち直したジョージ。自分は木彫りの女神像があるからそう考えることができた。それがない迷い人は年月が経てば経つほど自分のやっていることが正しいかどうか疑心暗鬼になるのだろう。




