第82話
”アドリア”に顔を出した2日後、外で軽く身体を動かしたジョージは夜に”ミドリ”に顔を出した。遅めの時間だったせいか店の中には他に客、迷い人はいない。
「30分ほど前にオリビアのチームの3人が帰ったのよ」
「なるほど」
椅子に座ると銅貨を出す前に水割りが目の前に置かれる。後から出された銅貨を手に取ったポリーナ。
「そろそろ行くの?」
店に入って来た時の雰囲気がいつものリラックスしている雰囲気とは少し違うと感じた彼女が言った。
「来週に街を出るつもりでね。挨拶に来た」
「ジョージは砂漠の街があるエリアにゲートがあると思っているのね」
「それもあるけど、まずは先人達が行った街は全部顔を出してみようと思っている。あと多くの迷い人が心を折られたという砂漠も実際に自分の目で見てみたい」
そう言って目の前に置かれている酒が入っているグラスを口に運ぶ。木彫りの女神像の事は言わない。
「一番最初、この店に来た時の事覚えてる?」
ジョージが頷く。
「あの時、店の名前からジャパニーズだと思ったって言ったよね」
「そう言った。色のミドリじゃなくて、一緒にチームを組んでいたジャパニーズの名前だと言ったよな」
「そう。ジョージはあの後一度もその事について聞かなかったわね」
「チームを組んでいたと言った。そして今の店はあんた1人でやっている。その店の名前がミドリ。何があったのかは想像がつく。そしてそれは聞くものじゃないと思ったんでね」
そう言うと、しばらくの間があってからポリーながぽつりぽつりと言い始めた。
「迷い人をやめて2人でやろうと色々とお店を探していたの。ちょうど今のこのお店が見つかってお金を払った直後にミドリが倒れてね。1週間後に亡くなったの。35歳の時よ」
魔獣にやられる、人間にやられる。それ以外に事故や病気で命を落とす。おそらく表に出ないだけでミドリの様に病気、或いはで不慮の事故で亡くなった迷い人も他にもいるのだろう。
「この世界に飛ばされてからずっと2人でチームを組んでた。移動の時だけは他の女性パーティと一緒に移動したけど、街を起点にしてゲートを探す時はいつも2人。店の名前も2人で決めていたの。でも最初決めていた名前は使わずに彼女の名前にしたのよ」
「あんたがこの世界で頑張ることが彼女への弔いになるな」
「その通り。私はこの店を守り続ける義務があると思ってるの」
ジョージは金貨1枚を取り出してカウンターに置いた。
「日本では死んだら墓を建ててお参りをし、お墓に花やお菓子を供えて故人を供養する習慣がある。この世界に墓があるかどうかは知らないが、お供えさせてもらうよ」
「ありがとう」
カウンターの上の金貨をそっと拾い上げたポリーナはカウンターの奥の壁にある花瓶が置かれている棚の上に金貨を置いた。
その後はたまに会話を交わしながらゆっくりと酒を飲むジョージ。店に入って1時間半程過ぎた頃に椅子から立ち上がった。
「気をつけてね」
「ありがとう」
短いやりとりを交わしてジョージは”ミドリ”を後にした。
山越えの準備を整えながら街の外で身体を動かしているジョージは出発3日前に”ウインドミル”に顔を出した。
中にはジャンセンとレイモンドが並んで酒を飲んでいた。彼はレイモンドの隣の椅子に腰を下ろした。
「南の砂漠の街に行く準備はできたのかい?」
酒が置かれたタイミングでジャンセンが聞いてきた。
「だいたいできた。魔法袋があるから楽だよ」
2人はまだ買えていないと言っている。
「最近この街から砂漠の街に出ていった迷い人はいるのかい?」
ジョージがサンダーに顔を向けて言うと首を左右に振る。
「俺が知る限りここ1年の中ではいない」
「なぜだろう」
ジョージが呟いた。サンダーとジャンセン、レイモンドが彼に顔を向けた。その視線を受け止めるジョージ。
「いや、この先に砂漠の街があるということは皆知ってるだろう?もっと多くの人がその街を目指してもおかしくないんじゃないかって思ったんだよ」
「ジョージが言うのも尤もだ。ただ理由がある」
「理由?」
ジョージはマスターのサンダーを見る。
「そう。いくつか理由があるんだよ」
サンダーが言うにはこの山裾の街の周辺を本気で探すと数年はかかる。探すべきエリアが広い。
「一方で砂漠の街は南側が全て人を拒んでいる砂漠だ。探すのなら東西の山になる。ただその山も中腹から下の部分には木が多く生えていない。しかもほとんどが葉がついていない木だ、つまりかなり遠くまで見通せる。となると探すのは山の中腹から上の部分になる。探すべき場所が限られるんだ」
「なるほど」
レイモンドとジャンセンも酒を飲むのを忘れてサンダーの話を聞いている。
「簡単ではないが、その気になれば砂漠の街の背後の探索だけなら、この街からでも出向いていける。そう考えるのさ。ただ実際にやろうとすると相当困難だけどな」
この街をベースにしつつ、一定期間南の山の中を探索することができるのだと言う。ただサンダーが言う様に山は三重に連なっている。この街を起点にして南の山を全て探すのはまず無理だ。魔獣は多く、斜面はきつい。リスクが高すぎる。魔法袋を持っていたとしても厳しいだろう。
「もちろん、過去から何名もの迷い人が砂漠の街に出向いている。今でも200名程がいると言う話だ。この山裾の街にいる迷い人の4分の1ほどだ。つまり4人に1人は砂漠の街に向かい、4人に3人はこの街に腰を据えて活動しているということになる」
サンダーによれば砂漠の街の情報はこの街にいる迷い人は知っているので自分の年齢、技量、何よりどこにゲートがあるかという可能性を判断した上でこの街に腰を据えて活動をしている者が多いということらしい。
「砂漠の街に行く実力が無いのではなくて、南にある確率は低いという判断なんだな。つまり俺と同じ判断をしている者が多いということだ」
ジャンセンが言うとサンダーがその通りだと言った。
「でもジョージは南に行くんだな」
レイモンドが言った。その言葉に頷くジョージ。
「幸いにしてまだギリギリ30前だ。行って、探して、無いと判断したら戻ってくるよ。その時は俺もこの街に腰を据える」
山裾の街で顔を出している3軒の飲み屋への挨拶は終わった。
出発の2日目、ジョージはアイテム屋に顔を出した。彼の顔を見たユーリは挨拶をすると椅子から立ち上がり、店の奥からシオンを呼んできた。
「いよいよ出発か」
ユーリの後ろからやってきたシオンがジョージを見るなり言った。
「ええ。明後日の朝にこの街を出て南を目指します」
「ゲートが見つかるといいな」
「そうですね。見つからなかったらまたこの街に戻ってくるつもりですけどね」
その言葉を聞いたユーリの表情がパッと明るくなった。
「気をつけてな」
「魔法袋の大きなサイズもある、体力の腕輪もある。バンダナもある。何とかなるんじゃないかと思ってるんですよ」
そう言うと大きく頷いたシオン。
「ジョージは木彫りの女神像を持っておる。必ずそれが役に立つだろう。魔法袋ではなく普通のカバンの中に入れておいた方が良いぞ」
「わかりました」
「ジョージさん、気をつけてね」
ユーリが言った。彼は分かったと言ったあとで最後に握手をしようと彼女に顔を向けると手を伸ばした。彼女も手を伸ばしてきた。しっかりと握手をする。その後で彼はシオンとも握手をした。
「女神様のお導きを信じることだ。そうすれば大願成就するだろう」
「本当に色々とお世話になり、ありがとうございました」
手を離したジョージは丁寧な挨拶をしてアイテム屋を後にした。
次の日、丸1日かけて移動中の水、食料を準備したジョージは翌日の朝、長い間常宿にしていたマウントヒルホテルをチェックアウトすると背中にリュックを背負った格好で街を出て南の山を目指して歩きだした。




