第79話
翌日の夜、レイモンドとジョージはホテルで遅めの夕食を済ませると”ウインドミル”の扉を開けた。カウンターの端にインド系の迷い人が1人で座っている。彼の目の前にあるグラスの酒は半分程減っていた。短い髪をしている。
ジョージとレイモンドは一つ椅子を開けて並んで座った。黙って銅貨をテーブルに置くと2人の前にウイスキーの水割りが置かれる。
「ジョージ、久しぶりだな」
「少し前まで山にこもってたんでね」
「レイモンドもか?」
「俺は森にこもっていたよ」
挨拶が終わるとジョージが左に顔を向けた。
「砂漠の街から帰ってきたというのはあんたかい?」
その声で迷い人が顔を右に向けた。
「その通り。俺はグプタ。42歳だ、出身はインドだよ」
「俺はジョージ、ジャパニーズの29歳、こっちはレイモンド、カリフォルニア出身で、年は、えっと」
「37だ。狭い街だからあんたのことは噂になってる」
隣からレイモンドが言った。その言葉に頷いているグプタ。
「こっちも隠してる訳じゃない。限界が見えたんでね。残りの人生は緑が多い街でのんびり過ごすことにしたのさ」
「1人で砂漠の街から戻ってきたのかい?」
「いや、3人だ。皆俺と似通った年だよ。向こうではソロで活動していたが同じホテルに泊まっていて顔見知りだった。そこでお互いそろそろ限界だなという話になってな。じゃあ3人で山裾の街に戻るかとチームを組んで帰ってきたんだよ」
「3人でこの街に腰を落ちつけるのかい?」
レイモンドが言うと違うとグプタが首を左右に振った。
「俺たち3人の目的地はこの街の北にある川の街だよ。ここで2、3週間程休んだら3人で川の街に移動する予定だよ」
グプタによるとあとの2人はエジプト人とヨルダン人で、2人とも酒は飲まないそうだ。死んでこの世界に来ても自分たちの宗教観は変えていないんだと言っている。
「それであんた達2人は砂漠の街について聞きたいのか?」
グプタが言った。それにはジョージが答える。
「それもあるし、ここと砂漠の街との移動、ルートについても聞きたい」
カウンターの中にいるこの店のマスターのサンダーは黙ってやりとりを聞いていた。彼は今日の昼間にホルバトから話を聞いていた。
「今日か明日、ジョージとレイモンドがそっちに顔を出す。砂漠の街から帰ってきた奴の話を聞きたいそうだ」
「なるほど。奴の方が先に店に来たら俺からも言っておこう」
サンダーはグプタが店に来た時に事前に彼に話をして、グプタの了承を取っていた。
「じゃあまずはこの街と砂漠の街との移動について話をしよう」
そう言ってグプタが話始めた。
山裾の背後の山を越えて砂漠の街に移動するが、山は三重になっていて最初の山を越え、さらにあと2つ山を越える必要がある。一応道は繋がっているがその道は使わない方が良いだろうと言った。
「道の周辺は魔獣が多い。歩きやすいと考えがちだが奥に進むとほとんど休む時間もないほどに次々と魔獣との戦闘になる。当然時にはリンクして2体、3体を相手にすることになるんだ。これはきついぞ」
グプタらは道から少し離れた山の中を移動したそうだ。100メートル程離れるだけで敵と戦闘になる頻度が大きく下がる。山にいる魔獣は基本変わらない。虎とゴリラだ。
ジョージは実際に山道を歩いたことがあるので彼の話には納得できる。
「山は斜面がきついから体力を消耗する。なので魔法袋を持っていないのであれば食料はできるだけ少なくした方が良いだろう。果実の実があちこちにあるのでそれを食べる事で飢えはしのげるし、水分の補給もできる」
「道から少し離れた山の中を移動してどれくらいの日数がかかったんだい?」
「3人で移動して30日だったな。最初に砂漠の街に出向いた時は33日かかった。向こうで装備を更新できたからだろう。帰りというか今回この街に来る時は若干だが時間が短縮できた」
装備の差が戦闘時間の差になる。これも理解できる話だ。
聞いていると体力があれば山越え自体は難しくなさそうだ。ジョージは体力の指輪を持っている。野営は木の枝の上でしながら攻略すれば30日は無理にしても40日以内では山の向こう側に行けそうだという感触を得た。
「3つ目の山を越えるとその向こう側は砂漠地帯になっている。木は山の中腹くらいまでは密集して生えているが、そこから下は木が少なくなる。緑の木よりも枯れ木というか葉がついていない木が多くなるんだ」
「中腹から下は枯れ木が生えているエリアなのか」
「そこにも魔獣はいるんだよな」
レイモンドがいい、続いてジョージが聞くともちろんだという。
「ゴリラや豹はいなくなるが、川の街の近くにいたティラノ、マイプがいる。しかもサイズアップしているぞ。遮蔽物が少ないので見つけることは比較的簡単にできるが斜面での戦闘になることもある。ただ金策にはなる」
ゴリラや虎は緑の木々が生えているエリアに生息し、木が少なくなると彼らの代わりにティラノ、マイプが変わって徘徊している。山の中のゴリラや豹は魔石1個が銀貨5枚だが、山の向こう側にいるティラノ、マイプは魔石が1個銀貨6枚になる。
山の状況はだいたい理解できた。
ジョージとレイモンドが頷いたのを見ていたグプタ。
彼の酒がなくなっているのに気がついたジョージがサンダーに彼の分の水割りの代金だと銅貨をカウンターに置いた。サンダーはグプタの前に酒の入ったグラスを置き、ジョージの前の銅貨を取った。
「悪いな」
グラスを手に取ったグプタが言った。
「いや、安いもんだから気にしないでくれ」
「次は俺が払うよ」
レイモンドが言った。
「砂漠の街についてだが」
そう言ってグプタが話だした。
砂漠の街は山裾にあり、街の大きさはこの街よりも少し小さい。地元民以外に迷い人が200名程住んで周辺でゲートを探している。街の南の城壁から砂漠までは約1Kmあり、その間は草原や椰子の木が生えていて砂漠の砂が街に来ない様になっており、その場所には魔獣はいない。
街の中にある飲み屋は2軒。どちらも元迷い人がやっている。ホテルは街の北側。一番高いところにあるのが『デザートホテル』。街で最高級のホテルだ。この部屋の窓からは目の前に広がっている広大な砂漠が一望できる。
「ホテルの窓からの風景を見て南に進むことを辞める奴が多い。俺もそうだった」
「アフリカにあるサハラ砂漠に似ていると聞いたことがある」
ジョージが言うとその通りだと言った。
「そうなるとゲートを探している連中は街の東西の山裾、あるいは山の中を探しているのか?」
「そうだ。山裾はさっきも言ったが枯れ木が生えていて見通しが良い。ゲートがあればすぐに見つかるだろう。なので皆街の北側の山にこもってるよ。山は東西にずっと連なっている。探す場所は多い」
山の裾でティラノやマイプを相手にして金策をし、上に登ってゲートを探しているそうだ。
「砂漠の中を探している迷い人はいるのか?」
ジョージが聞いた。
しばらくの間があってからグプタが言った。
「俺があの街にいたのは3年弱だ。その期間の話で言うと、いるかいないかと聞かれればいる。ただせいぜい日帰りの範囲だ。砂漠の奥に向かって行った奴で街に戻ってきた奴は誰もいない。これは俺がいた間もそうだし、それ以前もそうだったと飲み屋のマスターが言っている。砂漠に遠出をして帰ってきた迷い人はいないってな」
「あんたは行ったのか?」
「1度だけ行った。実際あの場に行けばわかるが、砂漠には起伏があるんだ。2時間も進めば街が見えなくなり360度何もない砂漠になる。歩いてきた足跡だって風でずぐに消えてしまう。見える範囲は360度全て砂だけだ。木もなければ岩もない。そして魔獣がいる。土の中に隠れていて突然襲ってくるんだ。俺たちは3人で360度警戒しながら進んだが自分たちから数メートル離れた土の中からでかい蠍の魔獣が飛び出してくる。なんとか倒したがこれは無理だとすぐにその場から引き返したよ。とても野営なんてできない。どこにいるかが分からないのだからな」
太陽の位置を頼りに北に進んで街に戻ってきて、それ以来砂漠には行っていないのだという。
「仮にあの砂漠のどこかにゲートがあるとしたら恐らく誰も見つけられないだろう。それくらいに厳しい場所だ」
グプタの話を聞いていたジョージはエイドリアンとの話を思い出していた。
ー 広大な砂漠は俺たちをそれ以上南に行かせない為にあるんじゃないかとな。南に行かず、ここまでのエリアをくまなく探せ、そんな意味が込められた砂漠じゃないかという気がする。 ー




