第78話
鍛錬をするのなら山の中を3週間は移動しよう。そう決めたジョージ。準備をして東の山に入ると山越えの道を奥に進んでいく。事前の知識の通り、道は比較的歩きやすいが魔獣との接敵が多い。道がない山の斜面を登っていくのと比べると1時間あたりの戦闘回数が2割から3割近くは増えている気がする。この感覚は実際にこうして歩いてみないと分からない。道は歩きやすいが戦闘は増える。倒せないことはないが、戦闘が続くと疲労が溜まってくる。自分の体力を見極めながら歩きやすい道を歩く時、険しい斜面を登る時とを判断しなければならない。よい鍛錬になると思いながらジョージは山の中を進んでいった。
夕方になると野営に適した大きな木に登り、その木の枝に腰を下ろした。手に入れた地図は大きくてここでは広げられない。万が一の場合に邪魔にもなる。彼はリュックからメモを取り出すとそこに今日動いたエリアの地図を書いた。
これを山の中で毎日繰り返した25日後、ジョージは山裾の街に戻ってきた。
換金屋で魔石を現金化した彼は、その足でアイテム屋に足を向けた。
「こんにちは、ジョージさん」
「やあ、ユーリ。こんにちは。今日まで山にこもっていたけどね、バンダナと体力の指輪の効果がすごかったよ。随分と助けられた」
「よかったですね。叔父さんにも言っておきますね」
「お願いするよ。よろしく言っておいてね」
目新しいアイテムは入荷していないそうだ。礼を言って店を出た彼は久しぶりにホテルに戻ってきた。シャワーを浴びた彼はベッドの上にジュンから貰った地図を広げて自分の手書きの地図と比較する。結果はほとんど変わっていなかった。
夕刻にレストランに降りて食事をオーダーしたタイミングでレイモンドがレストランに入ってきた。ジョージが手をあげると、同じ様に手を挙げ返してから向かいの席に座った。
「これからか」
テーブルの上が綺麗なのを見てそう言ったレイモンド。給仕がくると彼はジョージと同じ料理を注文する。
「山に行ってたのか?」
「3週間ちょっとね。金策、鍛錬、ゲートは見つからない」
そう言うと簡単じゃないよなとレイモンドが言った。彼は2、3泊しながら森を探索しているそうだ。
「俺も怪しいのは山だろうと思っている。ただだからと言って森を全く探索しないということはしない。1つずつ可能性を潰していくのも必要な作業だからな」
「全くだ」
彼はギャツビーとジャンセンの3人でこの街に移動してきたが、街に到着してからは各自がソロで動いている。
「俺はまだ南の山裾くらいしか歩いていないがきつそうだな」
「斜面の傾斜が結構急勾配なんだが、そこにも魔獣がいる。きついよ」
レイモンドも情報を集めている。ジョージの言葉にそうらしいなと頷いていた。迷い人は皆あちらこちらから情報を集め、それを自分の中で消化する。分かっている情報でも複数から得ることで自分の中での確信度が上がる。レイモンドがしているのはまさにその作業だ。
2人は食事が終わるとホテルの外に出た。レイモンドはこの街にある3軒の飲み屋には全て顔を出したらしい。じゃあどこでもいいなとジョージは”アドリア”の扉を開けた。
「いらっしゃい」
カウンターの中から店主のホルバトが声をかけてきた。カウンターに座っている客は誰もいない。
「昨日は満員御礼だったんだが、今日はお前さん達が口開けのお客さんだよ」
カウンターの中央に座って銅貨を置くと水割りのグラスが2人の前に置かれる。2つのグラスを置いたホルバトがジョージに顔を向けた。
「遠出をしていたのかい?」
「3週間ほど山にね」
「魔法袋を手に入れたらしいな。随分楽になっただろう」
ホルバトが知っていても不思議じゃない。この街には飲み屋が3軒しかない。そう言う話はすぐに迷い人の間で広がる。そして飲み屋で話題になる。
「それは間違いない。ソロだから身軽に越したことはないからね」
ホルバトがレイモンドに顔を向けると彼は顔を左右に振った。街にいる時はアイテム屋に顔を出しているが売り物が出ていないと言う。
「アイテム屋の親父が気まぐれというか偏屈というか。気分で作っているって話だぞ」
ホルバトが言い、レイモンドがそうらしいなと言っている。
ジョージは黙ってその話を聞いていた。内心ではそれは違っていると知っている。ただこれは誰にも言うつもりはない。これはゲートの情報と同じで自分が探してきたからだ。こうして一緒に酒を飲んで差し障りのない情報は交換するが、基本皆ライバルだ。レイモンドだって誰にも言っていない情報を持っているはずだ。嘘はつかないがなんでもかんでもオープンにする様ではこの世界では生き残れない。
情報、人間関係は個人の努力によって得られ、築かれる。
諦めずにマメにあの店に顔を出すんだなとホルバトがレイモンドに言い、この話題が終わった。
「ジョージはそろそろ山越えか?」
「あと2、3ヶ月後を目処にこの街を出るつもりで、そこから逆算してゲートを探しながら鍛錬をしているよ。そっちはどうするんだ?」
「俺はこの山が怪しいと睨んでいる。なのでこの街で腰を据えるつもりだ」
山裾の街に来ると山の向こうの砂漠の街の情報が入ってくる。その情報を自分なりに消化し、山裾の街と砂漠の街のどちらにゲートがある確率が高いのか判断する。多くの迷い人は、この山裾の街に来た時には30歳を超えている。自分の限界が見え始めてきた年齢で最後の探索の重点場所を決める判断に迫られる。レイモンドはすでに30代半ばだ。彼はこの場所と決め打ちをしたのだろう。
ぎりぎり20代のジョージにはそれがない。彼は迷い人が出向いた街には全て顔を出すつもりだ。なのでこの山裾の街も通過点でしかない。
もちろん木彫りの女神像が今の所何も反応しないというのも山越えをする理由の1つだ。彼がジュンからもらった地図ではこの山裾の街の周辺にはゲートはない。またジュンの言葉を信じるのなら川の街の周辺にもない。
それもあってジョージは木彫りの女神像が反応する、しないにかかわらずゲートがある可能性が一番高いのは砂漠の街を起点としたエリアだと考えていた。
「そういえば最近砂漠の街から戻ってきた迷い人がいる。戻ってきたというかゲート探しを諦めて帰ってきたと言った方がいいか。40過ぎのインド人らしいが、結構な頻度でウインドミルに顔を出しているとサンダーから聞いた。一度会ってみたらどうだ?何か情報が得られるかもしれんぞ」
ホルバトがジョージに言った。
「それは是非話を聞きたいな。明日にでもウインドミルに顔を出してみるよ」
「それがいいだろう?昼間にサンダーと話をした時にそう言っていた。1人で帰ってきたのか誰かと一緒なのか、その辺りは俺も知らない。俺が聞いたのは年齢的にキツくなってきたので緑が多い北に戻ってきたと言っているという話だけだ」
「そのインド人の話は俺も聞きたいな」
隣でレイモンドが言った。湯気の立っている情報が手に入るかもしれないチャンスだ。レイモンドの反応は当然だなと思っているジョージ。
「明日必ずウインドミルにいるとは限らないぞ」
「その時はこっちが通えばいい話だ」
「ジョージの言う通りだな」
”アドリア”を出た2人はホテルの入り口を入ったところで別れた。ジョージは部屋に戻ると女神像の前で手を合わせる。
目の前の木彫りの女神像、最後の最後で何か仕事をしてくれそうな気がしている。そうでなければミーシャがこれを自分に手渡してきた意味がない。
手を合わせるとジョージはベッドに仰向けになって砂漠の街から戻ってきた迷い人にどんな話をするか頭の中でシミュレーションする。迷い人をやめた理由が年齢だけなのか、外に何かあるのか。また砂漠の街の様子とその周辺の様子は聞きたい。情報料をよこせというのならある程度の金額までは払うつもりだ。
その後も頭の中でいくつか設問を考えていたジョージ。頭の中がまとまると部屋の明かりを落とした。




