第73話
ジョージは山に籠ることにする。目的は山に入る魔獣の確認と討伐、そしてもらった地図と今の山の姿とのすり合わせだ。まずは街の裏の山の西側を1週間かけて探索することにした。最初から1ヶ月単位で動く必要はない。少しずつ慣れれば良いだろうと考えている。
ただすぐに行く訳ではない。山裾の街の森で金策と身体を動かしながら少しずつ遠出の準備を整えていた。
山裾の街の南、砂漠の街とを隔てている山は1,000メートル級の山々が東西に連なっており、南にも二重、三重になっている。山と山との間の低くなっているところでも800メートルはあるのでしっかりと準備をする必要があった。もちろん魔獣も徘徊している。
この日ジョージは夜に”ミドリ”に顔を出した。この街にある3軒の飲み屋の3軒目だ。
やや遅めの時間だったがカウンターに女性客がいた。泊まっているホテルで見たことがある。金髪の白人だ。
「こんばんは、いいかな?」
「どうぞ。どこでも座って」
そう言ったカウンターの中にいる女性はどう見ても日本人じゃない。こちらも金髪の白人女性だ。
「お酒ください」
「銅貨3枚と4枚と5枚、どれがいい?」
ジョージはカウンターに3枚の銅貨を置いた。それを見た女性がグラスに入った酒を彼の前に置いた。
「ジョージだよね?ホテルのレストランで見たわよ」
カウンターに座っている女性が話かけてきた。
「俺もあんたを見てるよ」
彼女を向いてそう言ったジョージ、今度はカウンターの中の女性に顔を向けた。
「ジョージ、4年目のジャパニーズだ。もうすぐ5年目になる」
「私はポリーナ。このBARをやって4年目になるウクライナ人よ」
「”ミドリ”って言う店の名前だから日本人がやっているのかと思ったよ」
「ミドリはグリーンという意味だっけ?」
ポリーナが聞いてきた。そうだと答えるジョージ。
「グリーンという色の意味じゃないの。私が一緒にチームを組んでいた仲間のジャパニーズの名前を使わせてもらったの」
確かに女性の名前でみどりというのは珍しい名前じゃない。そしてその名前を使っているこの店のカウンターの中には女性が1人しかいない。
ジョージがカウンターの中に視線を送っているのを見ていたポリーナ。
「そう、今は1人でやってるの」
「なるほど」
そこから先は聞けない雰囲気だ。魔獣か病死か、それとも他の要因か。いずれにしてももういない女性だというのは推測できる。
「ねえ、隣に行ってもいい?」
カウンターに座っていた女性が言った。OKすると席を移動してきた。
「私はリズ。アラスカ出身なの。9年目の迷い人よ」
「アラスカか。寒いというイメージしかないよ」
「それで合ってるわよ。ホテルのレストランに他に女性が2人いたでしょ?皆9年目でこの世界に来てからずっと同じチームで動いているの」
他の2人はカナダとイングランドの出身だと言った。女性3人で山裾の街までやってきている。実力者と認められるだろう。
「山裾の街は長いのかい?」
「まだ1年ちょっとね。それよりジョージはずっとソロなの?」
「そう。今まで誰とも組んだことがない。
リズとのやりとりを聞いていたポリーナが言った。
「川の街からここまでソロでどうやって来たの?」
彼はレストランで話をしたことを彼女に話した。黙って聞いていた彼女はなるほどね。と納得した表情になる。
「正解ね。変な話だけど移動中で一番危ないのが草原での野営よ。ソロならまず無理」
「俺もそう聞いていた。だから時間はかかっても安全なルートで移動したんだよ」
酒が無くなった。銅貨を3枚奥と新しいグラスをジョージの前に置いた。新しいグラスを口に運ぶジョージ。
「裏の山は探索した?」
リズが聞いてきた。
「これからだ。今準備中だよ」
「結構きつい山よ。ゲート探しは大変だけど金策にはいいわ」
山の魔獣の魔石は大きくて買取金額が高いという。大きなゴリラがいるが魔石は銀貨5枚になるらしい。あと豹も生息しているがこの山にいる豹は木には上らないらしい。それも魔石は銀貨5枚になるという。
「南の街の森の豹だけが何故か木に登れるのよ。不思議だよね」
そう言って自分の酒を飲むリズ。
不思議なのは魔獣だけじゃない。この世界自体が不思議だらけだ。あちこちに神の意思が働いているとしか思えない。ゲートを見つけたら自分がずっと感じている違和感をあの女神に確かめてやろう。そう思っているジョージ。
そろそろ帰るかとジョージが席を立つと隣のリズもジョージが帰るのなら一緒に帰ると椅子から立ち上がった。
「また来てもいいかな?」
「もちろん。ジョージはいつでも歓迎よ」
「ありがとう」
店を出てマウントヒルホテルに歩いて行く2人。ホテルが見えてきたところでリズがジョージに顔を向けた。
「私の部屋に来ない?」
「1人で部屋を借りているのか?」
「そう。皆それぞれ借りているの。誰もいないし来ないわ」
「分かった。邪魔しよう」
「ジャパニーズは初めてなの。楽しみだわ」
次の日も森で身体を動かしたジョージ。アイテム屋には3日に1度のペースで顔を出しては商品棚を見ているが新しいアイテムは置かれていない。親父にもまだ会ったことはないがジョージは気にしていなかった。こう言うのはあまり自分から動くと良いことがない。流れに任せる方が結局上手くいくということをこの世界に来てからの経験で知っている。
夜のレストランは空いていた。皆遠出をしているのかも知れない。1人で食事をしているとエイドリアンがレストランに入ってきた。ジョージが手を挙げて挨拶をすると彼のテーブルに近づいてきた。
「座っていいか?」
「もちろん」
エイドリアンが料理を注文してからどうだ?と聞いてきた。
「街の北にある森は少し探った。2、3日後から山に入って探索する予定だよ」
「期間は?」
「とりあえず1週間。最初は様子見だからな。そっちは?」
「俺は昨日まで山にこもってたよ」
「なるほど」
それ以上はお互いに聞かない。皆それぞれの思惑で動いている。それが正解か間違っているかなんて誰にも分からない。
エイドリアンの食事が運ばれてきた。
「ジョージはこの南、砂漠の街を目指すのだろう?」
「そのつもりだけど?」
「俺は南に向かうのは諦めた。ここで探し続ける」
「年齢か?」
ぶしつけかと思ったが聞いた。その言葉にエイドリアンが頷いた。
「もうすぐ37になる。移動するにしてもチームを組む相手がいない。ソロで野営をしながらきつい山越えをするとなると相当な体力が必要だ。今の自分の体力と相談しても簡単じゃない。それならまだ探しきれていないこの南の山を徹底的に探してやろうと思っている」
ジョージは黙って彼の話を聞いている。今までの街では実力が足りないと自覚しているから南に行くのを諦めたという迷い人が多かった。
この山裾の街に来ている迷い人は皆実力者だ。ただ年齢による肉体の衰えはどうしようもない。自分の体力と技量を冷静に分析してエイドリアンはそういう結論を出したのだろう。
「ジョージはまだ4年目だ。むしろ行くべきだと俺は思う」
「砂漠の街からさらに南に行ったという迷い人の話を聞かないんだけど何か聞いたりしたことはあるのかい?」
「俺がこの街で聞いたのは過去から砂漠の街から砂漠に繰り出していった迷い人は誰1人砂漠の街に戻ってこなかったということだ。そしてゲートが見つかったという言葉も聞かれていない」
ジョージが頷いているとエイドリアンがジョージを見て言った。
「俺は行ったことはない、あくまで話を聞いた上での考えになるが、俺たちが探すべきゲートは砂漠より北のエリアなんじゃないかと思う」
「どう言うことだ?」
思わず身を乗り出したジョージ。
「広大な砂漠は俺たちをそれ以上南に行かせない為にあるんじゃないかとな。南に行かず、ここまでのエリアをくまなく探せ、そんな意味が込められた砂漠じゃないかと言う気がする」
ジョージはスモーキーが言っていたヒントという言葉を思い出した。砂漠という大きなヒントだ。ここから南を探しても意味がない、無駄だということを砂漠という不毛の土地を使ってヒントを出している。
そう考えるとそんな気もしてくる。実際に言ってみないと分からないが、スモーキーも広大な砂漠に繰り出す気力がなかったと言っていた。ケープのトムソンはアフリカのサハラ砂漠みたいだぞと言っていた。砂漠とは人が活動するエリアではない。
「砂漠がゲート探索の南端ということか」
ジョージが言うとそれが俺の見立てだというエイドリアン。
「実際砂漠を見ていない俺が言っても全く説得力がないと思っているかも知れないが、少なくとも俺はそう考えた。さっきの砂漠の街に行くのを諦めたというのはもちろん体力的にきついのは事実だ、そして同時に砂漠以北のエリアを探せという意味じゃないかと判断したこともあるんだよ」




