第72話
「ジョージはさっきのテミルベックの話に100%賛同してない顔をしていたな。聞き流していたと言った方がいいか」
2人だけになるとサンダーが言った。ジョージは顔を上げて彼を見る。
「そうか?」
「ふん、こっちは迷い人を35歳までやって、それからこの飲み屋を13年やってる。いろんな迷い人を見てきているんだ。人を見る目は多少はあると自負している」
ジョージは目の前のグラスの1つを飲み干すと空になったグラスをカウンターに置いた。
「一人前とか半人前とか言っていたが、それには同意できなかったんでね。彼の事を悪く言うつもりは全くない。14年目、38歳といえばベテラン中のベテランだ。彼には彼の拠り所があり、それが一人前というプライドなのだろう。ただ俺は、この世界でどこの街にいたとしてもゲートを見つけられない時点で皆半人前だ。皆同じだと思っている」
やっぱりこいつは自分の見立て通りの迷い人だったなとサンダー。
「ジョージの言う通りだよ。ゲートを見つけた奴だけが一人前だ」
「あんたもそう思うか」
ジョージの言葉に頷くサンダー。
「確かにこの山裾の街に来る事は簡単じゃない。ただゴールはそこじゃないからな。この世界のどこかにあるゲートを見つけることがゴールだ。そしてゲートがこの大陸の南にあると決まっている訳じゃない。分かった様な口を利いているが、俺だって現役の迷い人の頃はさっきのテミルベックと似た様な考えをしていた。数万人いると言われている迷い人の中で山裾の街まで来ることができるのはそのうちのほんの一握りの数だ。俺たちはエリートだってな。迷い人をやめてしばらくしてからそんなのは何も自慢にもならないって気づいたよ」
サンダーの話に頷くジョージ。ゲートを見つける条件が実力者であること。とは限らない。運、タイミング。実力以外に様々な要因が重なり合って初めて見つける事ができるのだろうと思っている。
詳細な地図を持っているジョージはこの街に長居をする必要はないと考えているが、それでも自分の目で確かめられる所はしっかりと確かめ、納得してから砂漠の街を目指そうと思っていた。
その後しばらくしてからジョージは椅子から立ち上がった。
「また邪魔してもいいかな?」
「ジョージならいつでも歓迎さ」
「ありがとう」
翌日森に入ったジョージはその中で夜を過ごした。丸2日かけて森の中を探索し、山裾の街に戻ってきた彼はこれで森の中の探索を終える。ジュンから手に入れた地図と殆ど差がない事が確認できた。
その日の夜、ジョージは1人で街に出ると”ウインドミル”とは別の飲み屋のドアを開けた。店の前の看板には”アドリア”と書いてある。
「いらっしゃい」
中に入ると客がいなかったが白人のマスターがグラスを片付けているところだった。ちょうど入れ違いだった様だ。
「いいかな?」
「もちろん。閉店にはまだ時間がある。好きな所に座ってくれ」
マスターはウインドミルのサンダーと同じ位の年頃か。ジョージは入り口から奥の椅子に座った。ここもカウンターだけのバーだ。
「俺はジョージ。4年目のジャパニーズだ。お酒を頼む」
そう言って銅貨を3枚カウンターに置いた。ウインドミルと同じ値段だろうと思っていたがその通りだった。銅貨を手に取ったマスターが変わりにグラスに入った酒を彼の前に置いた。
「俺はホルバト、出身はクロアチアだ。この店を始めて5年になる」
飲み屋もジュンやケンゾーがいた頃とは代替わりしている。おそらく前の経営者から居抜きで買っているのだろう。
「いつ来たんだ?」
「ここに来てまだ1週間程しか経ってないよ」
「ソロか?」
その言葉に頷くジョージ。
「4年目のソロの迷い人。強そうだな」
どこでも言われるが、ゲートを見つけられなければその他大勢と同じだ。マスターのホルバトは45歳、40歳でこの山裾の街で迷い人を辞め、前任から店を買い取ってマスターに収まったと言っている。そん時に出身のクロアチアの海のアドリアという名前に変更したそうだ。そういえばアドリア海というのがあったなと思い出したジョージ。
「アドリア海の反対側はイタリアだ。俺は結局イタリアどころかクロアチア国内から外に出る前に死んでしまったよ」
「俺も同じだよ。日本以外行ったことがない。それにしても飲み屋の店の名前に出身地にちなんだ地名をつける店が多いな」
「俺と同じで故郷を懐かしんでるんじゃないか」
この世界に飛ばされても自分のアイデンティティを忘れないために出身地、出身国に関係のある名前をつけるのだろう。キリシマもそうだしハリウッドもそうだ。ハナミズキだって日本人なら分かる言葉だ。
「街の外には出ているのか?」
「北の森には行った。街の背後や東西の山の探索はこれからだよ」
「探す場所が多いぞ」
グラスを拭きおえたホルバトがジョージが座っているカウンターの向かいに立った。
「それは他の街でも同じだった。焦らずやるつもりだよ」
「4年目ならまだ若い。時間はあるな」
この世界のバーは基本同じ作りの店が多いが内装には個性がある。これもマスターの出身エリアによるのだろう。民族の特徴というか地球にいた時に住んでいた場所の影響が内装に反映されている。
この”アドリア”もアドリア海に面しているイメージを出しているのか海の濃いブルーを効果的に使っている。かと言ってトロピカル調になっておらず落ち着いた雰囲気を醸し出していた。ウインドミルでは壁にチューリップや風車の絵が描かれていたが、ここは逆に壁の上部は白で下部は青になっている空と海をイメージしているのだろう。
「ホルバトは砂漠の街には行ったのかい?」
ジョージが聞くと首を左右に振った。
「俺は行けなかった。ソロで活動していたがこの街にきた時にはすでに37だった。3人でチームを組んでこの山裾の街まで来たが、正直自分の限界を感じていた。肉体的にもう山の中で1ヶ月以上暮らすのは出来ないとな。ここから砂漠の街へは1ヶ月ちょっとと言われている。険しい山をいくつか越えていく必要がある。悩んだがこの街を最後の街にしたんだ。一緒にここに来た2人はこの街で2年ほど過ごしてから南の山を登っていったよ。その後どうなったのかは知らない」
自分はもしあのまま山越えをして砂漠の街を目指したとしたら80%以上の確率で途中で死んでいただろうと言っている。強い魔獣を倒しながらきつい山越えをする。相当の体力が必要だ。
「俺はあの時の決断は間違っていないと今でも信じてるよ」
「今砂漠の街に向かうのはきつい山越えになるって言ったけど、道はないのか?」
「もちろん道はある。魔獣と出会う確率は高くなるがな」
「なるほど」
歩きやすい道は迷い人にとってもそうだが、魔獣にとっても同じだ。
「この街で他の2軒の飲み屋には顔をだしたのか?」
「ウインドミルには顔を出した。もう1軒はまだだ」
「”ミドリ”だな」
ミドリ?緑のことか?だとしたらそこは日本人がやってるのか?ジョージが言うと行ってみれば分かるというホルバト。何か事情を知っていそうな言い方をする。実際に店に行って確かめてみる必要がありそうだ。
「わかった。一度顔を出してみるよ」
その後ジョージは30分程アドリアで酒を飲んでから椅子から立ち上がった。
「また来てもいいかな?」
「もちろん、しばらくいるんだろう?贔屓にしてくれ」
「分かった。ありがとう」
ホテルに戻ったジョージはジュンからもらった地図をベッドの上に広げる。改めてよくみると山裾から山の上に向かって黒い線が1本描かれていた。これがおそらく山越えの道だろう。地図では山裾の街から少し東に移動したところが起点になり、蛇行しながら山の上に向かって線が伸びていた。
山を探索する時にこの道もチェックする必要がある。




