第70話 山裾の街
次の日の朝、ホテルをチェックアウトした彼は西の山を目指して歩き出した。
川の街から西の山裾までは通い慣れたルードだと言ってもいい。何度もここを往復して魔獣を倒しては金策をしていた。草原を歩き、森を抜けて西の山に着くとそこからは山裾に沿って南に歩いていく。
昼間は草原を歩き、日が暮れる前に山に入ると木の枝に登って夜を過ごす。そうすることで魔獣から襲われるリスクを回避する。山の中で果実がなっている木を見つけると果実をいくつかちぎっては魔法袋に入れて食料を確保しながら南に進んでいた。
山裾を歩いていても魔獣には遭遇する。ただ彼に取ってはこれも見慣れた相手だ。討伐に苦労することはない。
ジュンからもらった地図から判断して、このエリアにゲートは無いと思っているジョージは周囲は警戒しながら進むがそれでも普段よりはリラックスして移動をすることができた。
あの岩の裏側はどうなっているんだろう。あの大木の奥を見てみるか。という注意が必要ない。もちろんこれは彼がそう決め打ちをして移動しているからで、万が一そこにゲートがあれば仕方がないという気持ちの割り切りだ。
あれもこれもとあちこちに気を配ると時間ばかり食ってしまう。もとより生きている間に全てを見て回るのはどう考えても不可能なほどに広い世界だ。割り切りは必要だし、こうと決めたらその方針を変えるのは愚の骨頂だ。ジョージはそう考えている。
攻撃力+40の腕輪がジョージの移動をずっと楽にしていた。持っている片手剣の時々2倍のダメージを合わさって大柄な魔獣でも一振りで瀕死の状態にまでダメージを与えることができていた。
川の街を出て1ヶ月ちょっとが過ぎた。ここからは未知のエリアになる。山は南にずっと伸びていて山裾も南に向かってジグザグ状になっている。その山裾を右手に見ながら南下していく。虎やゴリラと言った魔獣が草原や山裾におり、ジョージを見つけると襲いかかってくるが、それらを倒しては魔石を取り出し、夕方になると山に入って適当な大木を見つけてはその枝の上で夜を過ごすジョージ。これも慣れたものだ。
フクロウの指輪、警戒の魔道具、そして木彫りの女神像と敵の気配を感じると危険を知らせるアイテムを持っているが今のところは夜に木の下を魔獣が通った時に警戒の魔道具が小さな音を立てるくらいだ。
木の枝の上で短い睡眠を何度も繰り返して夜を過ごし、朝になるとまた山裾に出て草原を歩く。これを繰り返した3ヶ月後、ジョージの歩いている前方に東西に伸びている山が見えてきた。あの山の向こう側、南側が砂漠だ。西の山で野営をした翌日、ジョージは方向転換をし、山裾から斜めに草原を横切って南の山の手前に広がっている森を目指す。
草原に徘徊しているのはティラノやマイプと恐竜系の魔獣で変わらないがサイズアップして一回り大きくなっていた。それは森の中に入っても同じだ。ただジョージにとってはこの程度は脅威にはならない。出会う魔獣を倒し、魔石を取り出しながら森を抜けた彼の左側の先に夕陽に照らされている山裾の街の城壁が見えた。
川の街を出て4ヶ月と3日後、彼は山裾の街へ入る城門をくぐった。ほぼ予定通りの移動時間だった。
山裾の街はその名の通り山裾の緩やかな丘陵地にある。場所柄緑が多く、街の中に自然の大木があちこちにあり、その枝には緑の葉が付いていて、その下に入ると涼しく感じられる。
通りを歩き、屋台の地元民に一番高くて静かで治安が良いホテルを聞くと、皆が口を揃えてそれなら”マウントヒルホテル”だと教えてくれた。そのホテルは丘陵の南側、高い場所にあった。この街には外と出入りする門は東門、北門、西門の3つしかなく、南の高い場所にあるホテルからはどの門に行くにもやや距離がある。ただジョージは市内の移動時間がかかろうとも安全でしっかりと休めれば、そちらの方がずっと大事だと思っている。
マウントヒルホテルの部屋は空いていた。1泊銀貨6枚と川の街のリバーサイドホテルと同値だ。とりあえず1ヶ月分前払いをして部屋を押さえた。
ここも今まで泊まった高級ホテルと同じで1階はフロントとレストランでレストランは宿泊客以外は入れない。部屋は2階と3階。迷い人の数が少ないからか3階建てのホテルだ。部屋は広めでセキュリティもしっかりしている。
ジョージは久しぶりにシャワーを浴びてスッキリすると下着を着替えてから窓の外を見る。街が山の北側にあることもあって。日が暮れるとあっという間に周囲が暗くなる。街の中のあちこちに魔道具の明かりが灯り、幻想的な雰囲気を醸し出していた。第一印象は綺麗な街だ。
1階のレストランに降りていった。席は半分程埋まっている。ほとんどが男性の迷い人だが白人女性が3名で座っているテーブルが1つだけあった。ジョージがレストランに入るとそこにいた迷い人達の視線が彼に注がれる。その視線を感じながら空いているテーブルに腰を下ろして料理をオーダーした。
注文を聞いた給仕が下がったタイミングで他のテーブルに座っていた1人の白人の迷い人がジョージのテーブルに近づいてきた。どこの街でも新参者に対しては向こうからアプローチをしてくる。近づいてくる男性は30代半ばから後半に見える。
「今日この街に着いたのかい?」
「ああ、今日着いてこのホテルにチェックインしたところだよ。俺はジョージ。4年目のジャパニーズだ」
4年目と聞いてレストランの中にいた全員が驚いた表情になった。もちろん聞いてきた白人もだ。
「4年目でこの街に来たのか。しかも見る限りソロだな。相当出来るな。俺はエイドリアン、12年目になる。出身はアイルランドだ」
そう言って手を出してきたので握手する。12年目と言えば相当のベテランだ。
「1人で川の街からどうやって来た?」
「草原を避けて川の街から西の山裾に移動してそこから山裾を南に降りてやってきた。4ヶ月かかったよ」
ジョージがそう言っただけでその意図を理解したのだろう。
「草原での野営を避けて森の木の上で夜を過ごしながら来たのか。なるほど時間はかかるが安全度はそちらの方が高いな。いい方法だ」
「ありがとう」
「しばらくいるんだろう?」
「もちろん。探し物があるからな」
食事中邪魔してすまなかったとエイドリアンが言って自分のテーブルに戻って少しすると料理が運ばれてきた。ここの料理もなかなか美味い。
事前の情報ではこの街では悪落ちした迷い人はいないと言う話だが、それは随分前の情報だ。自分の目で確認するまでは基本はレストランで食事をする。
食事をしながら周りを観察すると皆30代に見える。彼らはこの街を通過点と考えているのか、それともここで腰を据えてゲートを探しているのかは分からない。自分は今日来たばかりだ、追々いろんな情報が入ってくるだろう。
ジョージが食事を終えた頃にはテーブルの客の半数がいなくなっていた。エイドリアンも少し前にレストランから出て行っていた。女性3人組はまだテーブルに座ってコーヒーを飲みながら雑談をしている。
1人の男性が近づいてきた。
「食後のコーヒーを一緒にどうだい?」
「いいね。どうぞ」
白人男性がジョージの前に座った。
「さっきのエイドリアンとのやり取りを聞いていたよ。ジャパニーズのジョージだな。俺はウイリアム、オーストラリア出身で9年目の34歳の迷い人だ」
「ベテランだな」
「そう言う言い方もあるが、体力がキツくなってきたロートルという言い方もあるぞ」
そう言ったウイリアムが自分で笑った。
「この街は長いのかい?」
「2年になる。7年目の終わり頃にここにやってきた。いかにもゲートがありそうな場所がここには沢山ある。ここだと決め打ちするか、山を越えて南に行くか、日々悩んでいるんだよ」
9年目、しかも34歳。そろそろ自分の体力の限界が見えてくる頃だ。迷い人を続けられるのもせいぜいあと4、5年くらいか。その残り少ない期間をどこで過ごすか。ベテランの迷い人達が誰でも直面している問題だ。
自分も4年目で29歳になった。まだ数年は無理は効くだろう。でもその後は?それまでにゲートが見つからなかったら?その時は目の前にいるウイリアムと同じ様に悩む日々を過ごすことになるかもしれない。
ウイリアムがこの街の事情をジョージに話をする。この街に来られる迷い人は多くいない。街に来た時点で腕が立つという評価になり、同時に自分たちの仲間であり、ライバルであると認識される。
いつの頃からか、街の外の様子については話をしないが、街の中の様子については新しく来た迷い人に概略を教えるのがこの街の迷い人の中での暗黙のルールになっていた。
「基本街は安全だ。ぼったくりもなければタチの悪い奴らもいない。もっともタチの悪い奴らがいたとしても俺たちの相手にならないけどな。返り討ちを喰らうのが目に見えているからそういう奴らはいないんだよ」
歳を取ったり怪我をしたりしてゲートを探すことを諦めた連中の多くはこの街か北にある川の街に戻ってそこで残りの人生を過ごす。悪落ちしなくてもそれまでに十分な稼ぎがあり、生きていくのにそれほど困らない。
この街には迷い人相手の飲み屋が3軒ほどあるらしい。ジュンとケンゾーからは2軒と聞いていたのでその後新しくできたのだろう。
「この3軒、どの飲み屋に行っても大丈夫だ。好きなところを見つけるといいさ」




