第69話
ジュンがテーブルの下から木の箱を取り出してジョージに手渡した。彼が箱を開けると中には折り畳まれた白い紙入っていた。ジュンの了解を得て広げるとそれは地図だった。
ジョージはそれを見てすぐに理解した。これは山裾の街の周辺の詳細な地図だ。街の背後の山の中の様子も描かれている。地図にはおおよその魔獣のエリアはもちろん、それ以外に川のある場所。果実がある場所などが描かれていた。相当時間をかけて作成した地図であるということはその内容からも容易に推測できる。
「これはオーナーが作ったんです?」
地図を見ていたジョージが顔を上げた。
「私とケンゾーで作った。山裾の街で活動をしている時、外から街に戻ってくると毎回ホテルの宿で2人で話し合いながら作った地図だ。古いが今でも大きくは変わっていないだろう。ジョージの探索の手助けになるんじゃないかな」
地図では街の手前、北側にある大きな森はもちろん、背後にある山の東西の端まで詳しく描かれている。
「ほぼ完璧に探索されている。これは凄いな」
再び地図に目を落としたジョージが地図を見つめながら言った。
「東西、そして北の森と街の背後の山の北側、山裾の街の周辺とその付近のエリアをケンゾーと2人で徹底的に探索をして作った地図だよ」
このエリアにはゲートはない。そう断言できるほどに細かく調査されている。
「これほどまで詳細な地図があれば役に立つのは間違いないが、本当に貰ってもいいのかな?」
「構わない。同じものをケンゾーが持っている。2部あるから1部をジョージにあげようと2人で決めたんだよ」
「それでは遠慮なくいただきます。ありがとう。それにしてもここまで調べ上げたのか」
そう言って再び地図に目を落としているジョージの仕草を見ているジュン。彼は最初にジョージを見た時から彼を観察しているが、常に落ち着いており、興奮しているのを見たことがない。メンタルの強い若者だと思っていた。これについてはケンゾーも同じ意見だ。
「あいつは気持ちが前のめりになっていない。常に冷静で計画的に活動をしている様だ。4年目でそこまでできる迷い人は見たことがない。俺達だって3、4年目の頃はかなり前のめりだったからな。しかもこの世界に来てからずっとソロだ。相当腕が立つ。2年目の終わりにここまでたどり着いたと最初聞いた時点で只者じゃないと思っていたよ」
そう言っていたケンゾー。ソロで活動している理由は最初の洞窟で人より優れた装備を手に入れたからだと言うことはあとでわかったが、それにしてもソロでやり続けるには肉体的、精神的に強くないとできない。森の中や山の中で何日も1人で野営をし、敵を倒して過ごす。口で言うのは簡単だが、なかなか出来ることじゃないというのはケンゾーもジュンも経験者として理解していた。
「その地図を見てジョージはどう思った?」
その声にジョージが地図から顔を上げた。
「山裾の街のエリア、その周辺の山や森にはゲートがない」
ジョージは言い切った。大きく頷くジュン。
「前にも言ったが、俺たちは砂漠の街へ行くことを辞めた代わりに山裾の街とその周辺を徹底的に探索した。その結果がこの地図だ」
そこで間を置いたジュン。
「もう一つ言うと、俺たちはこの川の街とその周囲のエリアも徹底的に探索をして同じ様な地図を作った」
「ということは、つまり」
ジョージがそこまで言うとあとをジュンが引き取った。
「その通り。ゲートがあるとすれば、それはこの広いエリアではなく、山裾の街の背後にある山の南側だ。俺とケンゾーは判断を誤ったんだよ」
ただジュンもケンゾーも後悔はしていないという。
「自分たちで決めた結論だ。逆になっていたら俺たちがゲートを見つけていただろう。ケンゾーとは砂漠の街に行かないと決めた時点であとから後悔はしないとお互いに了解している。探して無かったら川の街で店をやって余生を過ごそうぜと言っていた。今はその通りになっているし、この生活も悪くない」
2人はこの川の街に戻ってきた時にはかなりの現金を持っていた。それを元に2人でこのホテルを買い、飲み屋を買ったそうだ。ケンゾーは飲み屋をやりたかったそうで、飲み屋のマスターになっているがこのホテルもあの飲み屋も実際は2人の共同経営になっているのだと教えてくれた。
「ジョージ、山裾の街に行ったら周辺を探ってみればいい。もし私のその地図と大差がないと確認できたら早々に山越えをして南に向かうことを勧めるよ」
彼の言う通りだ。時間を有効に使うのなら山裾の街からできるだけ早く山を越えて南に行くのが良いだろう。ただ山裾の街では魔法袋を売っているというアイテム屋がある。気難しい親父らしいが、顔はつなぎたい。ひょっとしたら魔法袋以外に役にたつアイテムが手に入るかもしれない。
アイテム屋以外でも山を越えるとなると、そこにはまた新しい魔獣がいるはずだ。戦闘にも慣れる必要がある。山越えの準備が必要だ。1ヶ月やそこらで南に向かうのは早急すぎる。かと言って2年も3年も腰を据えて活動をする必要はなさそうだ。山に行き、そこに生息している魔獣を倒して慣れる。もちろん金策も続ける必要がある。
ジュンとケンゾーの話だと山裾の街でも元迷い人がやっている飲み屋があるそうだ。そこに顔を出して山の状況を知る必要があるだろう。そうなると半年から1年は街に腰を据えて活動をする必要がある。
ジョージがそんなことを考えているとジュンの声がして顔を上げた。
「ジョージは木彫りの女神像も持っている。俺たちが成し遂げることができなかったことをジョージなら遂げてくれそうな気がするよ」
穏やかな表情で言ってくる。ジョージは軽く頭を下げた。
「頑張りますよ」
うんうんと頷くジュン。
45年以上誰も見つけることが出来ていないゲート。迷い人の中にはゲートを見つけられないままにこの世を去った者もいれば、身体が言うことを聞かなくなり、迷い人をやめて第二の人生を送っている者もいる。そして今この瞬間も街の外でゲートを探している迷い人もいる。この世界で今でも数万人、いや数十万人の迷い人がどこかにそれがあると信じて日々魔獣と戦いながら世界各地で活動をしている。
そんな中でジョージは完全に異質の迷い人だ。だからこそ彼ならやり遂げるのではないかとジュンは目の前に座っているジョージを見ながら思っていた。
食事が終わって席を立った2人。部屋を出たところでジュンが握手を求めてきた。ジョージも手を出すとその手をしっかりと握る。
「ここで吉報を待っているよ」
「最善を尽くします。詳細な地図をありがとうございました。お世話になりました。ケンゾーにもよろしく言っておいてください」
その日の夜、自室でジョージは魔法袋から木彫りの女神像を取り出すと机の上に置いた。
「方向性が決まったよ。俺は南の砂漠を目指す。おそらくあんたの出番は南の山を越えた砂漠の街だろう。期待しているぜ」
そう言って彼は女神像の前で手を合わせた。女神像はいつも通りに何の変化もなかった。祈りを終えると女神像をポーチの中に戻した。
旅立ちの準備が全て整った。




