第64話
川の街から山裾の街への移動をどうするか。これがジョージが今考えてる事だ。東の山への遠出に備えて街の郊外で軽く身体を動かして体調を整えながら草原のずっと南にある山裾の街へのルートを探っている。
この日は久しぶりにシンディとナオミに誘われて彼女達の部屋を訪れていた。2人の女性はすっきりした表情だ。3人とも身体にバスタオルを巻いていてナオミはベッドに腰掛け、シンディとジョージはソファに座っている。
「ジョージは最近どこで活動してるの?」
水を一口飲んだシンディが聞いてきた。
「ちょっと前に西の山の南側を探索してきた。今は草原で軽く身体を動かしている。近々今度は東の山の南側に行ってみる予定だよ。そっちは?」
「私たちは今は金策メインかな。東西の森の中で金策中よ」
「金策がある程度進んだら西の山に行こうかなんて話をしているの。東の山の南側って結構広いわよ」
「そう。だから闇雲に動くんじゃなくてある程度絞り込んで動く予定だよ」
全てのエリアをしらみつぶしに探すことは不可能だ。なので迷い人はそれぞれ自分の判断で行く場所を決め、それ以外の場所は切り捨てている。それはここにいる女性2人も同じだ。
「この街は居心地がいいのよね。ナオミと引退したらこの街で飲み屋でもやろうかって話をしているの」
「そうなの。治安がいいでしょ?南の街も悪くなかったけどここと比べたら治安が悪い。東西の街は論外ね。私たちも30歳を超えたし、そろそろ次の事を考えながらゲートを探しているの」
「なるほど」
第二の人生か。俺にとってはそれはまだまだ先の話だと思っているジョージ。少なくとも砂漠に面した街までは行ってみたい。色々な話を聞くと、砂漠の街まで行ったという話は聞くが、そこから先の情報が全くない。広大な砂漠に面している砂漠の街。そこがこの大陸の終点になるのか、それともその広大な砂漠を横断することでゲートが見つかるのか。このホテルのオーナーやキリシマのケンゾーらはその手前で引き返してきている。
それほどまでに迷い人を拒絶する何かがあるのか。ジョージは自分の目で確かめるしかないと思っている。
「”ヴァレンシア”には行った?」
「いや結局まだ行ってないな」
「一度行ってみたら?ルシアにジョージの話をしたら一度会ってみたいって言ってたわよ」
ナオミとシンディが言うが自分に会ってどうなるのか。
「ゲートの情報はもちろん取れないけど他の情報があるかもね」
「確かにあちこちから話を聞くのも良いかもしれないな」
その数日後、あまり期待をせずにジョージは”ヴァレンシア”のドアを開けた。夜もすっかり更けた時間だ。客は誰もいなかった。
「いらっしゃい。お好きな場所にどうぞ」
カウンターの中にいるのは40代半ばに見える金髪の女性だ。彼女がママのルシアだろう。ジョージはカウンターの中央に座った。
「俺はジョージ。シンディとナオミから紹介を受けたんだよ」
「そうだと思ったわ。私はルシア。この”ヴァレンシア”をもう10年やってる元迷い人よ」
扉を開けて男性の迷い人が入ってきたその姿を見ただけでルシアは彼がシンディらが言っていたジャパニーズのジョージという若い迷い人だろうと当たりをつけた。今自己紹介を受けると彼女の予想通りだった。
「そうだと思ったって言ったよな?どう言う事?」
銅貨を置くとグラスに入った酒が出てきた。
「彼女達からジョージってのは雰囲気がある男だからすぐわかるって言われていたの」
「雰囲気?」
「そう。その迷い人が持っている雰囲気ね。言葉じゃ上手く説明できないんだけど」
自分ではよく分からない。
グラスを口に運んだジョージは店の中をぐるっと見まわした。キリシマやメーラルとはまた店の雰囲気が違う。女性がやっている店というのもあるだろう。カウンターの端に小さな観葉植物の鉢が置かれていたりする。
「3年目?」
「4年目になったよ」
「この街に来た時は2年目だって聞いているけど?」
「その通り。2年目の終わりに来た」
「2年目でこの街にやってくることができる迷い人はほとんどいない。雰囲気があるというのはそう言うのも含めてね。落ち着いているのよ。そして落ち着いているというのは修羅場を何度も潜ってきているということ」
「なるほど」
以前初めて人を殺した時もレストランに入るなりレイモンドらに返り討ちにしてきたなと言われて驚いたことがある。人を諌めたから雰囲気があると言う訳ではないだろうがそういうのも含めて雰囲気という表現をしているのだろう。黒豹を2匹倒しているのも関係しているのかもしれない。
ただ仮に雰囲気があると言われてもゲートを見つけられない時点で何も自慢できる話じゃない。どんな奴であってもゲートを見つけた奴が一番になる。それがこの世界のルールだ。
ジョージが酒を飲みながらそんなことを考えているとルシアが言った。
「シンディとナオミ。どちらもいい子でしょう」
「それは間違いないな。2人ともいい女だよ」
「あの子達はおそらくこの街でゲート探しを終えるわね。でもジョージ、あなたは違う。もっと南を目指すのでしょう?」
「体力と気力が続く限り南を目指す」
そう言うと大きく頷いている。
「ここから南にある山裾の街。私はそこまで行ってからこの街に引き返してきたの」
ジョージは顔を上げたルシアを見た。女性で山裾の街まで行ってきた迷い人に直接会うのは初めてだ。
「もちろんソロじゃない。5名のチームで移動したの男性2名、女性3名。この街で長く活動をしている間に仲が良くなったのよ」
ジョージが頷いているとルシアが話を続ける。
「山裾の街への移動は簡単じゃない。ここからみると草原と森、それをいくつか抜けると南の山裾に着く。皆そう思ってこの街を出るのよ。でも草原には魔獣がいる。彼らは夜でも活動範囲を変えないの。つまり昼と同じ感覚で草原を徘徊しているのよ。野営の場所を見つけるのは大変よ。却って森の中の方が安全かもね」
ケンゾーとジュンが言っているのと同じだ。
「草原の野営はそこまでハードなのか」
「毎晩戦闘があったわ。魔獣自体は男性2名、女性3名で倒せる強さでしょ?でも毎夜襲ってくるのよ。精神的にきつかった。ジョージはソロで動いているって彼女達から聞いている。1人は本当に大変よ」
「そうだろうな。でも俺はそれでも誰かと組む気はない。ソロでやり通すつもりだ」
「ジョージは魔法袋って言葉を聞いたことがある?」
ルシアが話題を変えて聞いてきた。
「聞いたことがある。次の山裾の街で稀に売り物が出るって話だよな。この街のアイテム屋さんのウマルが言ってたよ」
「ウマルから聞いたのね。その通り。山裾の街にあるアイテム屋の親父さんが作っているんだけど気難しいというか気まぐれというか、滅多に作らないのよ。山裾の街に行って、もしそれを手にいいれることができたら遠出がずっと楽になるわよ」
「そうだよな」
ジョージはルシアの言葉に頷いた。
「それにしてもいい店だな。観葉植物が置いてあったりして今まで行っていた店とは雰囲気が違う」
「ありがと、贔屓にしてね」
「女性の迷い人の客が多いって聞いているが」
「その通りよ。女性の迷い人の相談相手ね。ジョージもわかるでしょうけどこの世界で女性と男性の比率が同じなのはせいぜい西の街くらいまで。そこから先になると女性の比率が下がってくる。下がってくるけどゼロじゃない。彼女達もゲートを必死で探しているのよ。そんな彼女達の息抜きの場がこのお店。自分が迷い人の時はこの街で女性の元迷い人がやってる飲み屋はなかったのね。あるといいなと思っていたから引退して自分で店を出したの」
「なるほど。じゃあ俺が来るとしたら閉店間際にするよ。客が多い場所で飲むのは苦手なんだ。それに深酒する訳でもないからな」
「そう考えているのなら遅めの時間の方がお客さんは少ないわね」
ルシアは店に来たジョージの様子を観察していた。当人が言う様に浴びる様に酒を飲む訳じゃない、どちらかといえば嗜む感じだ。それが彼のオフの時間の過ごし方なのだろう。4年目だと言っているが、雰囲気は7、8年目のベテランのそれだ。最初に思った相当修羅場を潜ってきているというのは間違いじゃなかったとルシアは思っていた。
「そろそろ帰るよ。また来る」
「ありがとう。またよろしくね」
ジョージはドアに向かいながら片手をあげて返事をした。




