第58話
この日の夜、ジョージは夜の街に1人で出た。川の街にある飲み屋は安全だという話を聞いていたこともありどんな店があるのか、ぶらぶら散歩しながらチェックする。出身地に関係がありそうな名前ならそこからマスターの国籍がある程度予想が付く。
歩いていると”キリシマ”という看板を見つけた。九州の霧島を連想させる。となると経営者は日本人か?
木製の扉を押して店内に入る。他の飲み屋と同じでカウンターだけの店だ。椅子が8つほど並んでいて一番奥に黒髪の男性が座っていた。年齢は50代半ばか後半。彼の前にはウイスキーグラスが置かれている。
「いらっしゃい」
「いいかな?」
「もちろん。迷い人は歓迎さ」
カウンターの中にいる黒髪の客と同じくらいの年齢層の男性が言った。ジョージは奥の客に会釈をすると彼と2つ椅子を開けて座る。奥の客も元迷い人に見える。昼間の商売をしているのかもしれない。
「初めて見る顔だな」
「3年目の迷い人でジョージと言います。ジャパニーズです」
そう言うとカウンターの中の男だけではなく奥の椅子に座っている男性もジョージに顔を向けた。
「3年目か。なかなかの腕なんだろう。俺はケンゾー。あんたと同じジャパニーズの元迷い人だよ」
ジョージはビールを頼んだ。大きなグラスに並々と注がれたビールが置かれる。
「マスターは九州の出なのかい?」
「鹿児島だよ」
「それでキリシマなんだな」
ケンゾーはこの街で迷い人をやめて飲み屋を始めたらしい。
「30過ぎで迷い人をやめた。ここを初めてもう25年になる」
ケンゾーが言うには30から35歳の間でゲートを探す事を諦めるというか区切りをつける迷い人が多いそうだ。
「世界は広い、長い間ゲートが見つかっていない。俺には無理だろうと思うのさ、もちろん体力的にもきつくなってくる」
彼はこの川の街に腰を据え、ゲートを探して何度も東西の山に探索に出かけていたが、結局何も見つけられなかったのだと言った。
「南にある街にも出向いたが、この街が気に入った。そんなこともあってギブアップしてからこの街に戻ってきたのさ」
ジョージも3年目になった。今年28になる。どうだろう、あと何年頑張れるのか。途中で挫折をして残った人生をどこかの街で過ごすことになるのか。
今考えても結論が出ない。今はとにかくやれることをやるだけだ。
「この街ではどこに泊まっているのかな?」
それまでジョージとケンゾーの聞いていたのか、何も言わなかったカウンターの隅に座っている男が言った。
「リバーサイドホテル」
「ホテルはどうかな?」
短く聞いてくる。
「悪くない。部屋は清潔で広い。セキュリティも良い、レストランの料理も美味い。長期滞在者が疲れない様な配慮があちこちにあるので気に入っているよ」
ジョージが言うと頷いている男。その間ケンゾーは黙ってグラスを拭いている。
「他の飲み屋は顔を出したのか?」
お客との話が終わるとケンゾーが聞いてきた。
「メーラルという飲み屋には行ったよ。同じホテルに泊まっているスウェーデン人と一緒に顔を出したよ」
「ニールセンの店か」
飲み屋の数が多くないのでお互いに顔見知りなのだろう。ジョージがそうだと頷くとニールセンは自分の少しあとに迷い人をやめて店を開いたのだと言った。
しばらくケンゾーと雑談をしたジョージはそろそろ帰るかと椅子から立ち上がった。奥の客はまだ飲む様だ。キリシマの馴染みの客なのだろう。
「また来てもいいかな?」
ドアの前で振り返ってカウンターの中のケンゾーを見る。
「もちろん、腕のいい迷い人、しかも同じ日本人。断る理由がないな」
「ありがとう」
部屋に戻ると机に座って自家製の地図を広げる。その地図にはこの川の街の周辺が描かれていてそれが縦と横の線でいくつものマスに区切られていた。ジョージは探索が終わったエリアのマスにX印をつけている。街の東西の草原と森はほとんどがXになっている。
西の山も北部の一部だけXになった。その他はまだ探索していない、さらに東は全くしていない。西も東も山が南北に連なっている。まともに探すと優に数年はかかるだろう。地図を見る限り、彼が区切った殆どのエリアにX印が付いていない。
ジョージはしばらく自作の地図を見ていた。
悩んでいてもゲートは見つからない。ジョージは次も引き続き西の山の中の未探索のエリアに行くことに決める。探索をしている中で新しい方針が見えてくるかもしれない。
方針は決まった。ただジョージはすぐにまた山に出ることはない。体調を整えながら街の周辺で身体を動かしてからになる。山の探索は思った以上にハードだった。絶え間なく襲ってくる魔獣。それらを倒しながら周囲を見てゲートらしきものを探す。夜は野営で浅い睡眠で何日も過ごす。このエリアになると山にいるゴリラや虎は木には登ってこないものの夜でも活動をしている。24時間注意を払わなければならない。
今までの野営とは違い体力と精神力の消耗が激しい。ここで無理をすると事故が起こる確率が上がることを知ったジョージは、休める時はしっかりと休んで体調を回復することにした。
草原でティラノやマイプを倒して身体を動かしながら金策をしている合間にアイテム屋に顔を出すが迷い人が使えそうな良いアイテムはまだ入荷していない。彼らがどうやって仕入れているのかはもちろん教えてくれない。主人のウマルも申し訳ないねと言っているがジョージは気にしていない。
この日も外から戻った彼はアイテム屋に顔を出した。案内をこうと奥から主人ウマルが出てきた。
「やあジョージ」
「こんにちは」
「まだいいのが入ってこないんだよ」
「いつかは入るでしょう。その時を楽しみにして気長に待ちますよ。今日はまたしばらく街から出るのでそれを言っておこうと思って」
体調が戻ってきたのでジョージは明日から再び西の山を探索することにした。
「分かった。気をつけてね」
「ありがとうございます」
アイテム屋からホテルに戻ってレストランに顔を出すとギャツビーが1人でテーブルに座っていた。ジョージは彼と同じテーブルに座って料理をオーダーする。
「慣れたかい?」
ギャツビーとレイモンドの2人が川の街に来て3ヶ月が過ぎている。
「ようやくな。西の森で野営をしながら金策中だ」
「俺は南の草原と西の森だ」
彼らは移動は2人でチームを組んだがそれ以外の活動はソロだ。相手が強いので手を抜けないがその分金策にはなると言っている。この川の街に来る迷い人なら手も足も出ないということはないだろう。ソロで動いている奴らなら尚更だ。
ジョージがまた山に籠るというとギャツビーが顔を上げた。
「俺もそろそろ行こうかと思ってる。最初は1週間位の期間で慣れようとな」
「いいんじゃないかな」
攻略の仕方は人それぞれ。技量と体調、そして持参する量などを見て判断する。ジョージは魔法袋を持っているが大抵の迷い人は大きなリュックを背中に背負って山に入る。水は重たいが切らす訳にはいかない。なので大抵の迷い人は水のある場所や川の位置、そして果実の木のある場所をまず探す。それが生き延びるために絶対に必要だと知っているからだ。遠出をしている間は食事は日に1度。ソロで動いている迷い人の多くはこの世界に来た時からそんな生活を繰り返している。普段から1日1食で生活をし、外で朝から夕方まで魔獣を倒している。
「ジョージもここに腰を据えるんだな」
「ああ、ここからがゲート探しがスタートすると決め打ちしているからな。ここと南の山裾にある街、ここら一帯はしっかりと探すつもりなんだ」
彼は28歳になったばかりだ。この川の街で1年か2年、そして南の街でも1年か2年、それで30歳を越える。山の向こうにあると言われている砂漠に面している街まで範囲に入れるとこれから5、6年が本当の勝負になるだろう。6年後は34歳になる。35歳になった時点で見つけられなければそろそろこの世界での第二の人生を考えないといけない。ジョージはざっくりとだがそんな人生設計を描いていた。




