第56話
食事が終わったタイミングでジャンセンが飲みに行かないかとジョージを誘った。
「それは是非お願いしたいね。俺はこの街では飲み屋を知らないから」
「この街の飲み屋は基本安全な店が多い。とりあえず今日は俺がたまに行く店を紹介してやろう。あとは自分で探せばいい。台地の上と違ってぼったくりの店やタチの悪い連中がたむろしている店はない」
「なるほど」
ジョージは台地の上の飲み屋の感覚で安全な店ばかりじゃないだろうと思っていたので夜は出歩いていない。もっとも以前の街でも飲みに行くと言ってもせいぜい週に1、2度でそれ以外はレストランで食事をしてそこでビールを飲んでいた。
入り浸りになるほど飲み屋に通う必要性を感じていないが、街の情報を得たり、気分転換としての飲み屋は必要だろうと思っている。ソロで動いている彼は情報の入りが少ない。それを補充する意味で飲み屋に顔を出していた。ゲートの情報はなくても人の動きや街の様子を聞くだけでもメリットがある。
ジャンセンがジョージを連れていったのは飲食店エリアの中にある”メーラル”という店だ。聞くとストックホルムの西側にある湖の名前らしい。予想通り店の中にいたマスターはスウェーデン人の元迷い人だった。
「俺はニールセン。元迷い人でこの店を始めて20年以上になる」
「俺はジョージ。2年目のジャパニーズだよ、よろしく」
店の中には他に客はいない。ジョージが2年目だと言うとなるほどと短く言った。ビールを頼むと銅貨4枚だった。いい値段がすると思ったら大きなジョッキに並々と注がれたビールが出てきた。ジャンセンは水割りを頼んでいる。値段を聞いたら銅貨3枚だと言った。
「ジョージはソロで動いている。それで2年目でこの街にやってきた」
「腕が立つのは店に入ってきた時に分かったよ」
その言葉にジョージは顔を上げてニールセンを見る。
「目の配り方を見ればわかる。腕が立つ奴は無意識のうちに周囲を警戒する。それを街の中で自然にできる奴は強い。店に入ってきた時のジョージの仕草はまさにそれだった」
ニールセンが言うとなるほどと頷いているジャンセン。
「この世界に来たら何年目というキャリアは関係ない。力のある奴は年齢に関係なくこの街までやって来られるからな」
「ニールセンはこの先にある砂漠に面した街まで入っている。そこで数年ゲートを探したが見つからなかった。限界を感じてこの街まで戻ってきて飲み屋を始めたそうだ」
ジャンセンが言ったのを聞いていたジョージは顔をカウンターの中に向けるとその通りだと頷いた。
「35歳になった。ゲートの兆候すら見つけられない。俺はもう一人と二人でチームを組んで動いていた。砂漠に面した街でそいつが魔獣に襲われて大怪我をして迷い人として動けなくなった。それもあって俺もギブアップしたんだ」
彼の話を聞いていてジョージはふと思ったことがあった。
「スモーキーっていう元迷い人を知っているかい?あんたと一緒か年上のアメリカ人だ。ソロで活動をしていたと聞いている」
「知っている。俺の少し前に迷い人を引退した。飲み屋をやるのだと言って北に行ったよ」
年齢的に知っているかと思ったがその通りだった。
「彼は最初の街で飲み屋をやってるよ」
「最初の街まで戻ったのか。あいつはずっとソロだった。俺があいつを知ったのはこの次の街だったが、俺がその街に着いた時、あいつはすでに有名だった。ソロで桁違いに強い迷い人がいるってな。あの時街にいた連中の間では一番最初にゲートを見つけるとすればスモーキーだろうと言われていた」
ジョージは自分の見立てが正しかったことを確認した。やっぱり彼は普通の迷い人じゃなかったんだ。
「次の街ってのは遠いのかい?」
ジョージが話題を変えた。ジャンセンは黙って二人のやりとりを聞きながらお酒を飲んでいる。彼にとっては既知の情報なのだろう。
「ずっと南に山があるだろう。その山裾にある。途中で深くて大きな森を越えていくんだが、2ヶ月以上かかるぞ」
色々と情報が入ってくる。ジョージは頭の中に情報を整理しながらインプットしている。
「その山裾の街からさらに山を越えたところが砂漠の街になる」
「なるほど。位置関係がわかったよ」
ここから南にある2つの街は迷い人が訪れた事がある。ただこの世界には他にもまだ迷い人が行ったことがない街があるかもしれない。
「ジャンセンも山裾の南の街に行くのかい?」
ジョージが隣に座っているジャンセンに聞いた。
「すぐじゃない。まだこの周辺の探索が終わっていない。あと半年はここにいるだろう」
どこを探索しているのかというのはお互いに言わないし聞かないのが迷い人の中での不文律だ。もともとジョージは聞くつもりもない。人によって目の付け所が違う。余計な雑音は入れたくないと考えている。
この川の街の周辺も1年2年じゃ全てを探しきれない。しっかりと計画を立てて動く必要がある。あまりに先の街のことばかり考えていて足元の探索が疎かになってはいけない。ジョージは気合を入れ直した。
「この川の街でニールセンの様な元迷い人がやっている飲み屋は何軒くらいあるんだい?」
「10軒近くある。どの店もまっとうにやってるよ。ここまで来られる迷い人は多くいない。逆に言うとここまで来ている連中は皆修羅場を潜ってきている。変な奴は来られないし、来ても生き残れない。それがこのエリアだ」
長い歴史の中で変な奴は淘汰されたのだという。ジョージもニールセンの言っている言葉の意味が理解できる。街の外はどのエリアにいる魔獣も強い。こいつらを倒せる実力がないとこの街では生きていけない。悪落ちした奴らが狙う”カモ”となる迷い人がいないのがこのエリアだ。
ジョージはこの街に来てからは外出する時に木彫りの女神像を腰のポーチに入れている。何かあれば反応するだろうと期待しているが今のところ反応はない。この日は西の草原で1日魔獣を倒して夕刻に街に戻ってきた。山にこもってゲートを探したい気持ちは強いがその前にもっと強くならないといけないと思っている。
ウマルのアイテム屋に顔を出して世間話をするのも彼の日課になりつつあった。良いアイテムは入荷していないが、こうして顔をつないでいくことが必要だと思っている。
時には川を渡って東側に移動し、野営をしながら草原から森の入り口をチェックする。ゲートを探すよりも魔獣の生息状況の確認だ。街の周辺はトカゲ、そも先は熊や虎がいるのはどこの町でも同じだ。そこから先がエリアによって魔獣が変わって来ている。街の周辺以外では強めの魔獣が多い。
1週間ほど草原と森を歩いたジョージはここの街の東西のエリアにいる魔獣は強さが同じであることを確認した。地味な作業だが、こうして1つずつ確認することが自分の身の安全につながることを知っている。
慌てて森から山の中に行って戸惑うよりは事前に知っている情報が多い方が良いというのが彼の考えだ。東西にある山はいずれも木々が生えて奥にまで山が続いている。今もあの山の中を歩いている迷い人がいるのだろう。ジャンセンが言っていたがまともにこのエリアを探索すれば余裕で数年はかかりそうだ。
東のエリアを探索してホテルに戻ってきたジョージはポーチから木彫りの女神像を取り出して部屋の机の上に置いた。
手を合わせて祈ってから女神像をじっと見る。
「森の中で黒豹を見つけるのがあんたの仕事じゃないだろう?これからが本番だよな。頼むぜ。俺はあんたと心中すると決めているんだからな」
机の上に置かれた女神像は何も答えす、そこに立っているだけだった。




