第53話
翌朝、ホテルをチェックアウトしたジョージは市内の屋台で朝飯を食べると南の門から街の外に出て、そのまま真っ直ぐ南の森を目指して歩き出した。南の森を抜けて次の街への長い旅が始まった。
背中にはリュックを背負っているが中に入っているのは1日分の食料と水、それと草原で野営する時のロープだ。腰に巻いているポーチの中には大量の水と食料が入っている魔法袋、それと木彫りの女神像が入っている。左の腰には片手剣、右の腰には短剣がそれぞれ鞘に収まっている。
草原での初日の野営も指輪のおかげで視界が広く、遠くまで見られるというだけで精神的に楽になった。3日間草原を野営をしながら移動した彼はいよいよ南の森に入っていった。
森の中の初日の野営の場所はもう決めている。何度もこの森で野営をして比較的安全な場所を見つけていた。森の中で100%安全な場所なんてのはない。襲われるリスクが低そうな場所が比較的安全な場所ということになる。
夕刻に目的地の大木に着くとロープで木に登り、太い枝に腰を下ろした。食事は昼過ぎに終わらせている。リュックは背中に背負ったまま、太い幹に背を預けた。これから夜明けまではじっとして過ごす。
日が暮れると森は一気に暗くなった。フクロウの指輪の効果は絶大で、今まではせいぜい10数メートル程しか見えなかった周囲の景色がその倍以上の範囲でクリアになっている。理屈はわからないがこれがあるとかなり楽になる。ジョージは出発前にこの指輪を手にいれることができてよかったと実感していた。
森での野営中は連続して長い睡眠時間は取れない。ポーチの中には木彫りの女神像があるが、これが前回の様に振動をして危険を知らせてくれるという保証はない。前回はたまたまだったかもしれない。注意を怠ることで取り返しのつかない事になるのだけは避けたい。
ジョージは短い睡眠を繰り返しながら時を過ごす。この世界に来て移動も含めて常にソロで動いている彼は1人での時間を潰すことに慣れていた。短い睡眠から目を覚ますと顔を上下左右に動かして周囲を警戒する。今までの森での野営と同じだ。ただここは木の上の人間を襲ってくる黒豹がいる。いつもよりも更に睡眠が細切れになるのは仕方がない。
初日の夜は何事もなく終わった。日が登り、森の中が明るくなると木から降りて南を目指して森の中を歩く。虎やサイの魔獣は徘徊しているがこれはすでにジョージの敵ではなくなっていた。鍛錬で相当数を倒していることもあり、魔獣に対する戦闘方法は自分なりに確立している。片手剣の時々2倍のダメージもほぼ毎回発動するまでになっていた。彼は森の中で遭遇する魔獣を危なげなく倒し、魔石を取り出しては奥に進んでいく。
森に入って1週間が過ぎた。普通ならあと3、4日で森を抜けるのだろうが、彼は早め早めに安全と思われる木を見つけるとそこで休んでいたこともあり、通常より移動のスピードが遅い。ただその代わりに比較的安全な場所で休んでいる。今のところ黒豹の姿を全く見ていない。
12日目の夜、ジョージが大木の木の枝で野営をしているとお腹が振動した。その瞬間に太い木の枝の上に立ち上がって周囲を警戒する。すると10メートル程先の木の枝に真っ黒な四つ足の動物が動いているのが目に入ってきた。フクロウの腕輪がなければ気が付かなかっただろう。前回お腹が振動した時には、周囲を警戒する前に、振動しているのは何かとポーチを探ってそこから女神像を取り出したので時間がかかった。黒豹が音もなく近づいていたのかもしれない。と考えると女神像の感知能力も相当高いということになる。今回は振動すればそれが女神像だと知っていたのですぐに対応ができた。
黒豹は木々の間を音もなくジャンプして移動しながらゆっくりとこちらに近づいてくる。ジョージは既に戦闘態勢になっていた。最も近い枝に移動してきた黒豹だが、そこからジョージがいる枝までは3メートル以上離れている。ジャンプするには木の枝を移動し音を立てて近づく必要がある。
黒豹はしばらくその場にいたが勢いをつけると木の枝を走ってそのままジャンプをしてこちらに飛んできた。ただジョージはその動きを予想していた。ジャンプした瞬間に太い木の枝の上で体を横に移動しながら片手剣を横に払うと2倍攻撃が発動して黒豹の首を大きく切り裂いた。
ドスンという音がして黒豹が下に落ちた。周囲に他の魔獣はいない。ジョージは木を降りると体内から魔石を取り出す。死体はそのままで再び木に登った。前回と違ってここは森の奥だ。ここから移動した先に安全は木があるかどうかが分からない。それであれば安全なこの場所に留まっている方が安心できる。もし虎かサイが死体を漁りに来たとしても彼らは木に登れないし、何より虎やサイなら討伐に苦労しない。
ジョージが黒豹を倒してから3時間程すると夜が明けた。死体はまだ木の下にある。周囲を警戒して問題がないとわかると彼は木から降りて南に進み出した。
虎やサイの魔獣を倒しながら進むこと2日後、森の中を歩いていると水音が聞こえてきた。近くに川がある。周囲を警戒しながら音の方に足を向けると森の中を幅2メートル程の川が流れていた。手で水を掬ってみると透明で匂いもしない。一口飲んでみると美味い。その水で顔を洗った彼は魔法袋から水筒を取り出すとそこに川の水を入れて補充する。
川が見えたことで森を抜けるゴールが近づいたと感じだジョージ。その後も気を緩めることなく森の中で3回夜を過ごした彼は4日目の午前中に森を抜けた。
森を抜けた先は少し草原になっていてそこに立つと眼下に次のエリアが見えた。聞いていた通り自分がいた場所も高い台地になっており、右を見ると少し先の方で川が滝になって落ちている。その落ちた滝が川になって次の台地を流れており、その川の先の右側、西側に城壁が見えていた。台地を下に降りてから草原と小さな森を抜けて1週間程度かかると言っていた通りだ。街のずっと先、南側には霞んでいるが、山が連なっているのが見えている。山までは相当な距離がありそうだ。
川の左側、東側は森、そして山になっており、街の西側は草原から森、山になっている。次のエリアは北側が台地の崖、そして残りの3方向は山で囲まれている広い盆地の様な地形だ。
下に降りるスロープは川の西側に見えていた。ジョージは川の中にある岩を伝って反対側に渡った。川幅は5メートル程あるが、石が置かれているので苦労はしない。
スロープを降りる前に背後を振り返った。結局2週間半、18日かけて南の森を通り抜けたことになる。南の街で聞いていた移動時間よりは長くかかったがそれは気にしていない。南の森を抜けるか抜けないかが重要だ。運頼りで短期間で通り抜けた人もいるだろうがいつも運があるとは限らない。それよりもできるだけ危険を避けて移動する、運任せにせずに準備できることはちゃんと準備してから挑戦する。この方がいつ移動しても生き残る確率が上がるだろうとジョージは信じている。
台地の端に立っているジョージはポーチの中から木彫りの女神像を取り出した。
「あんたのおかげで今回も命拾いをした。礼を言わせてもらうよ」
木彫りの女神像をポーチに戻すと最後にもう一度背後を振り返ったジョージは前を見る。
「さて、行くか。ここからが本当のゲート探しだ」
そう言うとスロープをゆっくりと下りはじめた。




