第50話
ジョージは相変わらず南の草原から南の森で魔獣をしながら敵を倒していた。黒豹に会った後も数度森の中で野営をしているが、あれ以来黒豹の姿は見ていない。
アデリーナとメアリーらはハリウッドに顔を出したと聞いている。彼の仕事はそこまでだ。あとは当事者同士でやればいい。
ジョージは外で鍛錬と金策を続けながらもハロルドの店にはその後の定期的に顔を出していた。
この日、1週間の遠出から戻ってきたジョージは換金屋で魔石を換金すると、その足でアイテム屋に顔を出した。
「やあ、待ってたよ。出来たよ」
店に入って来たのがジョージだとわかるとハロルドが破顔して言った。
「おお、おめでとうございます」
一旦奥に引っ込んだ彼が、これだよと箱を持ってきた。中を開けると腕輪が入っている。
「攻撃力+25の腕輪ができた」
「それはすごいですね」
ハロルド曰く、会心の出来になったそうだ。そりゃそうだろう、今まで+10だった攻撃力が一気に25に上がったのだから。
「定価は金貨15枚、ただジョージが今腕にしている+10を買い取ってあげるよ。だから金貨10枚でいい」
「いいんですか?」
そう言うとニヤッとして誰にも言うなよと言ってきた。
「ジョージの特別価格だ、普通は買取は金貨2枚なんだけどね」
「ありがとうございます。ジョージはその場で金貨10枚と攻撃力+10の腕輪を彼に渡した」
「以前の攻撃力+10の腕輪でダメージが3%から5%程度アップするんだけど、この+25になると10%から12%のアップになるね。これは間違いない」
これは大きい。一撃のダメージが上がることは短時間での討伐に繋がることで事故の確率が大きく下がる。
「これで南の森を越えるのが少しは楽になるんじゃないかな」
「そうですね。この腕輪に慣れてからになりますけど大きな戦力アップになります。少しどころかかなり楽になります。ありがとうございます」
もう一度お礼を言ったジョージは店を出るとホテルに戻った。
翌日、南の草原で虎やサイを相手に新しい腕輪を使ってみると歴然とした差が出た。時々2倍のダメージという片手剣を持っているがこれが発動すると一撃で虎を倒せる。ジョージは鍛錬を続けていたこともあり今では90%以上の確率で2倍ダメージが発動する様になっていた。
彼の今の装備は、
片手剣 攻撃力+40、素早さ+30、時々2倍のダメージ
防具 素早さ+40 敵に見つかりにくい。
アイテム 素早さの腕輪 素早さ+40、
攻撃の腕輪 攻撃力+25
素早さが合計で110。攻撃力が合計で65。それに90%以上の確率で発動する時々2倍のダメージ。ここまで個人のスペックを上げている迷い人はこの街にはいない。
南の街でやるべきことは終わった。いよいよ森を越えて次の街を目指す時が来た。
ジョージは夜に”ハリウッド”の扉を開けると、カウンターにギャツビーが座っていた。他に客はいない。
「久しぶりだな」
「久しぶり」
挨拶をして彼の隣の椅子に座ってビールを注文する。カウンターの中にはドリスとアンの2人がいた。
「ハロルドの店には行ったか?」
「ああ、今日買ってきた」
そう言うとギャツビーが頷いた。
「準備は出来た。ってとこか」
「そうなるかな。後1週間ほどで街を出ようと思っている」
2人のやりとりを聞いていたアンがジョージに顔を向けた。
「森を越えて南を目指すのね」
「その通り」
「黒豹を倒したジョージなら行けるんじゃない?」
隣のドリスが言う。ジョージはここでも有名になっていた。
「私たちは南に行くのを断念したから偉そうなことは言えないけど、気をつけてね」
「ああ。ありがとう」
彼女達は南の森を越えて次の街へ行くことを諦め、この街で生きていくことを選んでいる。それは彼女達の人生でジョージはとやかく言うつもりはない。
人にはそれぞれ事情がある。自分のしていることだって人から見たら頭がおかしい奴だと思われているかもしれない。ソロで森を抜けていくなんて自殺行為だと言う奴もいるだろう。ただジョージは女神が何を考えているのかを突き止める為にゲートを探している。
あの女神は何かを隠している。それを見つけてやるという強い気持ちがあるから彼は日々鍛錬をし自分を強くしていた。ゲートを見つければ女神の本当の意図が分かると信じている。
「ギャツビーはどうするんだ?」
「南の森を越える時だけレイモンドと2人でチームを組む事になっている。今はお互いに鍛錬中でね。あと1ヶ月か2ヶ月はこの街で鍛錬を続けるつもりだ」
ギャツビーが話をしている間、ドリスはずっと彼に目を向けていた。
「お前が次の街についてから数ヶ月後には俺たちも着くだろう」
「なるほど。情報を集めておくよ」
「それにしてもペースが早いわね。ジョージはまだ2、3年目でしょう?」
アンが言うとジョージが言う前にギャツビーが口を開いた。
「こいつは普通の迷い人じゃない。普通は台地の上にある最初の3つの街はほぼ素通りするだろう?こいつはそこでしっかりと時間をかけて戦闘の基礎を完全に身につけた。それから台地を降りて西の街にやってきた。しっかりと鍛錬をしてきたから西の街でもすぐに外で魔獣を倒すことができる。その前に台地から西の街までソロで移動するなんて普通はできない。時間をかけてしっかりと鍛錬をし体力をつけているからできるんだ。台地を降りてからはこいつと同じ年に迷い人になった連中を追い越してこの街まで来ている。俺が知っている限り2年目でこの街にやってきてるのはジョージだけだ」
時折隣のジョージの顔を見ながらギャツビーの話を聞いている2人。日本人は感情を表に出さない人種であることは知っているが、それでも目の前に座っている男はいつも無表情で落ち着いている。地球にいた頃はもちろん分からないが、この世界に来てから厳しい訓練を自分に課してそれをクリアしてきたのだろう。浮ついた雰囲気がなく年齢の割にどっしりとしている。自信があり実力もある。でないとこの態度にはならない。そう思っていた。
この世界に来た迷い人はほぼ全員台地の上の最初の3つの街はできるだけ早く通過をし、台地を降りて西か東の街に行く。この2つの街に着いた彼らはこの世界がとてつもなく広く、そしてタフで厳しい事を知る。自分の生きている間に世界中を探すのは無理だろうと半ば諦め、この2つの街に腰を落ち着ける者が出てくる。
この世界にやってきた同期の仲間のうち何割かの迷い人は南の街に行くのを諦めてしまい、東か西の街で腰を落ち着ける。残りの迷い人は山を越えて南の街に行くが、南の街に着いたあと、そこからさらに南に行くことを諦めてしまう人が出る。
彼らが諦める理由は南の森を通り抜けるのが大変危険だということと、自分たちが越えてきた山の中にあるかも知れないと言う思い込みだ。南の森を越える自信がない者達は山にあるんだと言い聞かせて山の中を探す。彼らの頭の中には南の森を越えるという選択肢は消えている。
毎年1,500から1,800人近い数の迷い人がこの世界にやってくるが、南の街まで来るのはそのうちの5割、多く見ても6割程度だと言われている。そこから南に向かうのはさらにその半分程度かそれ以下、せいぜい4、500人だろうと言われていた。
しかも彼らはほとんどがチームを組んで移動する。ソロとなるとその数はグッと減る。正確な数は誰も知らないが、50人もいないだろうというのが南の街に住んでいる迷い人の間の認識になっている。
ジョージはその数少ないソロで動いている迷い人だ。しかも森の中で黒豹に襲われて返り討ちにしている。
彼を知る迷い人の間でジョージは並大抵ではない実力を持っていると評価されていた。
ジョージは座っていた椅子から立ち上がった。ギャツビーは座ったままだ。
「南の街を出る前にまた顔を出すよ」
「お願いね」
「待ってるわよ」
ジョージはギャツビーにお先にと挨拶をすると、”ハリウッド”を出てホテルに戻った。




