第48話
街に戻った彼はその足で換金屋に顔を出した。夕方の時間帯だった事もあり、それなりの数の迷い人が店の中にいる。列に並んでいたジョージは順番が来てカウンターの前に立つと背中のリュックから魔石を取り出した。その中に大きな魔石が1つある。受付の女性がそれを見て顔を上げた。
「これは黒豹の魔石ですね」
「そうだ」
女性のその声が換金屋の中に聞こえるとざわめいていた換金屋の中が急に静かになった。その場にいる迷い人たちの全ての視線がカウンターの前に立っている黒髪の若い男に注がれる。
「久しぶりに見ました。これは森の中で?」
ジョージは頷くと言った。
「南の森の中で襲ってきたのを倒して手に入れた。それで黒豹の魔石の買取り価格はいくらなんだい?」
「1つ銀貨2枚となります」
南の森の中にいるサイや虎の魔石の買取価格は銀貨1枚と銅貨5枚だ。それよりも高い。
女性はその他の魔石と合わせて買取金額をジョージに渡した。金貨2枚以上になった。代金を受け取ったジョージは他の迷い人の視線を浴びながら店を出た。
彼は薬屋でポーション類を買い足すと、そこから遠くない場所にあるハロルドのアイテム屋に顔を出した。
「やあ、ジョージ。調子はどうだい?」
「ぼちぼちです。ハロルドは?」
「うん、新しい腕輪だけどね、なんとかなりそうな目処がついたんだ。もちろんまだ完成には時間がかかる。ただ一番難しいところをクリアする方法を見つけてね。今は慎重にそれを進めているところでね、あと2ヶ月か3ヶ月あれば出来ると思う」
「おお、それは期待大ですね」
難しい所がどこで、それが何なのかはもちろんジョージには分からない。ただハロルドの表情を見ていると彼なら最後までやり遂げる気がする。ここにきて焦ることはない。腕輪が出来上がるまでこの街で鍛錬を続ければ良い。
常宿のグラスランドホテルに戻り、シャワーを浴びたジョージ。落ち着くとポーチから木彫りの女神像を取り出して机の上に置いた。
「あんたのおかげで命拾いしたよ」
女神像は何も言わないし、振動もしない。
「あんたの目的は分からないが、俺を助けてくれたのは間違いない。礼を言うよ」
彼は女神像の前で両手を合わせた。
次の日は朝から夕刻まで南の草原で身体を動かし、夕刻に街に戻ってきた。ホテルの部屋で休んでレストランに降りるとそこにギャツビーがいた。
「久しぶりだな」
彼と同じテーブルに座るなりギャツビーが聞いてきた。料理を注文し終えたタイミングでレイモンドもレストランに入ってきた。約束はしていないが久しぶりに3人揃った。聞くとレイモンドとギャツビーが会うのも久しぶりだそうだ。
3人の料理が運ばれてきたタイミングでレイモンドが言った。
「ジョージ、お前森の中で黒豹を倒したんだろう?」
「本当か?」
レイモンドの言葉を聞いたギャツビーが声を出してジョージを見た。
「その通りだが、何で知ってるんだ?」
換金屋でリュックから黒豹の魔石を取り出したジョージを見ていたあの時店にいた他の迷い人達がその話を広めているそうだ。
「その時の話を教えてくれるか?」
「いいよ」
レイモンドに聞かれてジョージは森の中での話をする。もちろん木彫りの女神像の話はしない。気がついたら隣の木の枝の上からこちらを見下ろしていた2つの光る目を見つけ、襲いかかってくる前に移動しながら腹を切って地上に落としたところでとどめを刺し、魔石を取り出すとすぐにその場から離れた事。
「奴が木の枝で身体を沈めるのが見えた。その瞬間に枝の上で横に移動したんだよ。予想通り身体を沈めた次の瞬間にこっちに飛んできた。ただ飛んでいるから方向は変えられない。横から剣を横に振って地面に落としてすぐに殺した」
聞いている2人は声が出ない。
「よく隣の木の枝にいるのに気がついたな」
ギャツビーが感心した声を出している。木彫りの女神像の話はできない。
「森の中での1泊の野営では一晩中起きていた。周囲を見ていると光った2つの目がこちらを見ているのに気がついたたんだよ」
「つまり目を瞑っていたらやられていたということか」
レイモンドが言うとその通りだとジョージが言った。
「奴は音をほとんど立てない。それまで何もなかった木の枝に突然現れたんだ。森の中では周囲から離れている木で野営をすることが生き残る方法の1つになるのは間違いない」
ただ黒豹に合う確率が低いことも事実だ。毎回出会っていた訳ではない。ジョージがそう言うと2人もその通りだと言った。レイモンドもギャツビーも1人で森の中で野営を経験している。彼らは未だ黒豹を見たこともなければ会ったこともない。
他の魔獣よりも遭遇する確率が低いので黒豹に襲われることを「運が悪い」という言葉を使っているのだろう。
「換金屋での話は広まっている。この街でジョージにちょっかいを出してくる奴はいないだろうな」
レイモンドによれば名前が売れると同時に顔が売れるらしい。街を歩いていると当人が気が付かないところで顔が売れていくそうだ。
「黒豹に襲われて返り討ちにできる奴はいない。そういう噂はすぐに広まる。素行が悪い連中は自分より強い奴には手を出さない。お前はもう安心だよ」
レイモンドに続いてギャツビーも同じことを言った。普通は2年目、3年目はカモにされることが多い。ただ強い奴、実力がある奴は別だ。強い奴に手を出さなくてもカモは他にいくらでもいる。
レストランで2人が言っていたことをジョージは実感する。3人で話をした数日後、夕刻に街の中を歩いていると通りを歩いている迷い人が自分を見ては視線を逸らすといったことが多い。ただジョージは自分のことを周りからどう見られようが全く気にしていない。この街にずっと住み続けるのならまだしも、彼にとってはこの街も通過点だ。
この日ジョージは久しぶりに”ハナミズキ”に顔を出した。カウンターには以前もいたアサミとケイコの2人が座っている。彼女達の行きつけの店なのだろう。
「ジョージ、久しぶりだな」
カウンターの中からマスターのユウキが声をかけてきた。2人の女性も久しぶりと挨拶をしてくる。銅貨を置いてビールを頼むとすぐにグラスを持ってきた。
「有名人になってるな」
「私達も聞いてるわよ。南の森の中で黒豹を倒したって」
ユウキに続いてアサミが言った。彼女達まで噂が広まっているとは思っていなかった。
「そんなに有名なのか?」
「悪い奴はすぐに有名になるが、それと同じくらい強い奴の顔と名前もすぐに有名になる。黒豹を倒せる迷い人はまずいない。そんな中2年目のジャパニーズがその黒豹の魔石を持ち帰ってきた。そりゃ有名になるぞ」
そう言ったあとでソロで倒したんだろう?とユウキが聞いてきた。その通りだと言うとアサミとケイコが凄いと言う。彼女達も南の森には行ったことがあるがその時は5名のチームで移動し、もちろん昼間しか森の中にいなかった。その時に一緒にいた男性の迷い人からこの森は夜には黒豹が現れて迷い人を襲ってくるから気をつけろという話をしていたと言った。
「今まで何人もの迷い人があの森の中を野営しながら通り抜けてさらに南に行っている。黒豹に会うか会わないかは運だ。俺は不運にも奴らに会った。会わなければそれが一番いいんじゃないかな」
不運にも黒豹と会ってしまった。戦闘ではなんとか勝った。ただ運が良ければ会いもしなかっただろうと言うジョージ。
「ジョージ、運不運と倒せる、倒せないは別だぞ」
「確かにそうだな」
自分が知っている限りチームのメンバーが犠牲になっている間に数名で倒したという話だけだ。ソロで黒豹を倒した迷い人はいない。静かにビールを飲んでいるジョージを大した奴だと思いながらユウキはジョージを見ていた。




