第46話
ジョージは一睡もせずに夜を明かした。幸いにも黒豹に襲われることもなく、野営をした大きな木の下を魔獣が通ることもなかった。
周囲を警戒し、木から降りると来た道を引き返し、夕刻前に森を抜けて南の街へと続いている草原に出た。思わず大きなため息が出る。
2日後の夕刻、ジョージは無事に南の街に戻ってきた。さすがに疲れていたのでその日はホテルの部屋に入るとシャワーを浴びるとベッドに倒れ込んだ。
翌日は草原で軽く身体を動かし、夕刻前の時間からホテルの1階にあるレストランでレイモンドが入ってくるのを待つ。その日は会えなかったがその翌日の夕刻、ジョージがレストランにいるとそこにレイモンドが入ってきた。彼は手を挙げてレイモンドをテーブルに呼んだ。それに応えて手を挙げながら近づいてきたレイモンドに向かいの椅子を勧める。
「久しぶりだな、どうしていた?」
椅子に腰掛けるとレイモンドが聞いてきた。彼の問いかけに答える前にジョージが言った。
「実はあんたを待っていた」
「どう言うことだ?」
レイモンドはそう言って片方の眉を上げた。
2人は夕食をオーダーしてからジョージが話をする。森の中で一晩野営をしたこと、その時に自分が思ったことなどを目の前に座っているレイモンドに話す。その間彼は黙ってジョージの話をきいていた。
レイモンドはジョージの話を聞きながら大した奴だと内心で関心していた。森の中で野営の鍛錬をしようと考える奴はまずいない。ほとんどの迷い人達は行く時は一気に突っ切るつもりで森の中に入る。黒豹の餌になるかならないかは運だと割り切っている。自分もそう考えていた。
ただ目の前にいるジョージは違う。運頼りにせずにリスクを可能な限り避けようとする。
迷い人として見習う点は多い。レイモンドはそう感じていた。
「そこで俺の仮説を確認するために、あんたが言っていた森で生き残った1人と話をさせてくれないか?彼らがどこで野営をしたのか。野営中会話があったのかなかったのか。黒豹はどこから襲ってきたのか。これらがわかれば俺の仮説が正しいのかそうでないのかが分かる。正しくないとすれば別の方法を考えないといけない」
「確かにジョージの言う通りだな。やられた奴らは運がなかった。それだけで片付けているといつまで経っても運頼みだ。実態を知ることは大事だ。分かった。俺は奴の常宿を知っている。話を通してやろう。もちろん俺も同席するぞ」
「よろしく頼む」
「それにしても普通は森で野営を経験してみるなんてことはしないぞ」
「そうか?確かに野営の鍛錬中に黒豹に襲われるリスクはあった。でもそれ以上にあの森の夜の雰囲気を掴んでおきたかったんだよ。おかげで黒豹が俺たちを襲うであろういくつかのパターンが予測できた」
料理が運ばれてきた時は話が中断したが、給仕が離れると食事をしながら話を続ける2人。
「まず野営中に声を出すのは最悪だと思う。自分から居場所を教える様なものだ。夜の森の中は全く物音がない。たまに風が吹いて葉同士が擦れる音がするくらいなんだよ。無音の中だから声は結構広範囲に聞こえると思う」
レイモンドは頷きながら彼の話を聞いている。
「黒豹が木に登るという話だけど何メートルの高さまでジャンプできるのかがわかれば対策は取れる。10メートル以上登れるのだったら俺の仮説は根本から崩れてしまう。でも大型の魔獣が10メートルも登れるんだろうか」
「あるいは」
レイモンドが言うとジョージが手に持っているフォークの動きを止めて彼を見る。
「あるいは黒豹は木に登れると言われているが、元々木の上で生活をしている可能性もあるぞ」
「なるほど。襲われるのが木の上だから、木に登れると思っているけど実は木の上で生活をしているかもしれない。その発想はなかったよ」
レイモンドが今言った事はジョージは全く考えていなかった。木の上での生活がメインとなれば登れるというよりも木から木の間をジャンプして移動する距離を考えればいい」
相手と約束が取れたら連絡してくれることになった。
「いつになるか分からない。遠出はしないでくれ」
「分かった。街の周辺で鍛錬をするよ」
翌日、そしてその次の日の2日間ジョージは南門を出た草原でサイと水牛を相手に身体を動かしていた。2日目の夕刻にホテルに戻ってきた彼の部屋のドアの下から部屋に紙が差し入れられていた。
ー 21時にホテルのロビー。銀貨5枚用意しておいてくれ。
短く書かれていた。
夜9時にジョージがロビーに降りるとそこにはレイモンドがいた。
「ちょっと待ってくれ、ギャツビーも一緒に行く」
そう待たずにギャツビーが階段を降りてきた。
「たまたま昨日レイモンドから聞いてな。俺も一緒させてもらうことにした」
3人で話を聞くことは相手に伝えているらしい。
ホテルを出た3人は夜の市内を歩く。ジョージは最初どこかの飲み屋に行くのかと思っていたら飲み屋街を通り過ぎてどんどん歩いていき、南門から外に出た。
門を出た右側に1人の男が城壁にもたれて立っていた。
「待たせたかな」
「いや。俺もついさっき来たところだ」
そう言った男がもたれていた壁から離れるとジョージとギャツビーに顔を向けた。
「ジョセフ。6年目の迷い人、出身はイスラエルだ」
「ギャツビー、5年目だ。アメリカ出身だ。よろしく」
「ジョージ、2年目のジャパニースだよ、よろしく」
ジョージが2年目と言った時に驚いた顔になったがすぐにレイモンドに顔を向けると言った。
「先に貰えるか」
「いいだろう」
レイモンド、ギャツビー、そしてジョージがそれぞれ銀貨5枚をジョセフに渡した。金を確認してズボンのポケットに入れるとジョセフが3人を見て言った。
「確認した。なんでも聞いてくれ」
レイモンドとギャツビーがジョージに顔を向けた。
「黒豹に襲われたのは何日目だ?」
「森に入って2泊目の夜だ」
「野営は木の上でしたんだよな?」
「そうだ」
「地面から何メートルの高さの枝にいたんだ?」
ジョージが聞くとジョセフはその時を思い出す様に目を瞑って斜め上を見る格好をした。
「3メートルから4メートルの間じゃないかな。俺が肩車をして枝に乗せたからな」
そう言ったジョセフがジョージを見て言った。
「黒豹は地面から俺たちがいた木に登ってきたんじゃない」
ジョージの質問の意味を理解した彼が続けて言った。
「近くの木から移動してきたのか」
「その通りだよ。体長は2メートルくらいか。森にいる虎よりも小柄だ。ただ敏捷そうだ」
ジョージとジョセフのやりとりが続いている。レイモンドとギャツビーは今の所黙って2人のやり取りを聞いていた。
「3人で移動してたんだろう?野営時の見張りはどうしてたんだ?」
「2人で警戒している間に1人が休む。3時間で交代する」
森の中の日暮は早い。野営時間を9時間とるのは理解できる。
「なぜ2人を見張りにしたんだい?」
「1人だったら暇で寝てしまうかもしれないだろう?」
「黒豹に襲われた時のことを教えてくれるか?」
2日目の夜、ジョセフら3人は森の中の大木を見つけてそこをこの日の野営場所にした。その木は幹も太いが、地上から3メートル程の高さから枝が4本伸びていた。そのうち3本に座ってローテーション通り1人が寝ている間に2人が見張りをする。
黒豹が襲ってきたのはジョセフともう1人が見張りをしていた時だった。
「おい!」
見張りの男が座っている枝の先に突然黒豹が現れた。ジョセフはその隣の枝に座っていたが、すぐに起き上がってもう1人が休んでいる隣の枝に逃げようとする。
黒豹に襲われたらそいつを犠牲して逃げるのは彼らも知っている。ただジョセフが隣の枝に飛び移ろうとその枝を見るともう1匹の黒豹が寝ている仲間に襲いかかる寸前だった。自分の両側にいた仲間が黒豹に襲われた。
「右にも左にも黒豹がいた。どうしたらいいんだと思っていたら俺の左右から悲鳴がしたんだよ。見たら2人とも黒豹に襲われて噛まれたところだったんだ。俺は慌てて木の枝から下に飛び降りた。高さとか気にしてる場合じゃなかった。地面に降りて転んで起き上がったらひたすら南に向かって駆け出したんだよ」
ジョセフは木から飛び降りた時、幸いに下に草が生えていたためかほぼ無傷だった。そのままひたすら逃げ、木の上で休み、また逃げて森を抜けたのだという。
「森の中を逃げている時に魔獣には合わなかったのか?」
それまで黙っていたギャツビーが聞いた。
「森の中をにげている時に虎には出会った。なんとか倒したが魔石をとる暇なんてない。倒したらまた南を目指して走ったんだ」
「今の話を聞いている限り黒豹は枝から枝をジャンプして移ってきたということになる」
レイモンドが言うとその通りだとジョセフが言った。
「今のレイモンドの質問に関連するが、あんたたちが襲われた時、野営をしていた大木の枝の先は周囲の枝と重なっていたかどうか覚えてるか?」
ジョージの質問にしばらく考えるジョセフ。思い出したのか顔を上げた。
「思い出した。そうだ、大木を見つけてその上に上がった時に仲間の1人が言ったんだよ。太い枝が向こうの太い枝と重なってるってな。その時は黒豹のことじゃなくて重なると擦れる音がして寝ている時にうるさいかも知れない。そっちの心配をしてたんだよ」




