第45話
ジョージは一度森の中で一夜を過ごす経験をすることにした。一晩中寝ないつもりだ。南の森の夜の視界、そして音を聞くことが目的だ。何事も経験だ。おそらく視界は極端に悪いだろう。黒豹が近づいたとしても気がつけるかどうか。万が一気がつくのが遅れてやられてしまったらそれまでだ。
森の中で過ごす前、彼は1週間の間草原で野営をしながら朝から夕方まで森の中を徘徊して虎とサイを相手に鍛錬をする。自分の身体の動き、剣の捌き方など可能な限りの鍛錬を続けて納得すると草原から南の街に戻ってきた。
換金屋で魔石を現金化した彼は街の薬屋でポーション類を補充した後でアイテムショップに顔を出した。
声をかけると奥から彫金師でこのアイテムショップのオーナーでもあるハロルドがやってきた。挨拶をするとハロルドが気さくに話かけてきた。
「やあジョージ。調子はどうかな?」
「まあまあってとこでしょうか。上を見たらキリがないのですがそれでも出来るだけ強くなりたいと思って鍛錬を続けてますよ」
「鍛錬はどこでやっているんだ?」
「南の森ですね。夜は危ないって聞いているので昼間だけ森の中に入ってサイや虎を倒していますよ。いい鍛錬にもなるし、魔石は高く買い取って貰えるので悪くないと思ってます」
ジョージが言うと南の森は危ないって話だよと言うハロルド。地元民の間でもあそこはやばいという認識されている様だ。
「でもあの森を抜けないと南の街というかエリアに行く事ができませんからね」
「確かに。それでいつ頃森を抜けて南に行く予定をしているんだい?」
「それはまだ決めてないんですよ。ただすぐの話じゃない。もう少し鍛錬を重ねてからですね」
そう言うとハロルドから今、攻撃力+10の数値をさらに上げる腕輪の制作に取り掛かっているのだと言った。
「まだ完成していないんだけどね。それが出来たら教えてあげるよ。迷い人は強い装備があった方が探索が楽だろう?」
「もちろん」
攻撃力+10の数値が上がる製品ができるのであれば攻略がまた楽になる。できるまでこの街で待つ方が良い。ただしそれがいつ出来上がるのかは分からない。ただここで1年遅れたとしてもその結果良い装備を手に入れることができるのであればそちらの方が今後ずっと楽になるのは間違いない。
ハロルドにお願いしますと言ってアイテムショップを出た彼は、ホテルの部屋で持っていく荷物の確認をする。とは言っても普段から草原で野営をしている彼に今更新しいアイテムはない。水、食料、そしてポーション類、あとは木に登る時に使うロープ。
ロープを木に回してからロープの両側を掴んで手前に引っ張りながら木を登る。これはこの世界に来た時から木の上で野営をする時の彼の方法だ。もしもの時のために予備のロープもある。これらを魔法袋に入れたジョージは最後に木彫りの女神像をその中に入れたが、ふと思い出して魔法袋の中から取り出した。
「魔法袋よりも腰に巻いているポーチの中にするか。ひょっとしたら何かを教えてくれるかもしれない」
期待はしていないが、魔法袋よりはいいだろうとポーチに移し替えた。
この日はホテルのレストランで1人で食事をし、再び部屋に戻ってしっかりと睡眠をとった。
翌朝、市内で食料を少し買い足した彼は南門から草原に出た。そのまま魔獣を倒して魔石を取りながら南に進んでいく。いつもの鍛錬と同じだ。
3日目の夜、草原で野営をしたジョージは翌日から森に入った。彼は森で野営をするにあたり野営をする場所について考えた結果、いくつかの条件に合う場所があればそこを野営地にしようと決めていた。
・太い木であること。
・太い枝が1本だけ横に伸びていること。
・できるだけ周囲の木の枝と重なっていないこと。
太い木であれば少なくとも背後から急に攻撃されることはない。太い枝が1本だけ伸びていればそこはさらに安心だ。そして周囲の木の枝と重なっていなければ周囲から飛び移って攻撃してくる可能性が減る。
とりあえず思いついたのはそんなところだ。あとは実際に野営をして気がつくこともあるだろう。
野営のポイントを探しつつ、森の中にいる虎やサイを倒しているジョージだがこの森は鬱蒼とした木々が生えており、上を見ると大抵隣の枝と重なっているかすぐに手が届く場所にある。最悪は重なっている枝が黒豹の重みに耐えられない細い枝ならいいかと妥協をして探しながら森の中を探索する。
いつもなら夕刻には森を出るのであまり奥まで行かなかったが今日は森での野営だ。ジョージは今まで行ったことがない森の奥に進んで行く。
周囲を警戒しながら歩いていると1本の大木を見つけた。それは周囲の木々と少し距離を開けて生えている様に見える。たった今虎を倒したジョージは魔石を取り出すとその木に登ることにした。長いロープを木に通し、その両端をしっかりと掴むと反動をつけて上に登っていく。10メートルほどの高さの場所に横に伸びている太い枝を見つけた。ただその枝の先は周囲の木と重なっていてしかも太い。これだと魔獣が向こう側からやってくることができる。ここはダメだ。
登りと同じ要領で木を降りるとジョージは再び森の中を歩きだした。20分後、別の大きな木を見つけた。登ってみると地上から6、7メートルの高さの場所に1本太い枝が伸びているがその枝は長くなく、かつ周囲の木の枝とは離れた場所に伸びていた。
「ここにしよう」
日は傾いているがまだ明るい。時間は早いがジョージはこの場所で一晩過ごすことにする。森は日が暮れだすとあっという間に暗くなる。まだ明るいと感じている間に決めた方がよいだろう。
太い枝の上に立つと周囲をチェックする。背後から襲われることはなさそうだ。上を見るとかなり上部に枝が生えている。黒豹が上から飛びかかるのは無理だろう。
木の幹を背中にして枝に座って正面を見ても周囲の枝が細いので飛び移ってくるのはかなり厳しそうだ。結果的に良い場所を見つけたと自画自賛する。彼は今自分が居る場所をしっかりと記憶した。森を越える時の初日の野営場所はここだ。
暗くなる前に食事をし、水分を補給したジョージ。これから明日の夜明けまでこの場所でじっとして時を過ごす。いつでも片手剣を抜ける様に準備をすると背中を幹に預けてリラックスする。この世界に来てソロで動いてきた彼はもう数えきれないほど木の上で野営をしてきたこともあり1人でこの高い場所にいても全く気にはならない。気にしているのは黒豹だけだ。
日が暮れた。森が真っ暗になる。上の方で枝と葉が重なっているので星灯りもここまで降りてこない。文字通り漆黒の闇になった。
時々風が吹くと上の木々が擦れる音が聞こえているが、それ以外は無音の世界だ。昼間に退治した虎やサイはどこかで休んでいるのだろう。そしてそのかわりに夜を支配する黒豹が闇に紛れて活動を開始する。
時計がないので時間の感覚がわからない。野営に慣れていなければ時間が経つのがすごく遅く感じるはずだ。それとチームで動いていれば気を紛らわすために話しをしていたかもしれない。無音の森の中で声を出せば遠くまで聞こえてしまう。
レイモンドが会った3人組の生き残り、ひょっとしたら彼らは夜の森の中で会話をし、それで自分たちの場所を黒豹に教えてしまったということも考えられる。
自分はソロだ。誰とも会話をせずに何十日と森や草原を歩いて街から街へと移動している。沈黙には慣れていた。
漆黒の闇の中、聞こえる音は風にそよぐ木々の葉の音だけだ。ジョージは闇の中でずっと同じ姿勢で座っている。時折水分を補給するとまた大木の幹に凭れて周囲を警戒していた。これは一晩ならなんとかなるだろうが3日ともたないだろう。
そう考えている時にジョージはふと思った。黒豹はどこから襲ってくるのか。下から登ってくるのかそれとも木々の枝を伝って移動するのか。
黒豹の動きがわかれば対策が取れるかもしれない。
普通、つまり地球の世界で考えると地上から5メートル以上の高さの木を肉食動物が駆け上がるという話は聞いたことがない。
ただここは異世界だ。地球の物差しで判断すると取り返しのつかないことになるかもしれない。
なので仮の話として豹がそれほど高い場所まで幹を伝って登ってこれないとしたら野営場所は今の様に地上から6、7メートル以上とか高い場所にすれば彼らが下から襲ってくるのを避けられる。
次は枝から枝に飛び移るケースだ。その場合黒豹が乗る枝は当然太いはずだ。枝が絡まっていたとしてもその枝が体重に耐えられなければその枝の上は走れない。細い枝がある場所から襲ってくる可能性は低い。
考えられるのは、太い枝から太い枝にジャンプして移動しながら獲物を襲うスタイルだ。黒豹が何メートルジャンプできるかは不明だが、今の時点では野営をする場所として地面から高く、周囲に太い枝がなく移動しずらい場所が良いということになる。
これはあくまで仮定の話だ。そしてその裏を取る方法が1つだけある。南の街に戻ったらレイモンドの知り合いの生き残った1人に話を聞くことだ。話を聞くことで自分の予想の裏付けが取れるかもしれない。あるいは逆に地球での常識とは全く違うということを確認できるかもしれない。




