第41話
翌日、ジョージは2人に教えてもらったアイテム屋に顔をだした。その店は大通りから入った路地の中にあった。小さな店だ。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
扉を開けて声をかけると中から男性が出てきた。年齢は50代半ばだろうか。金髪で彫りが深い顔をしている。
「迷い人のジョージといいます。腕輪を見せて貰おうと思って」
「礼儀正しい迷い人だな。私は彫金師のハロルド。ここは自分で作った製品を売っている店だよ」
彫金師。自分が日本に住んでいた時にも聞いたことがある。金属を彫る・叩く・曲げる・溶接(ロー付け)をして、ジュエリーやアクセサリー、仏具、高級時計の装飾品などを制作する専門の職人だ。
「迷い人が街の外で使えるアイテムはありますか?」
レイモンドとギャツビーからはこの店には攻撃の腕輪があると聞いているが、目の前の男性が彫金師と聞いてひょっとしたら他にも何かあるかもしれないと思ったジョージはあえて攻撃の腕輪とは言わずに聞いてみる。
「迷い人さんが外で魔獣を倒す時に効果がありそうな腕輪はこれかな」
そう言ってハロルドが陳列されている腕輪を指差した。
「これは攻撃の腕輪と言って攻撃力、つまり武器の一撃のダメージが増える効果がある腕輪でね、こっちが+5、そしてこっちは+10ある」
「2つを同時に装備することはできるんですか?」
ジョージが言うとハロルドは首を左右に振った。
「残念ながら重ねがけの効果はないんだよ。高い方の効果しかでないね。なのでこの2つを同時に装備しても攻撃力+10の効果しかでない」
「なるほど」
+10の腕輪は聞いていた通り1つ金貨5枚だ。ジョージは攻撃力+10の腕輪を買うとその場で装備する。ハロルドは店の奥に工房を持っていて、そこで彫金をしていると言う。
「何か掘り出し物が出るかもしれませんね。また顔を出してもいいですか?」
「もちろん。礼儀正しい迷い人はいつでも歓迎だよ」
「ありがとうございます」
お礼を言って店を出たジョージ。この街に来て腕輪を装備していても不審がられなくなった。
店を出たジョージはその足で南の街の南門から外に出る。街に入ったのは北門で、その周りはトカゲがいたが南門の外にはトカゲがおらず、しばらく歩くとサイが徘徊しているのが目に入ってきた。街の南側には強めの敵がいそうだ。
サイを相手にすると攻撃力+10という指輪の効果が実感できる。時々2倍のダメージが出る片手剣なので攻撃力アップが2倍になり、魔獣の体力を大きく削ることができる。その結果戦闘時間がさらに短くなった。
街の外で6時間程サイや水牛を相手にしてその効果を実感した彼は夕刻に街に戻ってきた。換金屋で魔石を現金に交換すると時間当たりの稼ぎが増えていた。ジョージは朝のアイテム屋に顔を出した。
「買った腕輪で外で魔獣を相手に戦闘してきました。すごいですね。今までよりも大きなダメージが出て短時間で倒せる様になりました。ありがとうございます」
挨拶の後でジョージが言った。
「よかった。使い手にそう言ってもらえると私も作った甲斐があるよ」
ハロルドによれば今までも多くの迷い人が攻撃力アップの腕輪を買ってくれたが、その効果について教えてくれる人はほとんどいなかったと言う。
「自分では間違いなく効果はあると信じているんだけどね、フィードバックがなかったから少し心配していたんだよ。もっとももし効果がなければ迷い人が怒鳴り込んでくる。それがないから効果はあるんだろうと思っていたけどね」
そう言ってハロルドが笑った。
「間違いなくありますね。これがあると無いとでは全然違うレベルです」
「ありがとう。また新しい製品ができたらジョージに紹介するよ」
「お願いします」
夕刻の南の街の中は地元民に混じって迷い人も多数いる。東の街で感じたいやらしい視線を投げかけてくる迷い人はいない。山を越えてこの街にやってくる迷い人達は自分も含めてある程度以上の実力者ばかりだ。それは東の街や西の街の様にとりあえず人数集めてチームを組んで台地を降りて街にやってきたという中途半端な実力の持ち主はほとんどいないからだろう。ただだからと言って油断は禁物だ。見えないところで隙を窺っている連中がいるかもしれない。
ジョージはガードを下げずに街を歩きながら街の様子を観察している。歩いていると飲み屋街が固まっているエリアが目に入った。大通りから横に伸びている通りに飲み屋の看板がある。迷い人がやっている店だろうなという店が数軒あった。”モンブラン”とか”ヴォルガ”と言った地球にある地名を店名にしているところは元迷い人がやっている飲み屋だろう。
この街の飲み屋の情報がないジョージはリスクを負って自分で開拓する気はなかったが飲食のエリアを歩いていると一軒の飲み屋の看板を見て脚を止めた。
看板には”ハナミズキ”と書かれている。ハナミズキが、花水木という字から来ているとすればここは日本人、あるいは日本人に関係がある人がやっている飲み屋の可能性がある。まだ夕刻なので店は開いていないが、ジョージは一度顔を出してみる気になった。
店の場所を覚えた彼はこの街での拠点であるグラスランドホテルに戻るとホテルで夕食を摂り、部屋で時間を調整した。
夜もすっかり更けた頃、ホテルを出て目的の飲み屋に脚を向ける。ポーチの中にはすぐに取り出せる様に短剣を忍ばせているジョージ。夜の遅い時間だが、魔道具の街灯に照らされている街の中は迷い人を中心に結構な数の人が歩いていた。
”ハナミズキ”の店の前にはOPENの灯りがついていた。
木の扉を開けるとそこは何度も見た光景だった。L字のカウンターだけのバー。そのカウンターの中には精悍な表情をしている黒髪、黒い瞳の男性が立っている。年齢は40代後半か50代前半だろう。カウンターには同じ黒髪の女性が2人座っている。服装から見て迷い人の様だ。
「いらっしゃい。お好きな席にどうぞ」
言われたジョージは入ってすぐ右のカウンターに腰掛けた。”L”になっているカウンターの下の右の席だ。
「ビールはいくら?」
「銅貨5枚だよ」
ビールを注文するとグラスが運ばれてきた。銅貨5枚と高くなっているが東の街のグラスよりも大きい。
「この店は初めてかい?」
ジョージの前にビールを置いたマスターが聞いてきた。
「そう。数日前にここにやって来た。名前はジョージ、日本人だよ」
日本人と聞いてマスターはもちろん、カウンターに座っている2人の日本人もジョージの方に顔を向けた。女性2人は30は越えている。
「なるほど。俺はユウキ。この酒場のオーナー兼マスターだ。ジョージと同じ日本人の元迷い人だ。見る限りまだ若いな」
「去年の迷い人だ。この世界に来てまだ2年経ってない」
そう言うとカウンターの2人のどちらかの女性から嘘でしょという声がした。ジョージはそちらに顔を向けるとゆっくりとした口調で答える。
「嘘じゃない。嘘を言っても仕方がないだろう?」
「どこに泊まっているんだ?」
ジョージがホテルの名前を言うと再び2人組から嘘。という声がしたがそれを無視して聞いてきたマスターを見る。
「2年目でここにやって来てあのホテルを常宿にする。それを聞くだけで腕が立つことが分かるな」
そう言ってからユウキがカウンターにいる2人を紹介した。彼女達はアサミとケイコと言い、5年目の迷い人で去年この街にやって来て今はここを拠点に活動しているのだと紹介を受けた。
「ねぇ、南の街には2年目の人たちとチームを組んできたんでしょ?何人のチームだったの?」
「いや、ソロでやってきた。俺はこの世界に来てから一度もチームを組んだことがない」
そう答えると女性2人はもちろん、ユウキですら驚いた表情になる。
「ジョージ、お前は今1人であの北の山を越えてやってきたと言ったんだぞ」
「ああ、その通りだよ。1人で山越えした」
「ゴリラみたいなのがいただろう?」
「野営はどうしたの?」
ジョージが言うとユウキとケイコが立て続けに聞いてきた。
「ゴリラみたいな魔獣は木に登れないと聞いていたので夜は木の枝の上で寝たよ。これは今までも何度も経験がある。それで魔獣の相手だけど、俺は西の街と東の街でこれでもかというほど水牛とサイを倒してきた。なのでゴリラが出てきても慌てずに倒すことができた。それだけだよ。かなりのゴリラを倒して魔石を取り出したんでこの街に来て換金したら結構な金になった。それであのホテルを取った」
「なぜソロなんだ?チームを組んだ方が楽だろう」
まだ信じられないと言った表情のユウキ。
「この世界に飛ばされた時に知り合いはいない。国籍だって世界中の奴らがいる。育ってきた文化も習慣も違う。そんな知らない奴に背中は預けられない。夜寝ているところを襲われたら終わりだ。味方だと思っていた奴がいつ裏切るかもしれないとビクビクするくらいなら、ソロの方が気楽だと思ったんだよ」
アサミとケイコは言葉にできないくらいに驚いていた。話を聞いているとこの若い日本人は飛ばされてからずっとソロで動いている。ソロで西の街、東の街を訪れ、そこからまた1人で山を越えてここにやってきた。自分たちは5名のチームを組んで移動している。ソロで動くなんて考えたこともなかった。
マスターのユウキはジョージの言葉を頭の中で消化している。言っていることに嘘はないだろう。となるとこいつは桁違いに強いと言うことになる。西の街か東の街で買った装備でサイや水牛を1人で倒して山を越えてここまでやってきている。
「ジョージ」
ユウキから名前を呼ばれたジョージは顔をそちらに向けた。
「悪落ちした迷い人を何人殺した?」
「西の街で3人、東の街では11人。これは森で6人、洞窟の中で5人。いずれも襲ってきたから返り討ちにした」
それを聞いた女性2人の表情が変わった。
「1人で6人、5人を倒したのか」
ユウキの言葉にそうだと頷く。アサミとケイコはもちろんだがユウキも黙っている。
「台地の上の3つ目の街で言われたんだよ。腹を括れ。括れないのなら行くなってな」
”ケープ”のマスターのトムソンの言葉だ。
「一番最初、襲ってきた3人を殺した時はしばらくしてから身体が震え出したよ。ただあの時殺さなければ間違いなく俺が殺されていただろう。自分に降りかかってくる災いは自分で処理する。これは人間だけじゃない。魔獣に対してもしかりだ。ソロで動く時の鉄則だと思っている」




