第38話
出発を明日に控えた夕刻、ジュジュの薬屋に顔を出したジョージはポーションを多めに買った。それで察したのだろう、ジュジュがジョージの顔を見て言った。
「いよいよかい?」
「明日この街を出て南の街を目指すよ」
「そうかい。気をつけて行くんだよ」
「分かった。ありがとう」
薬の入った麻袋をジョージに渡す。彼は受け取ると背中のリュックにそれをしまった。
「ここから南の街までは草原と森、そして山を越えていく。聞いている話じゃ2、3ヶ月くらいかかるそうだ。もちろん途中には様々な魔獣が徘徊しているって話だ。1人で行くのなら十分注意しなよ」
そう言ってから南の街に行くルートは知っているのかい?と聞いてきた。
「聞いたら山越は3つルートあってどのルートを通っても時間も難易度もあまり変わらないと聞いている」
「私たち地元民の間では昔からの言い伝えがあるんだよ」
ジョージの言葉の後そう言ったジュジュ。
南の山越の3本のルートにはそれぞれ東のルート、中のルート、そして西のルートとそれぞれのルートに名称がついている。
「中のルートは神のルート、黙ってそこを通る者には幸せが来ない」
「つまり中央のルートは神専用のルートで、俺たち人間は東か西のルートを通れってことか」
ジュジュがジョージの言葉に頷いた。
「言い伝えの意味はそうなるね。昔からの話だから正しいかどうかは知らない。でも私たちの間じゃそう言われて続けている」
昔からの伝承には意味があるものが多い。日本でも昔話の中に何かの啓示が示されていることが多くある。どのルートでも難易度が変わらないのであれば真ん中のルートは避けて東西のどちらかのルートで山越えしよう。
「参考になったよ」
「がんばりなよ」
挨拶を終えたジョージは店を出るとその足でイエローナイフの店の扉を開けた。普段は遅い時間に行くが、今日は店を開けた直後に顔を出した。
扉が開き、ジョージが入ってきたのを見たデイビッドは全てを理解する。
「明日出発か」
「そう。明日の朝ここを出て南の街を目指す」
カウンターの上に銅貨を置く前に彼の前にビールが置かれた。
「1杯目は奢りだ。餞別だよ」
ありがとうと言ってからジョージはグラスを口に運んだ。
「ジュジュには挨拶をしたか?」
「今店に行ってきた。挨拶をしたらがんばりなよと言われたよ」
「義理を果たしているのであればいいだろう」
「この街じゃこことジュジュの店以外はほとんど行っていないからな」
デイビッドはその言葉を聞きながらここまでストイックな奴はいないだろうと思っている。この世界に来て2年と少しで南の街をソロで目指すと言うのは普通じゃありえない。台地から降りてきて西の街、東の街で最低でも3年程過ごしてから南の街への移動を考え始める。これが普通の迷い人の動き方だ。このどちらかにゲートがあるかもしれないと街の周囲を探すこともあってこの2つの街で時間を食う。
目の前に座っているこの迷い人、彼の話を聞いていると台地の上では時間をかけて自分のスキルを高める鍛錬をした。その結果台地の下に降りる時期は同年代のライバルよりは遅くなったが、結果的には彼がこの世代で一番早く南の街に行くだろう。それもソロでだ。しかも彼はゲートは東西、そして南の街にはなくてさらに南のエリアじゃないかと決め打ちしている。
自分の経験から、思い切りもゲート探しの必須の条件だと知っている。いつまでも未練がましく同じエリアにいると、そのうちに街を移動することが面倒になってくる。その街での生活に困らないとなれば尚更だ。
「南の街で売っている武器や防具はここと同じだっけ?」
「同じだな」
「じゃあ買い換える必要はないな」
「治安はここよりはマシだ。おそらく西の街よりもマシだろう。ただマシだということで100%安全という事じゃない。それだけ覚えておくといい」
街の外に出ればそこは無法地帯だと台地の上の時に教えてくれた。ジョージはその言葉を今でもしっかりと覚えている。
「確かに。気を緩めない様にするよ」
イエローストーンで1時間ほど時間を過ごしたジョージが席を立った。
「お前なら南の街へ行くことについては大丈夫だろう。ただゲート探しは簡単じゃないぞ」
「その通り。南の街に行ってそれからがゲート探しの本当のスタートだと思っている」
「気をつけてな」
そう言ってカウンター越しに握手を求めてきた。ジョージはその手を強く握り返す。
「いろいろと世話になった、ありがとう」
ホテルの部屋に戻ったジョージは荷物を確認する。3ヶ月ほどの移動になる。水は最悪途中にある川から補充できるとしても食料は森では果実の実があるだろうが、草原には果実がなる木はほとんどない。万が一に備え十分な食料が魔法袋の中に入っているのを確認すると、その一部をリュックに移し替えた。
魔法袋がないとなるとソロでの移動は相当厳しいものになることは容易に想像できる。3ヶ月分の荷物を背負っての移動だ。敵と遭遇するたびにリュックを置いて戦闘し、倒せばまた重いリュックを背負って移動する。夜の野営も荷物が重ければ木の上に上がるのすら簡単じゃない。
チームを組んで移動する方がずっと楽で安全だ。
ただ自分は人とは違う装備を持っている。魔法袋もある。周囲の迷い人よりはずっと条件がいい。そのアドバンテージをフルに生かすつもりだ。
それにしても、とジョージはさっきのジュジュとの会話を思い出した。南に移動するにあたって3つあるルートで真ん中は神が通るルートだと彼女は言った。この世界、特に台地を降りたこのエリアでは街と街との距離が長い。歩いて2ヶ月以上も離れている。そしてその間には人間を見ると襲ってくる魔獣が徘徊している。
戦闘能力があるとは思えない地元民の間で南に行くルートについての言い伝えが残っている。言い伝えがあるということは過去から地元民の往来があったということにはならないか?武器を持っている迷い人でさえ、南への移動を躊躇する中、彼らは魔獣が徘徊している中をどうやって移動したのだろう?
街と街との連絡をとる手段があったり、移動に関する古い言い伝えがあったりする。違和感を感じることが多い世界だ。違和感といえば木彫りの女神像にしてもそうだ。拾ってきたという。拾ったのは本当だろうが、なぜそれが街の外に落ちていたのか。謎は深まるばかりだ。
ただ全てに意味があるはずだ。木彫りの女神像が道標とすれば今の山越えのルートの話はゲートを探す時のヒントだという気がする。そして彼らが言っている神が通るルートの神とは木彫りの女神の事なのか、それともまた別の神がいるのか。
ゲートを見つけ、そこを潜った時に今の自分の全ての疑問に対する答えが得られるのかもしれない。
翌日、ホテルをチェックアウトしたジョージは街の中の屋台で串焼きを2本買うとそれを手に持って南門に向かった。門に近づくと門のそばに薬屋のジュジュが立っていて、ジョージを見つけると近寄ってきた。
「これから南に行くんだろ?私からの線別だよ」
そう言ってジュジュが袋に入った何かを手渡してきた。それを受け取って袋の中を見ると液体が入っている小瓶が1つある。
「ハイポーションだよ。普通のポーションより効果がずっと高いんだ。どうしてもという時に飲んだらこの1本で一瞬で体力が全快する。効果が強い分常用はできないんだ。本当に危ないと思った時に飲むといい」
「ハイポーション、こんなのがあるのか」
「非売品だよ。数が作れないんだ、こんなのを迷い人相手に売ったら取り合いになるのが見えている。なのでどこの薬屋でも売ってない」
確かに1回飲むだけで体力が全回復するのであれば取り合いになるのは間違いない。それにしてもますますこの世界にいる地元民の事が分からなくなってきた。まだまだ自分たち迷い人が知らない秘密がいくつもありそうだ。
「ありがとう。これがある、そう思うだけで気持ちが楽になるよ」
リュックに薬を入れたジョージが言った。
「気をつけて行くんだよ。もしまたこの街に戻ってきた時には店に顔を出しておくれ」
「分かった。その時は必ず顔を出す」
「じゃあ、行ってくる」
ジョージがそう言うと黙って頷くジュジュ。
南の街への長い旅が始まった。




