第37話
街の噂は当然イエローストーンのデイビッドの耳にも入る。ただ彼はジョージならやるだろうと思っていたので特に驚きはない。
そのジョージが店にやってきた。彼が店に顔を出すのは宵の口ではなく遅めの時間だ。カウンターに座ると、彼が銅貨を置くタイミングとビールを置くタイミングが同じになっていた。
「もう洞窟には行かないのか?」
「金策なら草原でできる。あそこのは弱いから鍛錬にならない」
洞窟に行く理由が敵が弱いからだと言い切るジョージ。
「となるとそろそろ南に行くのかい?」
「そう。あと1週間か10日で出ようかと思ってるんだ」
「よかったら今やっている鍛錬ってのを教えてくれるか?もちろん誰にも言わない」
ここまで強いと言われているジョージがどんな鍛錬を行っているのか個人的に興味がある。いいよと言ったジョージがやっている鍛錬とは南の草原で野営をしながらサイや水牛を3体、4体同時に相手にしているだけだという。
聞いたデイビッドは驚いた表情になる。ソロでは1体でも簡単じゃないと言われているサイや水牛をわざと集めて倒しているだと?普通じゃない。自分が現役の時、1体なら問題なく倒せたが2体となるとギリギリだった。
「俺はソロだから敵の攻撃を躱しながら自分から攻撃をしないといけない。常に敵のターゲットは自分だからね。なので徹底的に避ける練習、鍛錬をしているんだよ」
装備のことはここでも言わない。台地の下は異国だ。デイビッドは信用しているがそれでも言わずにすむことであれば言わないでおこうと決めている。西の街でもそうしてきたジョージ。
「だから洞窟で盗賊5人に襲われても奴らを返り討ちにできたんだな」
「あいつらは強くなかった。数の暴力で襲ってきただけで動き自体は鋭くなかった」
そう答えるジョージ。確かに草原で4体のサイを相手に鍛錬をしていれば人間の動きは遅く感じるだろうし、実際にジョージはそう感じている。なので彼は自分が返り討ちにした盗賊が札付きのワルだということを知らない。
ただデイビッドは以前からサハドとそのチームは知っていた。洞窟の全てではないが、一部の洞窟の中に蜘蛛の巣の様に伸びている坑道を熟知しており、それを利用してあちこちの分岐から突然現れてはその洞窟に入ってきた迷い人を襲い、殺して金品を奪った後は再び坑道内を移動して別の出口から出てくる。周りは彼らがやったのだろうと思っても証拠がない。そして彼らは洞窟エリア以外では仕事はしない。
彼らが何名でチームを組んでいるのか、正確な数は誰も知らないが、あまり多いと人を殺した時の手取りが少なくなる。多くても4、5名だろうと見ていた。今回ジョージが5名を倒したことで、おそらくあのチームは完全に消滅しただろう。
これでジョージはこの街で絡まれない。この街にいる他の悪落ちした連中にもジョージの噂は耳に入っている。彼らはジョージの知らないところで彼の名前と顔を確認し、あいつはやめておこう、手を出さないでおこうとなる。
「南の街へ行くルートは調べているのか?」
デイビッドは違う話題を振った。
「いや、適当に歩きながら南を目指そうと思っているんだけど、それじゃあまずいのかな?」
草原で野営の鍛錬もしているし、何とかなるんじゃないかと考えているジョージ。遠目に見る限り南には山が連なっているが、山と山との間、谷になっているところを通って南を目指そうと考えていた。
デイビッドによると山の間を通って南に行くルートは3ルートあるらしい。南の街はその山を超えた先の平原の真ん中にある。
「どのルートも基本同じだ、どこが歩きやすいとか歩き難いというのはない。木が生えていて視界が良くない山道を進んでいくんだ」
視界が良くない森で鍛錬を積んできたジョージはそう聞いても驚かない。見つかり難いという特殊効果がある防具もしている。
「山の中に入ると魔獣が一段強くなる。虎や熊が相手になるが草原にいる個体よりも一回り大きくなる。あとここまで見なかった魔獣が出てくる。地球にいた時の魔獣に例えるとゴリラに近い。ただこの魔獣は木には登れない」
そうであれば山の中の野営が楽になる。今まで通り木の枝に登って夜を過ごせばいい。
「山を越えて4、5日程歩けば南の街に着く。山の中の高い場所から街が見えるぞ」
「ありがとう参考になったよ」
ジョージはデイビッドにお礼を言った。
店を出てホテルの部屋に入ると魔法袋から木彫りの女神像を取り出して机の上に置いた。女神像はまだ何の反応も示さない。
南の街に行けば何か変化があるのか、それとももっと先に行かないと変化がないのか。あるいはずっと変化がないのか。いや、ずっと変化がないことはないだろう。となると当面は自分を信じて南のエリア、そしてさらに南を目指すのがよさそうだ。
ジョージが東の街に来てから3ヶ月が過ぎている。彼は西の街、そしてこの東の街に迷い人が多い理由を知った。多くの迷い人がこの2つの街で留まってしまって目詰まり状態になっているのだ。
ここから南の街へは山を越えて3か月程かかる。途中にいる魔獣は強くなり命の危険が大きくなる。そんな南の街へ行くことを躊躇っている者が多い。
踏ん切りがつかず、東西いずれかの街でだらだらと過ごしている迷い人達。毎年の様に新しい迷い人がやってくるので街には迷い人が溢れてくる。
ジョージがこの世界に来て1年半近く経っている。彼の翌年に新しく来た連中は早ければ2番目の町、あるいは3番目の街まで来ているかもしれない。台地の上でいくら急いでも結局東西の街で悩むことになると言うことをまだ彼らは知らない。
「俺とあんたの勝負だ」
ジョージは机の上に置いていた木彫りの女神像を手に持つとそう呟いてから女神像を魔法袋の中に戻した。魔法袋に女神像を入れる時、一瞬女神像の目が青く光ったが、ジョージはそれに気が付かなかった。
ジュジュの店で薬品を買い、数日に1度デイビッドの飲み屋に顔を出す。それ以外はたまにアデリーナとメアリーの部屋に顔を出す。
この日も夕食後、2人の部屋に顔を出しているジョージ。女性2人はすっきりとした顔をしていた。今はジョージは服を着替えて部屋の中にあるソファに座って話をしている。女性2人は身体にバスタオルを巻いた格好だ。
「ジョージはいつ南に向かうの?」
「3、4日後かな。準備はだいたい揃った。あとは食料品や水を買えばいつでも行ける。そっちは結局どうなったんだい?」
聞かれた2人は顔を見合わせてからアデリーナがジョージに顔を向けた。
「まだなの。でも少しずつ気持ちは南に向かう方に傾きつつあるのよ、なのでここで焦らずにしっかり納得できるまで話し合いを続けるつもり」
この部屋にいるアデリーナとメアリーの2人は7年目になっている。このタイミングで南に行かなければ年を取って気力がなくなり、西の街あたりで余生を過ごすことになりそうだという予感が2人にある。まだ身体の無理が効くのがここ1、2年だ、だからなんとしてもその間に南の街に行ってみたいと考えている。
チームで動かずに2人で行けるのであればとっくに南に向かっている。ただ2人ではリスクが高すぎると判断してチームの他の仲間の理解を得ようと対話を続けている。そう説明しているマリアとアデリーナ。
全てが自己責任の世界だ。これはチームでもソロでも同じ。彼女たちがそう言う判断を下しているのならそこにジョージは口を挟むことはしない。
「私とマリアの中ではゲートはもっと南にあると思ってるの。ジョージはどう思う?」
「俺も同じだ。ゲートがあるとすれば南だろう。ここ東の街も西の街もどちらも多くの迷い人がいて、毎日の様に外に出てはゲートを探しているが見つかっていない。東にある洞窟にしても同じだ。これだけ探してもまだ見つかっていない。つまりある可能性が極めて低い」
ジョージが言うとそうなんだよね。と2人が言った。
「せっかくこの世界に探し物を見つけに来ているのに途中で諦めるのはまだ早いと思ってるの」
その通りだと頷くジョージ。
「なので説得が成功したらすぐに南に向かうつもりよ」
「じゃあ俺が先に南の行っていて、後からやってくる可能性もあるな」
「その時は3人が余裕で寝られるベッドがある部屋を用意しておいてね」
マリアが言った。




