第31話
ジョージはその後も西の街で金策と鍛錬を続けた。西の山には一度行ったきりだ。それよりも草原にいるサイを相手に体術と剣術に磨きをかけていた。その効果か最近では3体のサイを交わしながら安全に倒すことができている。
ウエスタンホテルに泊まっていたレイモンドとギャツビーは先週南の街に向かって旅立っていった。
「あと2、3日したら東の街に行くことにしたよ」
「いよいよだね。あっちはかなり治安が悪い。油断してたらやられるよ」
「ああ、十分に気を付けるよ」
”ホアリエン”のカウンターに座っているジョージ。リンのアドバイスに答えると目の前にあるビールのグラスを口に運ぶ。店の中にはジョージ以外誰もいない。ポーランド人の酔客も今日はいなかった。
「東の街の後はそこから直接南に向かうのかな?」
「そのつもり。リンには申し訳ないがこの西の街の周辺にゲートはなさそうだと言うのが俺の結論だよ」
そういうとリンも大きく頷いている。
「ここや東の街はまだ初心者向けのエリアだよ。南の街もそうかもしれない。ゲートがあるとすればもっとずっと先だろうね」
彼女も分かっているのだ。
彼女はコースターの裏に何かを書くとそのコースターをジョージに渡した。
「東の街に行ったら街の南門の近くにある薬屋にいるジュジュという女主人を訪ねるといいよ。そのコースターは私の紹介状だよ」
受け取ったコースターをみるとこの店の名前とリンという名前、そしてジョージは1年目の迷い人だが腕は立つ。と書いてある。
「俺の腕が分かるのか」
「1年目の迷い人で草原のサイをソロで倒しまくれる人はいない。それに1人で盗賊を返り討ちにしている。腕が立つのは間違いないでしょう?」
そう言ってニヤリとする。
彼女もジョージが人を諌めたということを見抜いていた。人を殺す前と殺した後で雰囲気が変わっているのを感じていたそうだ。
「同じ人の諌める前と諌めた後、両方を見たら、ああ、返り討ちにしたんだなと分かるのよ。雰囲気がまるで変わるからね」
「なるほど」
見る人が見れば分かるということか。
「相手が殺しに来ている、そこには話し合いの余地なんてないからね。返り討ちにしなければこちらがやられる。前いた地球とは違ってこの世界ではそれが摂理だよ」
「そうだよな」
この世界に来ていろいろなプレイヤー達から聞いていた言葉だ。摂理、ルール。そんな中で日本の常識を持ち込んでも誰も相手にしない。この世界では正当防衛という言葉の解釈の範囲がかなり広くなっている。ジョージはそう思うことにしている。
「”ミヤビ”には顔を出したのかい?」
「明日行くつもり。リンには世話になった」
「ふん、こっちはゲートを探すことを諦めた元迷い人で、今はしがない場末のバーのオーナーだよ。でもそう言ってもらえると少しは救われるね」
そう言って笑った。
「ジョージ、あんたならやり遂げそうな気がするよ」
「そうなるといいけどな」
他からもお前ならやり遂げそうだと言われているジョージだが、当人は全く意に介していない。彼らは単に今までの迷い人と雰囲気が違うからそう言っているのだろうが、だからと言ってそれが正解とはならないということを知っているからだ。
サイを倒しまくっていたおかげで金はたっぷりとある。戦闘技術も上がった。殺人に対する忌避感もない。もちろんジョージが人殺しを好きだという事ではない。返り討ちに抵抗がなくなったと言うべきか。
「東の街に言ったらジュジュという女性を訪ねるよ」
そう言って席を立つと”ホアリエン”を後にした。
その翌日、ジョージは”ミヤビ”に顔をだして明日西の街を出て東の街に行くことを伝えた。店には他に客はいない。
「いよいよ出発なのね。気をつけて」
「ありがとう。ここでしっかり鍛錬が出来た。滅多なことにはならないと思うが油断はしない様にするよ」
「ジョージはゲートが東西の街の近くにあるとは思っていないんでしょ?」
「思っていない。ここらの街の近くにあればとっくに見つかっているはずだ。延べ何万という迷い人がここらを探している。それでも見つからないということはもっと南にあるんだろうというのが俺の結論だよ」
「この西の街で何年も迷い人をやっている人達がいる。私は諦めて飲み屋を始めたけど、諦める踏ん切りがつかない、かと言って強い魔獣がいる南に行く勇気もない、そんな人たちが集まっているのがここ西の街よ」
ジョージはまさしくその通りだと思っているので彼女の言葉に頷きながらビールが入っているグラスを口に運ぶ。
「俺は彼らについてとやかく言うつもりはないよ。南に必ずあるという保証なんてどこにも無いんだし。実際まだ見つかっていないからな。
彼らは彼らの生き方がある。それに、数年後には自分だって彼らの仲間入りをするかもしれない。ゲートが見つからず、かと言って諦めきれずに、どこかの街に腰を下ろして未練がましく街の周辺を探している事だって十分に考えられる。今は彼らの事を腰抜けだと思っているが、いずれ後からこの世界にやってきた迷い人達から自分が腰抜けだと言われることも十分にあり得る話だ。
ミヤビからは一人で東の街に移動するのかと聞かれてて、その通りだと答えるジョージ。彼女は何も言わないが目が「大丈夫なの?」と言っている。
「ここで一人で移動できないのなら、この先には行けない。俺はずっとソロでやるつもりなのでこの街でもかなり時間をかけて魔獣を相手に鍛錬をした。自信がなければ一人で行かないよ」
装備のことはこの街では誰にも言っていない。台地の上と違ってここからは街が大きくなり、迷い人の数も増える。しかも善人ばかりではない。たとえ同じ日本人であっても余計な事は言わない様にしようと決めていた。
「ゲートが見つかったら迷い人の脳内にゲートが見つかったという言葉が流れてくるというのは知ってるでしょ?」
「もちろん。それがないから今まで誰もゲートを見つけていないという理解なんだろう」
「誰かが見つけたら本当に頭の中に言葉が流れくるのかな?」
その答えは誰も知らない。知らないが過去からそうやって聞かされているので迷い人は皆知っている。
「その話が本当だろうが嘘、噂話だろうが、どちらにしても見つけた奴しかゲートを潜れないんだ。言葉があろうがなからろうが探すしかないんだよな」
ゲートを潜れる迷い人の定員が1名ってことはないだろう。逆に見つかった方が探す側、迷い人のモチベーションは上がる。
ジョージは座っていた椅子から立ち上がった。
「世話になった」
「気をつけてね」
「ありがとう」
出発の前日、ジョージはマーサの薬屋に顔を出して、明日からの移動の間に必要となるであろうポーションや薬類を購入する。
「いよいよ出発かい」
「ああ、明日東の街を目指してここを出ていくよ」
「そうかい」
マーサが短く言った。
「東の街の後はそのまま南の街に移動するつもりなんだ。しばらくはこの街に来る事もない。マーサには世話になったよ」
「何言ってるんだい、あたしゃポーションを売ってただけだよ」
「いや、何かカラクリがあるんじゃないかと言う話をしてくれただろう?あれは目から鱗だった。今後の自分の動き方の参考になるよ」
「思いつきだよ」
「俺は思いつかなかった。だから参考になった」
「東の街の誰かは紹介してもらったのかい?」
ジョージに褒められて恥ずかしいのか、マーサが話題を変えてきた。ジョージはリンから紹介を受けている薬屋のジュジュという女性の話をする。
「ジュジュは私も知っている。私からも連絡を入れておくよ」
「ありがとう。助かるよ」
この世界の住民同士の通信、連絡方法がある事は知っているのでマーサがそう言ってもジョージは驚かない。
「東の街は荒んでるって話だ。十分に気を付けるんだよ」
ジョージは座っていた椅子から立ち上がった。
「わかった。マーサには色々と世話になった。ありがとう」
そう言って頭を下げる。
「大変だけどがんばりな」
ジョージはマーサの言葉に頷いてから店を出た。
この街で数少ない知り合いに対して義理は果たした。
翌日の午前中、ジョージは西の街の東門を出るとそのまま北側の山裾に沿って東の街を目指して歩き出した。




