第3話
早い時間にバーに顔を出すと他に客がいて忙しいかもしれないと考え、宿で仮眠をしたジョージ。目が覚めると外は真っ暗になっていた。
宿を出て夜の通りを歩いて”スモーク”の前に行くと「OPEN」の札が掛けられていた。ドアを開けて中に入るとテーブル席はなく、カウンターだけで、椅子が8席ほどあるだけのこぢんまりとしたバーだった。そのカウンターの中に髭を生やしている親父が1人いる。歳の頃は40代後半、50代前半くらいか。金髪で青い目をしている。
「いいかな?」
「どうぞ、ちょっと前に客が帰ったところだ。もう閉店まで誰も来ないだろうと片付けをしようかと思ってたところだったんだが問題ないぞ」
カウンターの中央に座るとその前に親父が立った。
「何を飲む?」
「ビールあるかい?」
「ああ、銅貨1枚だ。バドワイザーっぽい味だぜ」
ジョージの格好を見てわかったのだろう。彼が銅貨1枚カウンターに置くと代わりにグラスに入ったビールが出てきた。
「あんたも今日この街にきた口か」
「ああ、門から入って少し歩いたところの屋台で串焼きを売ってるおばちゃんにこの店を教えて貰ったよ」
それだけでピンときたのだろう。あそこのタレは絶品だろうと言った。
「俺はスモーキー。元はアメリカ人でね。この世界に来て25年、来年50だ」
「それで”スモーク”という店にしたのか。俺はジョージ。日本人で25歳だ」
そう言って目の前にあるビールを一口飲む。
「ジョージか、アメリカ人っぽい名前だな。まあそれはどうでもいい。それでだ、まずはお互いの立ち位置というか理解しているところを確認しようか。あんたはこの世界に来てゲートを探して潜り抜けたら大きな能力を得られる。神の代理からそう聞いているのか?」
スモーキーの言葉に頷くジョージ。
「分かった」
そう言ったスモーキーがこの世界について話しだした。
この世界というかこの大陸は相当広い。この街がある場所は大陸の北部に位置しており、南に進むと森や草原、山があり、それよりもずっと先には広大な砂漠が広がっているそうだ。
「そこから先は分からない。俺は南の砂漠が見える場所までは行った。そこで諦めたんだよ。とてもじゃないが砂漠を横断する気力も体力もなかった」
「ここ以外にも街はあるんだろう?」
「もちろんだ。ただここから次の街までは1ヶ月ほどかかる。その間は野宿をしながら敵を倒していくんだ。この街の周辺にいるのはスライムとウサギ、もう少し先に行けばトカゲもいるし、さらに行けばでかい熊や虎の魔獣もいるぞ。それ以外にも強い敵があちこちにいる。この世界ではどっかのゲームの様にはじまりの街ではプレイヤーのレベルも低いがモンスターのレベルも低い。プレイヤーが移動しながらレベルを上げてより強い敵を倒して成長していく、なんてのはない。そこらじゅうに弱いのや強いのがいる」
それは理解できる。あれはゲームの世界だ。
「それぞれの敵は活動しているエリアが決まっている。そこを避ければ強敵とは合わずに移動できるだろう。ただそのエリアはここからここまで、と明確に線引きされている訳ではない。自分たちで感じ取って、避ける時は避ける、倒す時はそのエリアに乗り込むという割り切りが必要になる」
いつの間にかビールのグラスが空になっていた。スモーキーは、これは店の奢りだとビールをグラスに注ぎながら話を続ける。
「俺が広大な砂漠を見てゲートを探す事を諦めた時はすでに30の後半、この世界に来て10年ちょっと過ぎた時だった。そりゃ悩んださ。このままゲートを探して大陸中をウロウロするかどうするか。俺は仲間と組まなかったんだ。ずっと1人、ソロで動いてた。さっきも行ったがエリアをうまく避けることができればソロでも十分に移動できる。ただその強い敵が生息しているエリアの中にゲートがあるってこともあるけどな、俺はそこは割り切っていた」
そこまで言うと椅子に座っているジョージを見る。
「この大陸を北から南までしらみつぶしに探して行こう。なんてことを考えると生きている間には絶対に無理だ。それくらいにこの大陸は広いぞ」
「そうなると偶然を期待して闇雲に行くしかないのか?」
「俺もずっとそう思ってたよ。ただな、ここで店を始めてから気がついたんだが、今から考えたらあの時、あいつが言った言葉はひょっとしたらゲートの場所に関するヒントだったのかも知れないとな」
「…ヒント」
ジョージが言うとそうだと頷くスモーキー。
「考えてもみろ、神の代理がこの世界にあるゲートを探せと言ってる、その大陸は、自分が生きている間には全部調べることができない程の広さがある。最初からそんな無理な試練を言ってくるか?何か手掛かり、ヒントをこの大陸に残しているんじゃないか、それは住民の言葉かもしれない、あるいは街の外にある何かかもしれない。いずれにしてもそれくらいは配慮するだろうとな。それを解いていけば正解に辿り着ける。今思い起こせば、あの時のあいつの言葉。あの場所のあの建物、ひょっとしたらヒントだったのかと思ったんだよ」
「なるほど」
「ただそれに気がついたのはこの街に戻ってこの酒場を始めてからだ。それまでは毎日追い立てられる様に動き回っていたからな」
「なぜこの街で酒場を?」
「さっきも言ったが30代後半、40前で砂漠の北側、入り口に立った時に大陸中を探すなんて俺には無理だって悟った。年も年だし仲間はいない。1人で10年以上大陸中を朝から晩まで走り回って正直疲れていた。この世界でも年を取って、いずれは死ぬだろう。そう考えると迷い人をやめて残りの人生をこの世界で楽しもうと思ってな。場所についてはこの世界に始めて降り立ったこの場所にしようと決めて戻ってきたんだよ」
酒場をやるのがアメリカでの俺の夢だったんだよとスモーキーが言った。
彼の話を100%鵜呑みにはできないが、それでもおおよその事が分かってきた。
「俺以外にこの店にきた迷い人はいるだろう?」
「もちろん。俺は聞かれたら今ジョージに話したのと同じ内容の話を他の奴にもしている」
その言葉を聞いてジョージは目の前に立っている男の信頼度を少しだけ上げた。迷い人が最初に訪れる街の酒場の親父が、初対面でお前だけだとか、お前が初めてだと言ったらそいつは信用できない。
「この街には武器や防具を売っている店がない。次の街までは女神から貰った初期装備で移動しなきゃならん。まず最初の試練がそれになる。約1ヶ月の間、野営をしながらしょぼい短剣か片手剣か斧だけで敵を倒して進んでいくのは口で言うほど簡単じゃない。少なくない連中が途中で魔獣にやられている。この世界を舐めていたのだろう」
「なるほど」
「さっきも言ったが何も考えずに最短距離を移動しようとすると虎や熊のエリアを突っ切ることになる。相手が1体でも厳しいのに複数体いるとそこで詰んじまう。慎重かつ大胆に動かないと次の街すら行けないぞ」
「よく分かった。ところで今までゲートを見つけた奴はいるのか?」
ジョージは神の代理から見つけた人はいないと聞いているが、この世界に住んでいる人がどう言う認識をしているのかを聞く為に質問をする。
「いないはずだ」
「はずだ?」
「そう。これは昔から迷い人の間で語り継がれている話だが、誰かがゲートを見つけてそこを潜ると神の代理が迷い人にだけ脳内に『ゲートがみつかりました』と語りかけてくると言われ続けている。その話を信じるのならまだいない」
ジョージはその後もスモーキーと話をして情報を得る。彼が店に来た以降、新たに客がくることがなかったこともあり、真夜中過ぎまで”けむり”で話を聞いた。
「ありがとう。参考になったよ」
「すぐに出ていくのか?」
「いや、今の話を聞いたのでね。まずは金策とこの街でもう少し情報が取れないか探ってからになる」
ジョージが言うとそれがいいと頷いている。
「この街にいて時間があるのならまた顔を出してくれよ。ビールは安いからな」
「分かった」
店を出て宿に帰るとベッドに横になり、シミがついている天井を見ながらさっきのバーでの話を思い出してみる。
スモーキーというマスターが言う通り、闇雲に動いてゲートを見つけるのは宝くじに当たる様なものだろう。情報を取ってしっかりと準備をしてから動く。これを基本にしよう。明日からは金策をして1ヶ月以上の遠出に備えて準備をしながら街の人たちの話を聞いてみる。これはゲームと同じだなと思って1人で苦笑するジョージ。
それにしても試練とはゲートを探す以外に道中で敵を倒すことも試練になる。攻撃力+10だけの武器1つだと相当難しいのだろう。ただあのマスターはそれをクリアして次の街に辿り着いている1人だ。俺は他の連中よりも性能が良い武器、防具、そして腕輪を持っている。難易度は少しは下がるだろう。かと言って過信は禁物だが。
一生かけても隅から隅まで調べる事ができないと言うのは裏を取る必要がある話だが、この大陸が広いのは間違いなさそうだ。慌てて移動するよりはまずはしっかりと準備をした方が良いだろう。あの空間で立ち上がらず試練を受けることを選んだんだ。やるからには中途半端にはしたくない。それと装備の件もある。ジョージはやっぱり自分はソロで動こうと決めた。




