第2話 最初の街
洞窟の出口は地上から高い場所にあった。そこからは手前に森が見え、その先に街らしきものが見えている。洞窟からは地上に向かって緩やかな斜面になっていた。ジョージがスロープを歩きだしてから背後を振り返るとそこにあった洞窟がなくなっていて岩の山肌になっていた。
「そんな事だろうと思った。一度出たらもう戻れない」
20メートル程の斜面を降りた彼は片手剣を持ったまま森の中を進む。どうやらこの森には敵がいない様だ、森の中に伸びている道を歩いていくと森を抜け、その先の平原に城壁に囲まれた街が見えてきた。
城門の先、街の中は中世の欧州の田舎町と言った雰囲気で、木造の2階建の建物がいくつも並んでおり、その中に住民がいる。
「新しい迷い人だね」
通りを歩いてると屋台で何かの肉を串に刺して売っている店の中年のおばさんが声をかけてきた」
「迷い人?」
「そう。年に1度、今のあんたと同じ格好をした大勢の若者が街にやってくる。元から住んでいる私たちはその若者のことをいつの頃からか迷い人と呼ぶ様になったのさ」
迷い人。
あの白い部屋に連れられた者達は全員この世界に転送される。聞いている限りでは、あの白い部屋は空間の歪み、そして洞窟から出たここは異世界ということになるのか。まだ1人に聞いただけだから確定ではないが。そして毎年一定数の迷い人、自分と同じ地球にいた人間がこの世界に来ているということなのか。
「以前にこの街に来た迷い人でこの街にいる人はいるのかい?」
いればその人に話を聞いて何か情報が取れるかもしれない。神の代理の言い方だと簡単に見つかる場所にゲートはないはずだ。何よりも今自分がいるこの世界の広さすら分からない。動き始める前にできるだけこの世界の情報を入手しておきたい。
「何人かいるけどね」
そう言ったおばさんが1人紹介してくれた。
「この通りを真っ直ぐに進んでいくと左手に緑の屋根の建物がある。そこを左に入った路地の中に”スモーク”というバーがある。そこの親父が元迷い人だよ」
迷い人としてこの世界に来たが、何らかの事情でゲートを探すことを止め、この地で暮らして行くことにしたのか。聞いてみればわかるだろう。教えてくれるかどうかは別だが。
ジョージは店で売っている串焼きに視線を落とした。
「バーに行くにしても、おばさんが売っている串焼きを買うにしても金がないんだよ」
「そりゃそうだろう。来たばかりだからね。金策は街の外で魔獣を倒すんだ。倒すと体内にある魔石を取り出す。それを街の中にある換金屋に持ち込んだら買い取ってくれるよ」
そう言ってからサービスだよと1本渡してきた。口に入れるとこれが美味い。タレが絶品だ。礼を言ったジョージはおばさんに聞いた通りに道を歩いて路地に入って行った。目的地である”スモーク”のバーは見つかったがドアに「CLOSED」の札がかかっている。確かにまだ日が高い時間だ、バーだから昼間はやっておらずに夕方か夜には開くのだろう。
その場で踵を返したジョージは夕刻まで外で魔獣と呼ばれる何かを倒すことにする。自分が入ってきた門と反対側にある門から外に出た。そこは草原だった。自分と同じ格好をしている男女が草原で剣や斧を振っている。見ると彼らが倒しているのはぷよぷよとしている姿をしたスライムや角があるウサギなどだ。倒しては胸の中を切り裂いて何かを取り出している。
ジョージはあまりゲームをするタイプの人間ではない。時間があると好きなバイクに乗って走り回る方がずっと好きだ。そんな彼でもゲームについて全く知識がないわけではない。彼らが倒しているのはゲームによく出てくる魔獣そのものだ。
ここはどんな世界なんだ?現実に存在する世界なのか?それとも神が作った架空の世界なのか。今すぐに結論が出るものじゃないとジョージはとりあえず自分も魔獣を倒すことに専念する。この世界が現実だろうが架空の世界だろうが金がないと生きてはいけないことに変わりはない。
街から離れると人が少なくなってきた。草むらでごそごとと動く気配がある。近づいていくとスライムがジャンプをして襲ってきた。それを横に動いて躱し、片手剣を振るとスライムが綺麗に2つに分かれた。地面に落ちたスライムから小指大のガラス玉の様なものを取り出す。これが魔石だろう。ベストのポケットに入れると次の魔獣を探して草原をうろうろする。
日が傾いてきた頃、ジョージは街の中に戻ってきた。ベストにある4つのポケットにはスライムや角ウサギの魔石が入っている。
この街は最初に入ってきた門が北門、外に出る門が南門、門は2つしかない。街は北門と南門を結ぶ大きな通り、これがメインストリートになっていてその通りから左右、東西に道が伸びている。南北にもメインストリート以外に数本の通りが走っている。
換金屋はメインストリートに面していた。扉を開けて中に入ると自分と同じ格好をしている男女がいて、列を作って並んでいる。仕切りのあるカウンターには5名の女性がいて魔石を渡すとその場で計算をしてお金を払うシステムの様だ。
並んでいる前の2人が小声で話をしているのが聞こえてきた。草原で知り合ったのか、それとも話好きの男達なのか。2人とも白人だ。
「ある程度金を貯めたらこの街を出ていこうぜ」
「ただ手ぶらって訳には行かないだろうから、テントとか野営道具を揃えないといけないが、ここでぐずぐずしている訳にはいかないだろう。金策しながら準備した方が良いよな」
「当然だ。ただゲートはずっと遠くにあるだろう。早く行ったほうが有利なのは間違いない」
「その通りだ。それにしてもずっと前からゲートを探している連中がいるってのはびっくりだぜ」
「俺たちだけだと思ってたよな」
前に並んでいるこの2人は一緒に活動をするみたいだ、確かにゲートを探すという目的であれば何人かで集団を組んだ方が有利と考えるだろう。ゲートは1人しか通れませんとは女神の代理は言っていない。
ただジョージは誰かと徒党を組む気はない。まずはこの世界について最低限の理解を得ること、そして迷い人や他の人たちから情報を集めるのが先だと思っている。
それよりも彼らの言葉がすんなりと理解できたことにジョージは驚く。日本語以外話すことができないが、当たり前の様に話している内容が頭の中に入ってきた。この世界に適応する能力を神の代理が与えてくれたのだろう。さっきの店のおばさんとの会話もそうだ。
少しずつ列が進み、ジョージが空いているカウンターの前に立った。
「魔石を出してくれますか?」
事務的な口調で女性が聞いてくる。カウンターの上に魔石を置くと、彼女はその場でまずは同じ種類の魔石に分け、それぞれの魔石の数を数える。
「スライムの魔石が10個、角うさぎの魔石が14個。どちらも1個銅貨1枚ですので銅貨24枚になります。全て銅貨にしますか?それとも銀貨2枚と銅貨4枚にしますか?」
そう言われて頭の中で素早く計算する。
最弱の魔獣の魔石は1個が銅貨1枚ということ。銅貨10枚で銀貨1枚になるということだ。
「銀貨2枚と銅貨4枚で」
「分かりました」
言った通りの貨幣がカウンターに置かれた。それをズボンのポケットに入れる。この世界の貨幣については理解したが、それが日本円でどれくらいに相当するのかは分からない。ついでに受付の女性にこの世界での通貨の種類と交換率を聞いた。迷い人には慣れているのか嫌がるそぶりもせずに丁寧に教えてくれる。
換金屋を出た彼は最初に串焼きをもらったおばさんの屋台に向かった。幸いにというか屋台はまだやっていた。向こうもジョージの事を覚えていた様で目が合うと外に出たのかい?と聞いてきた。
「ああ、言われた通り外で魔獣を倒してきたよ」
「迷い人は元からここに住んでる私たちよりも体力があるって言われている。簡単だったんじゃないのかい?」
「言われてみればそうだな」
自分だけ武器や防具、アイテムが他の連中とは違うが、それは言わずに相手の言葉に合わせる。
「ところでこの串焼きは何の肉なの?」
「鹿肉だよ。タレは秘伝のタレさ」
「確かにタレが美味しいよな、2本買うよ」
これ2本で夕食になるだろう。腹持ちがよさそうだ。何より美味い。2本で鉄貨8枚だと言われた。鉄貨はこの世界で一番安い貨幣で鉄貨5枚で銅貨1枚になるそうだ。
俺は銅貨2枚を出して釣りはいらないと言う。
「いいのかい?」
「さっき貰っただろう?半返しだよ」
「ありがとね」
「宿はどこにあるのかな?」
そう聞くと宿は数軒あり、どれも食事無しの素泊まりで銅貨で6枚から8枚程度だと教えてくれた。聞いている限りは今夜の宿代は問題なさそうだ。ついでにこの世界で流通している通貨についても教えてもらう。
2本の串焼きを食べると、教えて貰った宿に向かう。1軒目は満室だと断られたたが、2軒目で空き部屋があった。1泊銅貨8枚だという。どうやらこの宿がこの街で一番高い宿らしい。部屋に入ると一応トイレとシャワーがある。部屋の値段と内装を見ると日本だと4、5千円のホテルレベルだろう。
ジョージは部屋のベッドに座るとこの世界での貨幣価値を日本の貨幣価値に置き換えてみた。
白金貨(金貨x10)100万円
金貨 (銀貨X20)10万円
銀貨 (銅貨X10)5,000円
銅貨 (鉄貨x5)500円
鉄貨100円
おおよそこんなイメージになる。手持ちのお金は銀貨1枚と銅貨4枚。”スモーク”というバーでいくらかかるか分からないが酒一杯くらいなら飲めるだろう。




