第26話
次の日、朝から夕方までしっかりと南の草原でサイを相手に鍛錬と金策をしたジョージ。サイの攻略にも随分と慣れ、1体を倒す時間が最初の頃よりも短くなった。7時間で40体ほどのサイを倒し、その魔石を換金屋に持ち込むと金貨1枚、銀貨8枚、銅貨8枚になった。日本円に換算すると14万円ちょっとだ。1日の稼ぎとしては悪くない。
ホテルが1泊銀貨3枚だ。今日は稼いだ方だが普段でも1日に金貨1枚は稼いでいる。この調子ならホテル代を気にしなくても良いだろう。ホテルで食事を摂っても問題がない。
ホテルで夕食を摂ったジョージは部屋で少し休むとホテルから外に出た。リンに教えてもらった店の場所は昼間確認している。その店は飲み屋が数軒並んでいる先、路地の奥近くにあった。
扉の前に立つとノックを3回、少し間を置いて2回、そしてまた3回叩いた。少し待っているとガチャという音がして扉が内側に開かれた。目の前にワンピース姿の30前後の黒髪の女性が立っている。ショートカットヘアの美人だ。
「とりあえず入って」
中に入ると扉が閉まり施錠がされた。ジョージは手に持っているコースターを女性に渡した。それを一瞥した彼女。
「どこでもいいわよ」
そこで初めて女性の奥、店の中を見た。まっすぐに伸びたカウンターだけの店、椅子の数は7つとこぢんまりしている。カウンターの一番奥の部分の一部が上に跳ね上がるとそこから女性がカウンターの中に入って椅子に座ったジョージの正面に立った。
「”ミヤビ”にようこそ。昼間にリンから連絡があったのよ。ジョージという日本人が今夜か明日の夜にはここに来るってね」
「なるほど。俺はジョージ、日本人で25歳、今年の迷い人だよ」
「ジョージってどんな字を書くの?」
聞かれるままに字の説明をするとなるほどと頷く女性。
「私はミヤビ。この店の名前よ。5年前の迷い人で2年前に迷い人を辞めたの」
30前後ということか。最初見た印象通りだったなと思いながら頷いた。それにしても3年で迷い人を辞めたのか。ちょっと早すぎる気がする。何か事情がありそうだ。
「何を飲む?」
「ビールをもらおうかな」
「中は銅貨3枚、大なら銅貨5枚よ」
「大があるのなら大をもらおうか」
大きなグラスにビールを注いでもってきた、これなら銅貨5枚の価値はある。
ジョージがビールを飲む姿を見ていたミヤビ。彼がグラスをカウンターに置いたタイミングで話かけてくる。
「リンから何か聞いてる?」
「特には聞いていない。2年前に飲み屋を始めたくらいだ。あと、店の看板を出していないというのも聞いている。確かに看板はないな」
「不思議でしょ?」
「教えてくれるのかな?」
「リンが言ってたわ。ジョージは今までの迷い人とは何かが違うって」
ジョージの質問に答えずに話をしてくるミヤビ。
ここでもそう言われるジョージ。彼が黙っているとミヤビが言葉を続ける。
「彼女はもう長い間ここで飲み屋さんをやっている。それこそ何千人という迷い人を見てきた人。その彼女が言ってたの。今まで見たことがないタイプだって」
ミヤビの話を聞きながら大ジョッキを口に運ぶ。
「この世界に来てからずっとソロでやってるの?」
「そう。誰とも組まないと決めている」
「どうして?」
ジョージは今までこの問いに対して答えてきたのと同じ内容の話をミヤビにする。彼女は彼の話を黙って聞いていた。
「確かに国も文化も違う。表面だけ見てるだけじゃ分からないわよね」
「後ろから突然切りつけられるのはごめんだよ。ミヤビもそう思っているからこの店のことを大っぴらにしていないんじゃないのか?」
「その通り。お客様はお店を選ぶ。でも店がお客様を選んでも良いと思ってこの店を始めたのよ」
ミヤビによればここ西の街は東の街に比べると治安がマシだが、100%安全かと言われるとそうでもない。飲み屋をやりたかったが変な客の相手はしたくない。その両方を満たすのがこの業態なのだという。
「当然採算度外視よ。昼間は外で魔獣を倒して稼いでいるわ」
女が1人、それも若い女が1人でやっているということもあり、自己防衛の手段だという。男が何を目的で飲み屋に来ているのか、リンや他の数軒の店の親しいオーナーにチェックしてもらっているそうだ。
「歳を取ったら店の看板を出す予定よ。お客さんが私の身体に興味がなくなる年齢になったらね」
そう言って声を立てて笑った。
迷い人、元迷い人は武器を持っている。数名で店に乗り込んでドアを閉められたらそこは密室になる。彼女の営業スタイルはこの世界で生きていくための手段の1つなのだろう。
「リンからも聞いているが早い時期にゲートを探すことを諦めたんだな」
「ええ。一緒にチームを組んでいた女性が街の外でレイプされて殺されたのよ」
それ以上は言わないが想像が付いた。客にこだわるこのスタイルもそれなら分かる。
「申し訳ない」
「気にしないで」
短いやり取りの後、少しの沈黙があり、ミヤビがジョージを見て聞いてきた。
「ジョージはずっとソロで動くつもりなの?」
「今のところはそのつもりだ。気楽でいいしな」
そう答えた時、店のドアがノックされた。ジョージがしたのと同じパターンのノックの音が聞こえてくる。3回、2回、そしてまた3回。ちょっと待ってねと言ったミヤビがカウンターを潜るとドアの前に立った。そこでジョージは気がついたが、ドアには小さな覗き窓があった。彼女はそれを見てから店のドアを開けた。金髪の30代に見える男性が1人入ってきた。ウエスタンホテルのレストランで何度か見たことがある顔だ。男は店に入ると、座っているジョージを見てくる。
「ホテルのレストランで何度か会っているな。言葉を交わすのは初めてだが」
「ああ、俺もあんたを見た時に同じ事を思ったよ」
「俺はレイモンド。カリフォルニア出身の33歳だ。5年迷い人をやってる」
「俺はジョージ、日本人だ。今年来た25歳の新人だよ」
レイモンドはジョージの隣に座った。何も言わなくても彼の前にウイスキーのストレートグラスが置かれ、彼は銅貨5枚を置いた。
「2人とも同じホテルなのね」
「そうなるな。1年目でウエスタンホテルに泊まっている。ソロで稼いでいないと出来ない」
「あんたもいつも1人で飯を食っているな」
「ジョージと一緒さ。ソロで動いている。西の街にはいつ来たんだ?」
「2週間ちょっと前」
ミヤビは黙って2人のやり取りを聞いている。
「その前に他の街、東の街に行ってたのか?」
ジョージは首を振った。その仕草を見ていたレイモンド。
「今年の迷い人で早い奴は4ヶ月程前からこの街にやって来ていたぞ。えらくのんびりしているんだな」
「ソロだからな。自分が強くならないといけない。俺は台地の上の3つの街で時間をかけて、自分が納得するまで街の周辺の魔獣を倒しまくった。武器の技術や体力などを鍛えてから台地を降りてこの街にやって来たんだよ」
「なるほど。しっかりと考えて動いているという訳だ」
「これは俺のやり方だよ。正解かどうかなんて誰にも分からない」
今まで何十年もの間、多くの迷い人がこの世界でゲートを探し続けているが見つけられていないという事実から見ると、ゲートがそう簡単に分かる場所にある訳がないと考えている。
レイモンドが自分のことを話しだした。彼は台地から降りるとまずこの西の街に来てそこで周辺を探したのち、東の街に移動して、そこを拠点に2年近く洞窟や周辺を探し回ってまたこの街に戻ってきたそうだ。もう少ししたら南の街に行くつもりだという。
「東からまた西に戻ってきた理由はあるのかい?」
「最初西の街に来た時はほとんどゲートを探すことをしていなかった。新しい装備を買って周辺でサイや虎を倒して鍛錬をしていたのさ。台地の下は治安が悪いという話しだからな。まずは治安がマシだと聞いていたこの街でしっかり鍛錬をしてから東に行く計画を立てたなよ」
ジョージが考えている動き方と同じだ。ただ彼の場合は東の後はそのまま南を目指す予定だが。
「東の街はやっぱり治安が悪いのか」
「悪い」
レイモンドは短く、しかし断言する口調で行った。
「常にチームで動く分にはそれほど問題はない。ただ1人で動くとなるとそれなりの腕が必要だ」
西の街で十分に鍛錬をして準備をしたつもりだった。草原にいるサイも何とか1人で倒せる様になった。もう良いだろうとこの西の街から2ヶ月強の時間をかけて東の街に移動したレイモンド。
東に向かう前、知り合いから東の街では宿には金をかけろと言われていたこともあり、上クラスの宿を押さえた彼は街の探索とその東側にある洞窟の情報を得るために飲み屋で情報を集めようしてホテルから外に出ようとした。その時にたまたま同じ宿に泊まってたこれもソロで活動をしている迷い人7年目のスペイン人が玄関でレイモンドに声をかけてきた。
「どこへ行く。情報を集めようとして飲み屋に行くのならやめとけ」
「どういうことだ?」
ホテルの玄関で立ち止まったレイモンドは振り返ると声をかけてきた男を見る。30代半ばの精悍な顔つきの男だ。彼に言われてホテルの1階にあるソファに座ると斜め向かいに座った彼が言った。
「飲み屋がワル共の巣になっている場合がある。何も知らずにそんな店に行くとドアを閉められて店の中で見ぐるみ剥がされるぞ。下手したら殺される。死体は袋に詰めて翌日街の外の森の中に捨てられる。あとは魔獣が掃除してくるって訳だ」
まさか店ぐるみでやっているとは思っても見なかった。ゴメスというスペイン人がこの街について話をしてくれた。
「ソロで動くのなら気をつけろ。目をつけられやすい」




