第20話
1週間後、この街でやれることは全部やった、身体も仕上がったと感じたジョージはいよいよ台地の下に降りる事にする。次は台地の下に降りて経験を積む事だ。まだゲート探しは始まったばかり、ただ長期戦になるだろうとはジョージも分かっているからこそ初期の段階での基礎鍛錬が大事だと理解している。
夕刻に街に戻った彼は薬屋に顔を出した。店の中にはアルバイトの女性がいた。
「迷い人のジョージと言うんだけど、店長のトアンさんを呼んできてくれないかな。明日この街を出るので挨拶に来たと言ってくれればいい」
「分かりました」
そう言った彼女が店の奥に消えた。しばらくして彼女の後ろからトアンがやってきた。
「やあ、ジョージ。いよいよ出発かい?」
「ええ。明日出発することにしました」
「そうか。時間があるのなら店の奥に行こうか」
ジョージが頷くと、店をアルバイトに任せると店の奥にある作業場に彼を案内した。そこには大小の臼が並んでいる、彼の作業場だ。調合中の薬やその原料だろう。さまざまな草や根っこがところ狭しと置かれている。部屋には薬独特の匂いがしていた。
部屋の隅にテーブルと椅子があり、そこを勧められたジョージ。彼が座るとテーブルを挟んで向かい側にトアンが座った。
「ジョージにお願いがあるんだ。受けてもらえるとありがたい」
「俺にできることなら。何でしょうか?」
「台地の下に降りたら、まずどこの街に向かうつもりなのかな?」
頼み事を言うのかと思っていたら行き先を聞いてきた。
「西の街に行こうと思ってます」
「西を選んだ理由はあるのかな?」
ジョージは自分の考えを話した。黙って聞いていたトアン。
「いい選択だと思う。西の街で苦労するくらいなら東の街には行くことができないだろう」
「トアンさんは最近の台地の下の状況も知っているのですか?」
「ああ。知っている」
ジョージが黙っているとトアンがお願いの内容を言った。彼の依頼とは西の街にある薬屋に品物を届けて欲しいと言うものだった。
「西の街はこの街よりもずっと広い。街の中に薬屋が4軒ある。その中の1軒の薬屋に品物を届けて欲しいんだ。荷物になるが届けて貰えるとありがたい。中身は私が調合した薬の原料だよ。彼女に頼まれていたのでね」
そう言って小さな麻袋をテーブルの上に置いた。日本でよく見るレジ袋程度の大きさだ。麻袋と一緒に手紙も預かった
「彼女、女性ですか」
麻袋と手紙をリュックに入れてからジョージが聞いた。
「そう。薬屋の女主人でマーサという。歳は私よりも少し若い」
トアンはマーサなる女性に頼まれて調合したと言っている。つまり住民の間で街と街との連絡をとる手段があると言うことだ。
その話をするとトアンが頷いた。
「ある。ただし迷い人には教えないというルールがある」
「なるほど。でも理解できますよ。俺たちは迷い人だ。言わばよそ者だ。この世界に住んでいる皆さんの間で俺たちが知らないしきたりやルールがあって当然だ」
自分たちは所詮よそ者だ。元からこの世界に住んでいる人たちは迷い人が来る前から自分たちだけが使えるよその街との連絡手段を持っていたのだろう。そこでいろんな情報のやりとりがされているはずだ。
ジョージはその方法について聞くつもりもない。それよりも気になったことがあったのでトアンに聞いた。
「西の街の薬屋のマーサにこの袋と手紙は渡します。ただ、どうして俺なんですか?他にも大勢迷い人がいたでしょう?」
「彼女から依頼が来たタイミングもあるが。それ以上にジョージは私が今まで見てきた大勢の迷い人とは違ったからだよ」
この世界に来て何度か聞いたセリフだ。
ジョージが黙っているとトアンが言った。
「ジョージと同じタイミングで大勢の迷い人がこの街にやってきた。ほとんどの迷い人はソロではなくチームを組んで短時間でこの台地の上にある3つの街を通過しようとする。最初の街、あるいは2つ目の街でこの世界の情報を手に入れると一刻も早く街を出ようとする。本当の探索は台地を降りてからだと考えている。この街にいる時間が短ければ相手がどう言う人かを理解する時間がない。ジョージとは何度も話をした。その上でこの男なら信用できると私が判断をした」
彼が言う通りジョージは長期間この街に滞在している、しかもここ最近は2日に1度はこの薬屋に顔を出していた。信用されたのであればそれに応えるのは当然だ。それにこの依頼をすることで相手のマーサという女性から街や迷い人の情報を得られるかもしれない。自分にとってメリットはあってもデメリットはない。
「分かりました。間違いなく届けますので安心してください」
「頼むよ」
ジョージは移動中用にポーション等の薬品を買い込んだ。
「道中気をつけてな」
「ありがとうございます」
お礼を言って薬屋を後にした。
薬屋を出たジョージは屋台で串焼きを食べて腹を膨らませるとトムソンの酒場、”ケープ”に顔を出した。客はいないだろうなと思って店に入ると予想通りカウンター席には誰も座っていない。
ジョージはこの”ケープ”のあとに”ナゴミ”にも顔を出すつもりだが、どちらの店でも薬屋のトアンに頼まれた件は言うつもりはない。それが彼が自分を選んでくれた理由の1つであると思っているからだ。人物として信用ができると見込んで頼んできた仕事。おそらくこんなことを頼まれる迷い人はいないだろう。渡す相手もいる。他人にベラベラと話す内容ではない気がする。
木彫りの女神像はミーシャが俺にくれたものだ。何かの助けになるかもしれないとは思うが確定している訳じゃない。それをどう使うのかは自分の判断に委ねられる。彼は相談した方が良いだろうと判断したので2番目の街とこの街での行きつけの飲み屋のオーナーに話をした。彼らも神の代理の声を聞いていることもあり同じ立場という理解だ。
薬の原料を運ぶ件と木彫りの女神像の件、この2つの事案は全く異なっている。そう言う認識だ。
「そうか、いよいよ出発か」
店に入って明日出発するというと、トムソンはそう言ってビールをカウンターに置いた。
「仕上がったと感じたのでね」
「ジョージなら下の3つの街でも問題なく過ごせるだろう。ただあのエリアも通過点だぞ」
「分かってる。情報を集めながら下で鍛錬を続けるよ」
台地の下に降りると雰囲気が変わり、これからが本番だと皆が言っている。ただそれもあくまでスタートだ。南の街からさらに南に進んだところが本当に探すべきエリアになるだろう。大勢の迷い人が今まで何十年も探して見つかっていない台地のすぐ下のエリア。そこにゲートがある可能性は低い。ジョージはそう見ている。
西、東、そして南と台地の下の3つの街には顔を出して情報は取るが、そこにずっと腰を落ち着けるつもりはない。この3つの街があるエリアは、南の街の先にあるエリアに向かうための準備をする場所だと考えている。
ゲートと呼ばれているものがどこにあるのか。闇雲に動いても時間をロスするだけだ。かと言って街があるのに顔を出さないと情報が取れない。ひょっとしたらいろんな街の情報を整理することでそれがヒントになる可能性もある。いずれにしても他の迷い人達と同じ動きをしていては見つからないだろう。
「気をつけてな」
「ありがとう」
”ケープ”を出たジョージは最後に”ナゴミ”に顔を出した。ここも誰も客がいなくてカウンターの中でアヤネが手持ち無沙汰で立っていた。
ジョージはカウンターに座って銅貨を置くとビールが出てきた。
「明日この街を出て台地の下に行くことにした」
「いよいよね」
「ここでしっかり鍛錬したから大丈夫だろう。ここで躓く様では先が思いやられる」
「ジョージなら滅多なことにはならないでしょう。でも気をつけてね。卑怯な手を使ってくる人もいるから」
「この街でいろんな人と話をして俺も腹を括ったよ」
ジョージの決心した目を見ていたアヤネ。
「そこまで言うのならもう何も言わない。吉報を待ってるわよ」
「ありがとう。西や東の街にも元迷い人がやっている飲み屋かレストランはあるんだろう?」
ビールを飲んだグラスをカウンターに置いたジョージが言った。
「もちろん。数も多い。でも台地の下にある街で元迷い人がやっているバーやレストランの全てが100%信用できるとは限らない。同業者の事を悪く言いたくはないんだけどね」
そう言ったアヤネ。台地の下から先のエリアは迷い人が多いこともあり、西の街、東の街で元迷い人がやっている飲み屋やレストランがそれぞれ10軒以上ある。まともな店が多いが、中にはそうでない店もあり、また客筋も店によって異なる。
「具体的な店の名前を言うのは止めておくわ。数年前の情報だしね。でもやばい店があるのは事実。あとは自分で現地でその目で確認して」
「そうするよ」
悪落ちした元迷い人の溜まり場的な飲み屋かレストランがあると言う事はジョージも予想していた。そこでカモの情報交換をしているのだろう。それ以外に一見普通にやっている店でも裏でそいつらと繋がっていて情報を流して金を受け取っている可能性もある。
台地の下は今まで自分が生きてきた世界の常識が通用しない。
腹を括るしか自分が生き延びる道はなさそうだ。
ジョージがグラスを飲み干すとアヤネが彼を見つめてきた。
「明日出発でしょ?今晩は私に付き合ってくれる?」
「いいのかい?」
「女だもの、そんな日もあるのよ」
「分かった」




