第18話
翌日、外での鍛錬を終えたジョージ。ポーションを補充しようと薬屋に顔を出すとそこにはいつものアルバイトの女性店員ではなく男性が店の中にいて薬品を並べていた。
「こんにちは」
ジョージが声をかけると男性が顔を上げた。顔を見ると年齢は50代後半くらいか。おそらくこの人が薬屋の主人だろう。
「迷い人さんか」
店に入ってきたジョージの格好を見て言った。
「ええ。いつもここで薬品を買わせてもらっています。ジョージと言います」
「ほう、自分からきちんと名前を言った迷い人は久しぶりだな。私はトアン。もう長い間ここで薬屋をやってるよ」
トアンという店主は銀髪でがっしりとした体型をしている。元迷い人と言っても通用するくらいの容姿だ。
「お会いするのは初めてですね」
「普段は奥で薬の調合をしてるからな。今日はアルバイトが休みなので私が店に出ているんだよ」
「なるほど」
見せてもらいますとジョージが店に並んでいるポーションや傷薬を見ているとトアンが背後から声をかけてきた。
「多くの迷い人は次の街を目指してこの街を出て行っているがジョージは行かないのかね?」
「しっかりと準備をしてから台地を降りようと思ってます。もうしばらくはこの街の周辺で鍛錬を続けるつもりです。慌てても準備不足であればこの先で苦労するのは目に見えていますからね」
振り返ってそう答える。トアンは黙ってジョージの言葉を聞いているが表情がほとんど変わらないので何を考えているのか、ジョージには読み取れない。
「まだしばらくこの街にいる予定であれば、たくさん薬品を買ってくれるかな。そうしたら私も潤う」
そう言って笑った。笑うと人懐っこい親父さんという感じだ。
「1人で動いているのかい?」
「迷い人としてこの世界に来てからずっとソロ、一人で動いています。誰とも組んだ事はありませんね」
「どうしてだ?複数人と組んだ方が討伐は楽だし、移動も安全だろう?」
この人は知っていて聞いてきているのか、それとも本当に迷い人の行動を知らないのかが分からないが、ジョージは素直に自分の思いを口にする。
「周りは同じ格好をしているけど知らない人ばかりです。相手が信用に耐え得る人物かどうかが分からない。ひょっとしたら後ろから切りつけられるかも知れない。そんなことを考えながらゲートを探すくらいなら一人の方がずっとマシだと思ったんですよ」
彼の話を黙って聞いているトアン。
「ジョージと言ったか。聞いているかもしれんが、この台地から降りると治安が悪くなる」
「ええ、聞いています」
ジョージが言うと大きく頷いてから言った。
「しっかりと準備した方がいい。それが長生きの秘訣だよ」
トアンの言葉に大きく頷いた。ジョージはポーションをいくつか買うとお礼を言って店を出た。今日初めて薬屋の主人と会った。いきなり突っ込んだ話はしない方が良いだろう。相手もこちらを探っている感じだった。ジョージはまだしばらくこの街で鍛錬を続けるつもりだ、また会う機会もあるだろう。
ジョージは夕食を終えると”ケープ”に顔を出した。多くの迷い人がこの街を出ていったこともあり店の中には他に客がいない。
「いらっしゃい」
ドアを開けるとカウンターの中からマスターのトムソンが声をかけてくる。
「街の中にも迷い人の姿が少なくなったよ」
そう言って椅子に座ると、カウンターに銅貨を1枚置いた。すぐに目の前にビールが入ったグラスが置かれる。
「ジョージもそろそろじゃないのか?」
「あと1、2週間くらいで出ていくつもりだよ」
「いよいよゲート探しの本番だな」
「そうなるね」
「下に降りたらソロは本当に厳しいぞ」
トムソンの言葉に分かっていると言って頷くと彼がどうしてソロにこだわっているんだと聞いてきた。ジョージは”ナゴミ”のアヤネに話をした様にソロにこだわっている理由を彼に言った。背中を預けるほど相手を信用できないと言う話だ。
黙って聞いていたトムソン。
「ジョージの言う通りだ。ただ、それでもソロだと限界があるぞ」
「知っている。でも俺は他の迷い人とはちょっと違うんだ」
「違う?」
どう言うことだという表情になった。ジョージは最初の空間、洞窟で女神と会ったところから人とは違う装備を持っているという話をする。聞いているトムソンが途中から目を見開いている。
「ジョージのその装備の事は誰が知っている?」
普段は落ち着いた口調のトムソンだが今は興奮して早口になっていた。カウンター越しに身を乗り出して聞いてきた。
「この街ではアヤネだけだ。彼女に言ったらトムソンは信頼できるから言った方がアドバイスをもらえるかも知れないと言っていた。あとはスモーキー、ジャスミン、そしてゲイリーだ」
「元迷い人で飲み屋をやっている連中だけか」
「その通り」
「なるほど、そうか」
そう言ってから考える仕草をするトムソン。ジョージが黙っているとしばらくしてようやく彼が口を開いた。いつもの口調で話をする。
「ソロで街の外の森の中で虎を相手にしていると言ったな。今何体を同時に相手にしているんだ?」
「3体。3体までなら避けながら攻撃して倒せる様になった」
ジョージが言うとまた驚いた表情になった。
「2番目の街からこの街にやってきた迷い人はソロで虎を相手にすると死闘になる。なので大抵チームを組んで1体の虎を倒している。これは毎年変わらない。ソロで3体を相手にして倒しているのは俺が知っている限りジョージが初めてだ」
話をしながらトムソンは目の前の男を見ていた。装備だけじゃない。相当鍛錬を積んでいる。ゆっくりしているのは鍛錬に時間をかけているのだ。大した奴だ。こいつなひょっとしたら…。
トムソンが考え込む仕草をしているのを見ていたジョージ。
「俺のこの装備はどこの街で手に入るレベルなんだい?」
「俺が攻略を諦めた砂漠に面した街だ」
ジョージの質問に即答する。スモーキーが言っていたのと同じだ。彼も俺の装備を見て砂漠に面している街で手に入る装備だと言っていた。スモーキーの話の裏が取れた。
「その装備なら台地を降りて東、西、南があるエリアに徘徊している魔獣もソロで倒せるだろう。そして」
トムソンはそこで言葉を切った。
「そして?」
「元迷い人が2、3人襲ってきても十分に対処できる」
ジョージの目を見ながらはっきりと言った。その視線を受け止めながら頷く。
「いいか。情けは禁物だ。お前に向けて剣に手をかけたら殺すぞというサインだ。生き延びたかったら躊躇うな」
トムソンによると台地の下にある東、西、そして南に巣食っている元迷い人の悪人達は南の街から先に行く事ができないのでそのエリアにいる。つまりこの3つの街のエリアで買える武器、防具しか持っていない。今のジョージの装備の方がずっと優秀だということだ。
「だからと言って油断は禁物だ、そして情けも不要だ。ほとんどの日本人は殺人が日常の世界で生きていない。俺の出身の南アでは殺人は日常の出来事だった。殺しに対するハードルが低い。そんな奴らから見ると日本人は格好のカモになる。気を付けろ」
話せばわかる、まず話し合いましょう。なんて甘ちゃんなことを考えてたり、言ったりしている間にやられるということだ。
「ジョージ」
「はい?」
「ソロで台地の下に行くのなら腹を括れ。腹が括れないのなら行くな」
「分かった」
トムソンの言っていることは頭では十分に理解できる。彼も言っているが問題は自分自身が腹を括れるかどうかだ。
「過去ソロで動いていた迷い人は腹を括ってたということだよな」
「そうだ。俺もそうだった。元迷い人の連中が襲ってきたよ。それを返り討ちにしていると噂が立つ。トムソンってのは強い迷い人だってな。その噂が広まると、それからは誰も襲ってこなくなった。わざわざ強い奴を襲わなくてもそこら中にカモがいるからな」
「自分の力を見せつけるのか」
ジョージが言うとその通りだと言う。そして力を見せつけるには襲ってきた連中を返り討ちにするのが最も効果的だとも言った。
「もう一つ教えてやろう。台地の下にある3つの街からさらに南に行くとまた街がある。南に行けば行くほど盗賊の数が減るぞ」
「どうして?」
この台地から先はずっと同じ状況が続くのじゃないのか。24時間常に緊張していなければならない。ゲートを探すというミッションに集中できないかもしれない。彼はそう思い込んでいた。
「南の方に行けば行くほど強い迷い人が多くなるからだよ。襲って返り討ちに合う可能性が高くなる。そんなエリアでは盗賊や殺人は少なくなる。それにまず、そこまで行ける実力がある奴らは悪堕ちしない。日々あちこちを移動してゲートを探している。この世界に来て年月が経っているので戦闘能力もあり、装備も強化している」
「今のトムソンの話だと台地を降りた先の3つの街が一番治安が悪いエリアだってことになる」
「その通り。あそこはこの世界に来て日の浅い連中が多いエリアだ。特に東の街と西の街はそうだ。そこに何年も住んでる奴らから見たらそいつらなんてひよっこだ。もちろん先のエリアで盗賊や殺人がゼロというわけじゃない。ただ先のエリアにいる悪人は長生きできない。ゲートを探すことに命をかけている連中がまとまってそいつらを排除するのさ」
強い魔獣が生息してるエリアや厳しい自然環境の中でゲートを探し続けている強者達。そんな彼らから見たら自分たちの本業を邪魔する奴らを排除するということか。
この台地の下にある3つのエリア。特に東と西エリア。ここがソロで活動しようとしている自分にとってもっとも注意するエリアになりそうだ。




