第17話
3つ目の街の外で虎3体を相手にし、攻撃を避けながら倒す訓練を1週間続けると、ダメージを喰らうことがなく3体を倒せる様になった。体の使い方、そして虎の攻撃を予測する力、剣の振り方、全てが以前よりもよくなってきたと実感する。
日本人であるジョージは殺人とは縁遠い世界で生きてきた。ただこの世界では時と場合によっては同じ迷い人に剣を向ける場面が出てくるだろう。その時に果たして自分は人間を切れるのか。殺らなければ殺られる。頭では分かっていても身体が動くのか。
今考えても結論がでない。それよりも今やれることをやろう。この鍛錬がいずれ自分の身を守ることになると信じて。
3つ目の街にいる迷い人の数も減ってきた。多くの迷い人が台地を降りてそれぞれの目的の街に向かって移動していく。
「たいていはチームを組んで移動するわ。ジョージがこの店に初めて来た時にいた日本人の2人組の女性も5日ほど前にチームを組んで降りて行ったわよ」
遅めの時間に顔を出したこともあるのか、”ナゴミ”の中にいる客はジョージだけだ。
「俺はこの街に来たのも遅かったからな。それにまだ鍛錬は終わってない」
そう言ったジョージがカウンターに銅貨を1枚置いた。アヤネがグラスにビールを継ぎ足しながらどんな鍛錬をしているのかと聞いてきた。
「自分を守る鍛錬だよ」
「守る?」
ビールを注いでいる手が止まり、ジョージをじっと見る。
「そう。万が一の時を想定して郊外で虎の魔獣の攻撃を避ける鍛錬をしている」
「避ける鍛錬って具体的にどう言う事をしているの?」
再びグラスにビールを注ぎながら聞いてくる。
「虎を相手にして避ける鍛錬だよ。4回連続で避けてから1回攻撃するんだ。最初の頃は2回避けて1回攻撃、それから3回避けて1回、今は4回避けて1回攻撃している」
話を聞いたアヤネはびっくりする。虎の魔獣はこの辺りではもっとも強く、そして最も動きが速い魔獣だ。アヤネも客が少ない時期は街の外で魔獣を狩るが、一人ということもあり大抵はトカゲを相手にする。彼女の実力ではトカゲは問題のない相手だ。それでも十分に金策になる。
自分に置き換えてもソロで虎を相手にするとなると1体がせいぜいだろう。倒せないことはないだろうが簡単じゃない。もちろん避けるなんてことは考えられない。最初から全力で剣を振るわないと勝てない相手だ。その虎に先手を譲り、避けながら攻撃しているというジョージ。
普通ならあり得ない。彼は元々の身体能力が桁違いに高いのだろう。この3つの街で手にいれることができる装備は初期装備だ。それで虎の攻撃を避けることはまず不可能。装備ではなく、目の前の男の身体能力が優れていないと無理だ。
「アヤネも俺も日本人だ。俺たち日本人に取っては殺人は日常ではない。そんな俺がこの世界に飛ばされて、先のエリアに進むと迷い人が自分を襲ってくるぞと忠告を受けた。やり返さないと自分がやられるぞ、とな。そう聞いても実際その場に遭遇した時に俺は同じ迷い人、人間を殺せるのだろうかと考えたんだよ。言い方は悪いが前の世界でも治安が悪い国や街はあった。戦争状態のエリアもあった。そんな殺人が日常にあった場所からこの世界にやってきた迷い人は殺人に対する忌避感も俺たちよりもずっと少ないだろう。そんな奴らと剣を交えることができるのか?」
そこまで一気にしゃべると目の前のビールの入っているグラスを口に運んでぐいっと飲んだ。空になったグラスにビールを注ぐアヤネ。
「これはサービスよ」
「ありがとう。それで話の続きになるけど、同じ人間に剣を向けることができるのか、今は正直できると言いきれない。だからと言って一方的にやられるのも嫌だ。ギリギリになて自分がやられる、と思ったら俺も剣を振るだろう。でも俺から先に剣は振りたくないんだ。だからまずは避ける。そのための鍛錬だよ」
ジョージの話を聞いていたアヤネ。彼女は自分のグラスに酒を注ぐと彼を見る。
「こちらの世界に来る前は何か武道をやってたの?普通なら街の外にいる虎なんて避ける事が難しい相手。私はソロでやっている迷い人を何人か知っているけど、彼らはポーションをがぶ飲みしながら死闘をして倒しているわ。なので大抵はチームを組んで強い虎の相手をしている。もちろんポーションを飲みながらよ」
ジョージはしばらく黙っていたが徐に口を開いた。
「実は、」
そう言って2つ目の街でゲイリーとジャスミンに話をしたのと同じ内容の話、洞窟での話をを彼女にする。黙って聞いているアヤネだが何度も目を見開いていた。
「今の話、誰が知っているの?」
ジョージが話終わると聞いてきた。
「この街ではアヤネだけだ、今初めて話をした。最初の街では1人、2つ目の街では2人に話をしたよ。皆元迷い人で今は飲み屋をやっている人たちだよ」
「スモーキーとゲイリー、そしてジャスミンね」
この3人は有名というか、新しい迷い人が来るとそれまでの2つの街の話をするのでアヤネも名前だけは知っている。
「トムソンには言ってないの?」
「まだだね」
ジョージがそう言うとアヤネが考える表情になった。
「彼は信用できる。お客がいない時に話をしてみたら?彼なら装備を見たらアドバイスをしてくれるかもしれないわよ」
「なるほど」
トムソンが行った最南端の街で手に入る装備を俺が持っていると知ることで別の情報を教えてくれるかもしれない。
「それだけ装備が良ければ動きが素早い虎を避けながら攻撃することもできるのね」
実際は3体を相手にしているが、アヤネにも全てを明らかにはしていない。それでも彼女は普通ソロじゃ簡単に倒せない魔獣だと言っている。
あまり自分が強いということを言わない方がいいだろうと思っていたがその通りだ。そもそも戦闘能力の前に自分のことを言わない方がいい。相手に余計な関心を与えない方が良い。目的はあくまでゲート探しだ。
「だから俺は誰とも組むつもりはないんだ。少なくとも今の装備が手に入る街、それがどこかは分からないけど、その街に行くまではソロで動く」
「ジョージがソロに拘っている理由が分かったわ。それが正解だと私も思う」
アヤネはカウンターに座っている若い男を見ながら感心すると同時に驚いていた。あの空間に飛ばされ、その直後に脳内に聞こえてきた神の代理の言葉に疑問を持つ人なんてまずいない。ゲートを見つけてそこを潜れば生まれ変わった自分は長寿で、成功者となる能力を得る。そう聞けば、人よりも早く動こうと思うのが普通の人の考え方だ。もちろん自分もそうだった。
あの時の話では、選ばれたのは自分たち2,000名だと思っていた。この世界に来て初めて自分と同じ境遇の者が毎年2,000名程選ばれ、その中の半分以上の人間がこの世界で自分と同じ様にゲートを探していると知った。しかもそれがもう何十年とそれが続いており、ゲートはまだ見つかっていない。この世界に来てその事実を知ると多くの者が驚愕する。
そこで俺が、私が見つけてやろうと意気込んで動き始めるとこの世界がとてつもなく広大であり、しかも強い魔獣があちらこちらに生息しており自分たち迷い人に襲いかかってくることを知る。世界は広く、そして安全ではない。そんな中でゲートを探してあちこちを駆け回る迷い人達。動き初めて数年が過ぎると当初の意気込みがだんだんと薄れてきて、ゲートは本当にあるのか、実はないんじゃないか。あそこのエリアは行かなかったが実はそこにあるんじゃないか。周りは自分よりももっと詳しい情報を持っているんじゃないか。と悩み始める。
さらに数年が経つと一体自分は何をやっているんだろうという気持ちになってくる。多くの迷い人が40歳までリタイアし、残りの人生をこの世界で過ごしながら老いていく。ただ目の前に座っている日本人は今までとは違う。彼ならやり遂げるかもしれない。
「トムソンにも話をしてみるよ」
ジョージはそう言うと椅子から立ち上がった。彼の言葉に頷くアヤネ。
「まだ街を出ていかないんでしょ?」
「まだ鍛錬は終わってないからね」
「引き続きこのお店にも顔を出してね」
「もちろん」




