第13話
ジョージは一旦宿に戻ると魔法袋の中に薬品を入れた。女神像もその中に入れた。荷造りが終わると屋台で串焼きを食べ、その足で”ローズ”に顔を出した。予想通り客はいない。迷い人がほとんどいないから早い時間でも大丈夫だろうと思っていたらその通りだった。
「明日出発か?」
カウンターにビールを置いたゲイリーが聞いてきた。そうだと銅貨を1枚置いたら今日は奢りだという。ビールを飲んだジョージが言った。
「ちょっと見てもらいたいものがあるんだ。できればジャスミンにも」
それでピンときたのだろう。
「彼女の店も多分暇だろう。行くか」
彼は店を閉店にすると、2人でジャスミンの店に顔を出す。予想通りここにも客がいなかった。
「どうしたの?」
「ジョージが俺たちに話があるそうだ」
「わかった。ちょっと待って」
そう言うと店を閉店にした。2人がジョージに顔を向けてくる。
「明日出発なのでミーシャの店で薬品を買ったんだよ」
薬屋での話をし、それが終わると彼女からこれを貰ったと、魔法袋から木彫りの像を取り出してカウンターに置いた。2人の視線がその木彫りの像に注がれる。
「よく出来ているわね」
「非常に精緻に作られている」
木彫りを見て感心した声を出している2人。
「この女神の顔、俺が最初の洞窟で話をした神の代理と言っていた女性と瓜二つなんだよ」
「えっ?」「どう言うことだ?」
2人が驚きの声を同時に出した。そう言って再び木彫り像を見る。
「間違いない。俺は洞窟の奥の小部屋の中で彼女と会っている。その時の姿、顔、髪型までそっくりなんだよ」
「何かの啓示か、暗示か」
「分からない。けどこれは持っていた方が良い気がする。もちろん誰にも言う気はないけど2人には見てもらった方が良いかと思って」
しばらく黙っていた3人だがゲイリーが口を開いた。
「神の代理と言っていたが、実は神そのものだったのか」
「そう言うことになるのかな。女神様よ」
ゲイリーが言ったがジョージもそう考えていた。神の代理と言っていたがこうして木彫り像を見ると彼女が神そのものだったとしか考えられない。
「最初の街でスモーキーが言っていたんだ」
ジョージが言うと2人がじっと見つめてくる。
「彼は言ったんだ。今になって考えるとゲートを探すヒントがあったんじゃないかって。彼がこの世界を動き回っていた時のことを思い出すと、あの時の住民の一言やあの場所に建っていた建物。それらはゲートを探すヒントだったかも知れないと言っていた」
「つまり、この女神像もゲートを探すヒントになるんじゃないか。ジョージはそう考えているんだな」
「その通り。具体的にどうなるのかは分からない。でも肌身離さず持っていることでどこかでこの女神像が役に立つ時が来るんじゃないかと思ってる」
「私はジョージのその読みが当たっていると思う。スモーキーが言っているのも正解。無闇矢鱈に探すんじゃなくてヒントを見つけて進んでいくことでゲートが見つかるんじゃないかしら」
「ミーシャは祖父が拾ったと言っているんだよな。この世界に迷い人が来始めたタイミングに合わせて女神が用意したのかもな。そしてそれから今まで誰もミーシャのあの薬屋からこの像を手にいれる事ができなかった」
「ジョージが他の迷い人と違う。その印象は正しかったということになるわね。そしてミーシャもそれに気がついた」
ゲイリーがその通りだと言う。ジャスミンが女神像の前で祈りを捧げた。祈り終えると2人を見た。
「お酒飲もうか。ジョージの送別会よ。今日は”ケット・シー”の奢りよ」
ジャスミンが3つのグラスに酒を注いでグラスを合わせる。
「ヒントか…」
グラスを置いたゲイリーが呟いた。
「今、酒を飲みながら俺もそう言うヒントめいたものがあったのかどうか、今思い出そうとしているんだが思い出せない」
「それが普通じゃない?私は早々に諦めたからヒントなんてのは全く気がついてないけどね」
ゲイリー、そしてジャスミンもジョージが今までの迷い人とは違うと思った感覚が正しかったのだと思いながら酒を飲んでいる。
もっと言えば最初の街のスモーキーや屋台のおばさん、そして薬屋のミーシャ。彼らも皆ジョージが今までとは違う迷い人だと感じていた事になる。
「当たり前の話だが、その女神像も人には見せるんじゃないぞ」
「それは分かっている。次の街の”ケープ”のトムソンについてはもちろん情報を取るために店には顔を出すつもりだよ。でも俺自信がトムソンを信用できると確信するまで見せない、もちろん装備の話もしない。それでいいかな?」
「もちろん。というかそれが正解よ。私たちの印象は数年前のもの。ジョージが自分で判断すればいいわ」
「ジャスミンの言う通りだ。お前が会って、話をして決めろ」
この慎重さがある限りジョージは大丈夫だろうとゲイリーとジャスミンは声には出さないがそう思っていた。人が何と言おうと最後は自分が判断する。これから先のエリアではそれが非常に大事になるということをこの2人は知っていた。
3人が飲んでいるカウンターには女神像が置かれている。飲みながら時折視線を送るが本当によくできている。
「街の外で拾った、いや拾わせたと言った方が正しいかな」
「そうよね。女神の意思が働いていると思うわ。40年以上この像を受け取る資格のある迷い人が来るのを待っていたのかしら」
「そうかも知れない。そしてついにジョージがその資格がある迷い人としてこの世界に現れた」
「いや、そんな大層な話じゃないだろう?」
ジョージは偶然が重なっただけだと思っているが、2人に言わせるとそうじゃないという。
「先日も言ったが、次の街の南の端から南に広がっている景色を見たら分かる。普通なら絶望感が湧いてくるぞ。そんな時に心の拠り所があると無いとでは大違いだ。お前は広大なエリアを歩く道標を得たのかもしれない」
道標。この女神像が本当に道標になるのかどうかはまだ分からない。ずっと黙っているだけかもしれない。あるいは道標にはならないが危険を察知してくれるかもしれない。無神論者のジョージだが、2人が言う様にこの女神像は何かの役割を担っている気がする。でないと神の代理と全く同じ顔の像にならない。
ジャスミンの店で酒を飲んでいると夜が更けてきた。3人ともちびちびと酒を飲んでいるので酔うほどじゃない。
「明日は何時に出るんだ?」
「起きた時間によるけど、どうせ何日も野営になるから朝早く出なくても良いかなと思ってる。屋台でパンを買ってから行こうかなって考えているんだ」
「今のジョージなら移動は全く問題ないだろう。そう言う意味では何時に出ても一緒だな」
「宿に荷物は置いているの?」
「いや、何も無い。全てここにある」
「魔法袋か。本当に便利だ」
しばらくするとゲイリーが立ち上がった。それに合わせてジョージも椅子から立ち上がった。
「そろそろ帰るか。ローズが待ってる」
「奥さんも元迷い人なのかい?」
ジョージが聞くとそうだと言った。
「ジョージはまだ大丈夫でしょ?」
ジャスミンが聞いてきた。
「ああ、俺は宿に戻って寝るだけだから」
「ジョージ、俺は先に帰るけどお前はもう少しジャスミンに付き合ってやれ」
「分かった」
最後にジョージとしっかり握手をする。
「無理、無茶をせずに頑張れ」
「ありがとう。あんたもな」
ジョージがそう言うとまたな。と言ってゲイリーが店の扉を開けて外に出た。ジョージが閉まった扉から店の中に顔を戻すと、ジャスミンが3つのグラスを片付けているところだった。
「この店の裏が私の家なの。今夜は私に付き合ってくれる?」
「喜んで」
店を片付けたローズが店の鍵を閉めると店の奥に続くドアを開けた。ジョージは彼女の後をついていった。
翌朝、ジョージが目を覚ますと彼の腕枕でジャスミンが寝ていた。しばらくそのままでいるともぞもぞと身体を動かした彼女が目を覚まし、隣のジョージに抱きついてきた。
「もう少しこのままでいい?」
「俺は構わないよ」
「日本人とするのは初めてだったの。凄くよかったわ」
「ありがとう。俺もフランス人は初めてだ。感激したよ」
しばらくまどろんでいた2人はベッドから起き上がると、ジャスミンが作った朝食を2人で食べる。
「貴方ならゲートを見つける事が出来るでしょう。その後でこの世界がどうなるのかを見るのが私たちの役目になりそう」
「頑張るよ。でも何年先になるか分からないけどね」
食事が済み、片付けが終わると最後にもう一度女神像に祈りを捧げたいというジャスミンの希望を聞いて、ジョージは魔法袋の中から木彫りの像を出してテーブルの上に置いた。その前で跪いて長い祈りを捧げるジャスミン。
祈りが終わると立ち上がってジョージにキスをする。
「気をつけてね」
「ありがとう。ジャスミンもな」
最後の挨拶を交わすと女神像を魔法袋に入れたジョージはジャスミンの家を後にした。宿に寄って鍵を返すと公園の屋台で新鮮なパンを買った彼は、次の街を目指して南門から外に出ていった。




