第2話 魔導検疫所と開拓村ビザ
境界ターミナル Central-0の朝は、相変わらず殺伐とした空気とともに明ける。
いや、時間概念のないアストラル空間に浮かぶこの巨大ハブにおいて、「朝」とは単に第一交代制の職員たちが眠い目をこすりながらシフトに入る時刻を指すに過ぎない。
「セイジ先輩! 大変です! 手荷物検査場の第4ゲートで、転生希望者が魔導探知機に引っかかって暴れてます!」
第2審査課の窓口。
デスクの上の『次元出入国管理法規集』に顔を埋めていたセイジ・イマミヤは、甲高い叫び声とともに跳び込んできた少女の声で重い瞼を持ち上げた。
ショートカットの髪を揺らし、胸元に『審査官補』の光るバッジをつけた新人――ジャムリンである。
息を弾ませる彼女の制服の袖口には、真新しいスタンプのインクが痛々しく滲んでいた。
「朝の一投目からトラブルか、ジャムリン……。手荷物検査なら検疫官の仕事だろ」
「それが、持ち込もうとしてるブツがマニアックすぎて検疫官の手におえないらしくて……! 『俺のソウル・アームズを奪う気か!』って、窓口のガラスを叩いてるんです!」
セイジは深く、深ーく溜息をついた。
ポケットから赤いペンと次元胃痛薬を取り出し、胃薬を口に放り込んで冷めたコーヒーで流し込む。
「はぁ……。行くぞ、新人。手荷物検査の不服申し立て対応も、我々審査官の立派な業務だ」
◇◇◇
第4手荷物検査場は、まるで大騒動の渦中だった。
「離せ! これは俺の魂の相棒だぞ! 異世界に行くならアサルトライフルと対戦車ロケットランチャーは男のロマンだろうが!」
大型の魔導スキャナーの前で、青いジャージを着た二十代前半の男が、厳重な封印符が貼られた金属ケースを抱え込んで叫んでいた。
死因はおそらく、深夜のコンビニ帰りの心臓麻痺か何かだろう。顔色は青白く、目つきだけが異様にハイになっている。
その向こう側で、白衣を羽織った小柄な男が、丸眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせながら薄笑いを浮かべていた。
「ひゃはは! 面白い、実に面白い! 現代文明の『火薬式個人携帯兵器』に、転生時の過剰な概念エンチャントを焼き付けてあるねぇ! これをそのまま低魔力域の『第1セクター』に持ち込んだらどうなると思う? 物理法則の歪みで周辺三キロがクレーターになるよ!」
魔導検疫所のマッドな主任研究員キリンドである。
白衣のポケットから覗く様々な精密工具と、耳の後ろに挟まれた魔法ルーンの計測器。
彼はミリタリーマニアの男が抱えるケースを、まるで解剖前の実験動物を見るようなねっとりとした視線で見つめていた。
「キリンド主任。朝から物騒な解析実験を始めないでください」
セイジが制服のネクタイを緩めながら人込みを割って入ると、キリンドは不満そうに口を尖らせた。
「なんだいセイジ君、野暮な審査官のお出ましだ。ボクはね、この違法概念エンチャントされた『現代兵器バグ』の構造を詳しく解体調査したいだけなんだよ」
「分析は押収手続きが終わってからです」
セイジはミリタリーマニアの男、名前は『佐藤健治』と魔導スキャナーのホログラムに表示されている当事者の前に立った。
「佐藤さんですね。当管理局の第8条『生態系および物理法則に重篤な影響を及ぼす概念兵器の持ち込み禁止規定』に基づき、その金属ケース内の物品はすべて没収対象となります」
「なっ……! 没収だって!? ふざけるな! 神様は『好きなものを一つ持って行っていい』って言ったんだぞ!」
「また神様のテキトーな口約束か……」
セイジが眉間を揉んでいると、背後から静かで、しかし氷を砕くような硬質な足音が響いた。
「——その『神様』の特定は既に完了しています」
人混みが割れ、黒い三つ揃いのスーツを完璧に着こなした男が姿を現した。
白銀の髪、メガネの奥の冷徹なアイスブルーの瞳。神界監査局(DAB)上席監査官、レヴァニエル・サリムである。手にした『監査用概念帳簿』を静かに開きながら、冷ややかな声を落とす。
「銃器の概念に過剰な破壊エンチャントを施し、人間の魂に持たせて横流ししようとしたのは、第2セクター管轄の低級軍神マーチ。……先ほど、私の部下が神殿へ立ち入り査察に入り、裏取引の証拠を押収しました」
「レ、レヴァンさん……仕事が早すぎる」
ジャムリンが目を丸くして感嘆の声を漏らす。
「神権の乱用および次元物理法則の破壊工作。——これより、軍神マーチに対する神権停止措置(赤札発給)を行います」
レヴァニエルが胸ポケットから鮮血のような『赤札』を取り出し、宙に掲げた。
バシッ。
空間に赤い雷光が走り、佐藤が抱えていた金属ケースのルーン文字が失われ、ただの錆びた鉄くずへと変わっていく。
「あ……あぁ……! 俺の最強アサルトライフルが……!」
佐藤が膝から崩れ落ちた。
「さて、佐藤さん」
セイジはかがみ込み、絶望に打ちひしがれる佐藤の顔を覗き込んだ。
「神様から与えられた『無敵の兵装』で、異世界の戦場を無双するつもりだったのでしょう。ですがね、兵器で得た力は、より強い兵器や魔法の前に簡単に崩れ去ります。そして何より、あなた自身には何一つ技術も経験も残らない」
「だけど……俺には何の才能もないんだよ! 現代でも冴えない引きこもりで、ゲームくらいしか取り柄がなくて……異世界でくらい、スゴイ奴になりたかったんだよ……!」
佐藤の絞り出すような叫びに、新人審査官補のジャムリンが胸を押さえて言葉を詰まらせた。
「セイジ先輩……なんだか、かわいそうです……。せめて何か、武器じゃなくても……」
「甘やかすな、ジャムリン」
セイジは静かに、しかし毅然と言い放った。
「同情でルールを曲げれば、その者が異世界で最初に命を落とすことになる。……だが」
セイジは胸ポケットから一本の『青い書類』と、いつものペンを取り出した。
「佐藤さん。あなたは銃火器の知識と、ミリタリーの細かいお手入れの知識なら、誰よりも頭に叩き込んでいるのでしょう?」
「え……? あ、ああ。整備マニュアルなら丸暗記してるけど……」
「ならば、こういう生き方もあります」
セイジが提示したのは、『第1セクター・開拓村鉄工技師ビザ』だった。
「チート兵器は持ち込めません。ですが、あなたが生前に培った『機械構造の知識』と『道具を大切にお手入れする根気』は、あなたの魂そのものに刻まれた財産です。開拓村の鍛冶屋で、農具を直し、村人の道具を改良する仕事なら、その知識は本物の『才能』になります。そのうち銃火器を作れるかもしれない」
「鍛冶屋……俺の知識が……役に立つのか?」
「誰かに与えられたチートではなく、自分の頭と手で稼ぐ第二の人生です。……どうしますか?」
佐藤は自分の震える手を見つめた。
やがて、溢れ出そうになる涙を腕でゴシゴシと拭うと、力強く頷いた。
「……やりたい。俺、自分の知識で……ちゃんと誰かに必要とされる人生を生きてみたい!」
セイジはふっと口元を緩めると、手に持った重厚なスタンプをしっかりと構えた。
「——境界出入国管理局第2審査課、査定完了。行ってらっしゃい」
ガチャンッ!!!
赤いインクが鮮やかに書類を彩り、佐藤の足元に温かな青い光のゲートが広がっていく。
「ありがとう……ありがとうございました!」
佐藤の魂は晴れやかな笑顔を残し、新たな始まりの世界へと旅立っていった。
「……ふぅ。これで一件落着ですね」
ジャムリンが安堵の息を漏らす横で、キリンドが興味深そうに鉄くずとなったケースを突ついていた。
「いやぁ、人間の『知識』そのものは関税がかからないからねぇ。うまい抜け道……いや、粋なビザ発給だよ、セイジ君」
「抜け道ではありません。法規集第24条『魂の固有技能および知識の引き継ぎに関する特例』に基づく正当な手続きです」
セイジが疲れた手つきでネクタイを直し、レヴァニエルの方を振り向いた。
「レヴァンさん、軍神マーチの不祥事処理、よろしくお願いしますね」
「ええ。神界監査局の地下牢で、たっぷり『税金と神権』についての再教育を受けていただきます」
レヴァニエルは静かに帳簿を閉じると、どこか満足そうに微かな笑みを浮かべた。
「ではイマミヤ審査官。私はこれで。……次の激務に備えて、胃薬の補充をお忘れなく」
「言われなくても……もう一瓶買っておきますよ」
セイジは胃をさすりながら、巨大なコンコースの向こう、次から次へと押し寄せる、ワケアリな魂たちの長蛇の列を見つめた。
「さあジャムリン、窓口に戻るぞ。今日もまだまだ残業確定だ」
「はいっ、セイジ先輩!」
境界ターミナル Central-0。
理不尽な神々とワガママな転生者を相手にする役人たちの朝は、まだまだ始まったばかりだ。




