第四話 ギャルは見た目より優等生
四月の半ば、職員室で妙な空気が流れていることに気づいた。
「星川さんの服装、最近少し見過ごせないレベルになってきていると思うのですが」
声を上げたのは、生活指導を担当する年配の男性教師だった。名前は確か、篠田といったはずだ。
「スカート丈も規定ぎりぎりですし、髪色も注意したはずなのに、また明るくなっている。ネイルも派手で……ああいう生徒を野放しにしていると、学校全体の風紀に関わります」
俺はちょうど自分の席で教材のプリントを整理していたが、話の内容が耳に入って手を止めた。
「星川って、二年桜組の星川ミウのことですか」
「そうです。黒部先生の担任クラスですね。今度、生活指導としてきちんと注意しようと思っているのですが」
「何が問題なんです?」
その質問に、篠田先生は少し面食らったような顔をした。
「何がって……見た目からして、素行に問題がありそうじゃないですか」
「いや、見た目の話じゃなくて。実際に何か問題を起こしてるんですか」
「それは、まだ具体的にはありませんが」
「じゃあ何が問題なんです?」
俺は同じ質問を繰り返した。篠田先生は少し苛立った様子で答える。
「ああいう髪型やネイルをしている生徒は、大抵、素行や成績にも問題があるものです。長年の経験から言っているんですよ」
「星川、遅刻したことありますか」
「……それは、確認しないと」
「提出物、出してないことありますか」
「そこまでは、把握していませんが」
「成績はどうです」
篠田先生は答えに詰まった。俺は自分の机の引き出しから、先日行われた新学年実力テストの順位表を取り出した。数学が特に良く、星川ミウの名前は上から数えて五番目にあった。
「これ、見てください」
篠田先生は眼鏡を持ち上げて紙面を覗き込み、しばらく黙り込んだ。
「……学年五位、ですか」
「遅刻もゼロ、春休みの課題も全部きちんと提出してます。担任の俺が確認済みです」
「しかし、外見からして」
「外見の話しかしてねえじゃないですか、さっきから」
俺は特に感情的になったつもりはなかったが、篠田先生の顔は明らかに苦々しいものに変わっていた。それ以上何も言わず、篠田先生は自分の席へと戻っていった。三宅先生が横から小声で話しかけてくる。
「先生、また波風立てましたね」
「事実を言っただけだろ」
「事実でも、言い方ってものがあるんです」
「じゃあどう言えばよかったんだ」
「わかりません、先生のそういうとこ、嫌いじゃないですけどね」
三宅先生はそう言って、小さく笑いながら自分の仕事に戻っていった。
☆
翌日の昼休み、俺は教室でミウを見かけたので、なんとなく声をかけてみた。
「星川」
「なに、先生」
ミウは机に頬杖をついたまま、億劫そうにこちらを見た。
「お前、生活指導の篠田に目つけられてるみたいだぞ」
「あー、知ってる。あの先生、あたしの見た目気に食わないんだよね」
ミウは特に驚いた様子もなく、あっさりとそう言った。
「気にしないのか」
「気にしてどうにかなるならとっくにしてる。でもあたし、これがあたしのやり方だし」
その言い方には、変な意地とか反抗心とかいうよりも、もっと落ち着いた確信のようなものが滲んでいた。
「先生さ、あたしの成績のこと、あの先生に言ったんでしょ」
「なんで知ってんだ」
「篠田先生、超わかりやすい顔で職員室から出てきたって、他の先生から聞いた」
「情報網どうなってんだ、この学校」
「女子校なめないでよ」
ミウは軽く笑ってから、少しだけ真剣な顔になった。
「べつに、成績のこと言ってもらわなくてもよかったのに」
「なんでだよ」
「あたし、頭いいから見た目で判断すんなって言われるの、それはそれで嫌なんだよね」
意外な返答だった。俺は少し戸惑いながら聞き返す。
「どういうことだ」
「頭いいから許すとか、成績いいから見逃すとか、そういうの結局、見た目だけで判断してんのと同じじゃん。あたしが本当に嫌なのは、見た目で判断されることそのものであって、成績でひっくり返してもらうことじゃない」
窓から差し込む昼の光が、ミウの明るい茶髪を照らしている。いつもの気だるげな雰囲気とは違う、はっきりとした強さのある声だった。
「じゃあ俺、余計なことしたか」
「べつに。先生なりに助けようとしたのはわかるし。ただ、あたしが本当に言いたいのはそこじゃないってだけ」
俺はしばらく黙って考えた。ミウの言い分は、確かに一理あった。見た目で判断するなと言いながら、結局は別の基準――成績や素行という物差しで判断し直しているだけなら、根本は変わっていないのかもしれない。
「お前、見た目と中身が一致しねえな」
少し考えた末、俺はそう言った。ミウは片方の眉を軽く上げる。
「それ、普通に失礼だから」
「褒めてんだよ」
「褒め方が下手すぎる」
ミウは呆れたように笑ったが、その笑い方には、さっきまでの張り詰めた空気がだいぶ緩んでいるのがわかった。
放課後、職員室に戻ると、篠田先生が思いのほか神妙な顔で仕事をしていた。俺は特に何も言うつもりはなかったが、篠田先生の方から声をかけてきた。
「黒部先生」
「はい」
「星川さんの件ですが、もう少し、様子を見ることにします」
「そうですか」
「ただ、外見が示す印象というのも、教師として無視できないものではあります」
「それは俺もわかります。ただ、印象だけで決めつけて終わるのは、なんか違う気がするんです」
篠田先生は小さく頷いたが、完全に納得したわけではなさそうな表情だった。それでもこの日を境に、篠田先生がミウを名指しで問題視することはなくなった。
夕方、校庭を横切って帰る途中、偶然ミウと一緒になった。西日が校舎の窓ガラスに反射して、まぶしいオレンジ色の光がグラウンドいっぱいに広がっている。
「先生、今日、篠田先生と何か話した?」
「なんで知ってんだ、それも」
「勘。あの先生、今日職員室でずっと大人しかったって、れーちゃんが言ってた」
「なんでも筒抜けだな、この学校」
ミウは肩をすくめて笑った。しばらく無言で並んで歩いた後、彼女がぽつりと呟いた。
「先生ってさ、見た目とか肩書きとかで人のこと決めつけないよね」
「そうか?」
「うん。なんか、そういうとこだけは、ちょっと信用できるかもって思った」
その言葉は、いつものぶっきらぼうな口調の中に、わずかな照れが混じっているように聞こえた。俺は何と返せばいいかわからず、結局、いつも通りの雑な返事をするしかなかった。
「褒め言葉として受け取っとく」
「べつに褒めてないし」
ミウは軽く笑って、先に校門を出ていった。
「素直じゃねえな」




