第三十一話 炎上してない奴まで燃やすな
規制案の話は、翌日にはクラス全体に広まっていた。放課後の教室、いつもの賑やかさとは違う、どこか張り詰めた空気が漂っている。
「これ、マジで全員に関わってくる話だよね」
ミウが不満げに切り出した。
「校内での撮影禁止とか、SNS届出制強化とか。これ、リリア一人の問題じゃなくて、あたしたち全員の話になってきてるじゃん」
千紘が資料に目を通しながら、冷静に補足した。
「具体的な規制内容、まだ確定はしてないみたいだけど、方向性としては、かなり厳しいものになりそう」
その言葉に、教室のあちこちから不安の声が上がった。杏が真っ先に口を開く。
「私、バイト先での様子とか、たまに友達が撮影して、それとなく載せてもらうことあるんだけど、それも駄目になるってこと?」
「そこまで細かい話は、まだ決まってないと思うけど」
「でも、可能性としてはあるってことでしょ」
杏の声には、いつもの冷静さの中に、明らかな苛立ちが混じっていた。
「ひなたも、推しの話、教室でSNS見せたりするの、駄目になるかもしれないよね」
「え、それは困ります」
ひなたが慌てて反応した。
「私、みんなに推しの魅力伝えるの、生きがいの一つなのに」
教室の中で、次々と不満の声が上がっていく中、一番端の席で、乃愛が青ざめた顔をして俯いていた。
俺には、その理由がわかった。
もし学校側の規制が厳しくなり、生徒のSNS活動や配信活動について詳しい確認が行われることになれば、乃愛にも影響が及ぶかもしれない。
猫ヶ崎ノノとして活動していることを学校に知られれば、今まで通り続けられる保証はない。
だが、それをここで口にするわけにはいかなかった。
俺と目が合うと、乃愛は何かを訴えるような目をした。
その隣に、すみれが静かに腰を下ろした。
「乃愛ちゃん」
「……すみれちゃん」
「まだ何も決まってないよ」
すみれはそれだけ言って、乃愛の手をそっと握った。
乃愛は小さく頷いた。
二人が何について話しているのか、周囲の生徒たちにはわからないだろう。
けれど、俺にはわかった。
すみれもまた、乃愛が何を恐れているのかを理解している。
その様子を見ていたリリアが、自分の席で両手をきつく握りしめた。
「私のせいだ」
小さな声だったが、教室の中は静かだったため、はっきりと聞こえた。
「私が炎上したせいで、みんなの活動まで制限されるかもしれないんでしょ」
「リリアのせいじゃないよ」
杏がすぐに否定した。
「切り抜き動画で誤解されたのは、リリアが悪いんじゃない」
「でも、結果としてこうなってるのは事実でしょ」
リリアの声には、拭いきれない自責の念が滲んでいた。
「私一人が我慢すればいいなら、それでよかった。でも、私のせいで、関係ないみんなまで好きなことをできなくなるかもしれないなんて、そんなの」
リリアは言葉を詰まらせ、そのまま俯いてしまった。
教室に、重い沈黙が流れた。
俺はしばらく様子を見た後、口を開いた。
「聞け」
全員の視線が、こちらに向いた。
「これは、リリア一人の問題じゃねえ。学校が、一人の炎上をきっかけに、全員から何かを取り上げようとしてる。それがおかしいって、まず、はっきりさせとけ」
「でも先生」
ひなたが不安そうに口を挟んだ。
「学校側が決めることに、私たちが口出しできるんでしょうか」
「口出ししちゃいけねえ理由もねえだろ」
俺はそう言い切った。
「お前らの活動、お前らの人生だ。それを、一人の問題を理由に、まとめて取り上げようとするなら、まず、それがおかしいって声上げてもいいはずだろ」
教室の空気が、少しずつ変わっていくのがわかった。
ミウが、いつもの強気な調子を取り戻したように言った。
「あたしも、それには賛成。一人が燃えたからって、燃えてない奴まで一緒くたに燃やされるのは、なんか納得いかない」
「私も同じ気持ちです」
すみれが、珍しく真剣な表情で頷いた。
「何も問題を起こしていない人まで、一律に活動を制限されるのは、筋が通らないと思います」
すみれはそう言いながら、ほんの一瞬だけ乃愛の方を見た。
乃愛は俯いたまま、小さく唇を噛んでいる。
千紘も冷静に話を続けた。
「それに、これは私たちの問題であると同時に、学校のあり方の問題でもあると思う。何かあったら全部禁止、っていうのは、一番簡単だけど、一番何も解決しない方法だから」
その言葉に、教室のあちこちから賛同の声が上がり始めた。
しかしリリアだけは、まだ表情を晴らせずにいた。
「みんな……でも、私のせいで」
「リリア」
玲華がはっきりとした声で言った。
「あなたのせいではございません。悪いのは、悪意を持って切り取り、拡散した方々です。あなたが自分を責める必要は、どこにもございません」
「でも」
「でも、じゃないの」
ミウが、玲華の言葉を継いだ。
「リリアが自分責めてる限り、あたしたちの気持ち、伝わらないよ。あたしたちは、リリアを助けたいって思ってるんだから」
リリアはしばらく黙っていたが、やがて涙をこぼしながら、小さく頷いた。
「ありがとう、みんな」
その言葉には、これまでとは違う、少しだけ軽くなったような響きがあった。
生徒たちは、自分たちなりにこの問題と向き合い始めていた。
誰か一人に全部背負わせる必要はない。
ただ、リリア本人がどうしたいのかだけは、まだ聞けていなかった。
翌日、俺はリリアを呼び出すことにした。




