第三十二話 お前はどうしたいんだ
放課後、人気のなくなった面談室に、俺とリリアの二人だけが向かい合って座っていた。窓の外からは、蝉の鳴き声が絶え間なく聞こえてくる。
「今日、お前に聞きたいことがある」
俺は単刀直入に切り出した。リリアは緊張した面持ちで、小さく頷いた。
「学校側は、お前の活動について、いろいろ検討してる。だが、一番大事なのは、お前自身がどうしたいかだ」
「私が、どうしたいか」
「そうだ。周りがどう言おうと、まずお前の気持ちを聞かせてくれ」
リリアはしばらく黙り込んでいた。窓の外の光が、彼女の横顔を白く照らしている。
「先生、正直に言っていいですか」
「言えよ」
「私、怖いです」
その声は、これまで俺が聞いたことのないほど、弱々しいものだった。
「毎日、通知を見るたびに、また何か言われてるんじゃないかって、心臓がバクバクします。知らない人から、顔も知らない人から、あんな言葉を投げつけられて。正直、もう二度と投稿したくないって、何度も思いました」
「それが、お前の本音か」
「はい……でも」
リリアは一度言葉を切って、拳を強く握りしめた。
「それでも、発信することを、辞めたくないんです」
その言葉には、震えながらも確かな芯があった。
「なんでだ」
「私、動画作るの、本当に好きなんです。メイクとか、ファッションとか、自分が好きなものを、誰かに伝えられるのが嬉しくて、それがずっと私の居場所でした。今回のことで、その居場所を、怖いって理由だけで手放したら、私、もう二度と戻れない気がするんです」
リリアは涙を堪えながら、続けた。
「怖いのと、辞めたくないのと、両方本当なんです。矛盾してるかもしれないですけど」
「矛盾してねえよ」
俺は冷静に言った。
「怖くても続けたいって思うのは、それだけ大事なもんだからだろ」
「先生……」
「お前が今言ったこと、そのまま学校に伝える。怖いけど、辞めたくない。その両方を、ちゃんとな」
リリアは驚いたように顔を上げた。
「本当に、伝えてくれるんですか」
「約束する」
リリアの目から、堪えていた涙がこぼれ落ちた。
「先生、ありがとうございます」
「礼を言うのはまだ早い。学校側がどう判断するかは、これからだ」
「それでも、私の気持ちを、ちゃんと聞いてくれる人がいるってだけで、救われます」
窓の外では、夏の日差しが、変わらず強く照りつけていた。リリアは涙を拭いながら、少しだけ晴れやかな表情を見せた。
「先生、私、これからどうなるかわからないですけど、今の気持ちだけは、ちゃんと持ち続けようと思います」
「それでいい」
俺はそう答えながら、この生徒が抱えてきた恐怖と覚悟の重さを、改めて噛み締めていた。
面談室を出た後、俺はすぐに九条先生のもとへ向かった。リリアの言葉を、一言一句正確に伝えるために。
廊下を歩きながら、俺は考えていた。学校のイメージを守ることと、生徒一人の本音を尊重すること。その両方を満たす答えは、簡単には見つからないかもしれない。それでも、リリア自身がはっきりと口にした意思だけは、誰にも歪められることなく、正しく伝えなければならないと思った。
九条先生の姿を職員室に見つけて、俺は声をかけた。
「九条先生、天城と話してきました」
「どうでしたか」
「怖い、でも辞めたくない。それが、あいつの本音でした」
九条先生は、しばらく黙って俺の言葉を受け止めていた。
「その両方の気持ち、理事長にも、正確に伝えます」
「お願いします」




