第十三話 毒舌なのに、なぜか癒される
五月下旬のある日の昼休み、教室の一角にいつもより人だかりができていた。中心にいるのはひなたで、机の上にタブレットを立てかけて、何かの配信のアーカイブを再生している。
「見て見て、これ今めっちゃ人気のVTuberなんだけど」
画面には、猫の耳をつけたキャラクターが映っていた。見た目はふわふわとした可愛らしいデザインだが、聞こえてくる声のトーンは意外なほど鋭い。
「──は? 今のコメント、ちゃんと配信見てから書き込んだ? 三分前に同じこと言った奴いるけど」
視聴者からのコメントを、遠慮なく切り捨てていくスタイルらしい。それでいて口調のテンポが良く、聞いていて飽きない。
「これ、猫ヶ崎ノノって人。毒舌なのに、なんか癒されるんだよね」
「わかる、このバランス感覚がすごい」
周りに集まった生徒たちが、次々と頷いている。
俺は少し離れたところから、その様子を眺めていた。
「先生も見てみます?」
ひなたに促されて、俺もタブレットの画面を覗き込んだ。猫耳のキャラクターが、視聴者のコメントに軽快なテンポで返しを入れている。話し方に、どこか癖があった。語尾の伸ばし方や、間の取り方が、妙に耳に残る。
「登録者、二十万人いるんだよ、この人」
「へえ」
「それになんか、正体が全然わからないのがまた良くて。声も加工してるっぽいし、素性は完全に謎」
「二十万人って、多いのか?」
俺が聞くと、ひなたが信じられないものを見るような顔をした。
「多いに決まってるじゃないですか!」
「いや、数字だけ言われてもわかんねえよ」
「先生のピクスタのフォロワー、何人ですか?」
「やってねえ」
「じゃあ比較できないじゃん」
「俺のせいなのか?」
いつの間にか、ひなたの机の周りには十人近い生徒が集まっていた。前の方の席から椅子ごと移動してきた生徒もいれば、後ろから背伸びをして画面を覗き込んでいる生徒もいる。
「私、この人の切り抜き見たことある」
「昨日のゲーム配信も面白かったよね」
「コメント返すのめっちゃ速いんだよ」
「たまに急に優しくなるのがいいんだって」
どうやら、俺が思っていた以上に有名らしい。
画面の中では、ちょうど猫ヶ崎ノノが次のコメントを拾ったところだった。
「──『今日、宿題やる気出ません』? 知らない。やれ」
教室のあちこちから笑いが漏れた。
「──『ノノちゃんが応援してくれたらやります』? じゃあ今からやって。終わったら戻ってきて報告」
「ほら、こういうとこ!」
ひなたが嬉しそうに画面を指差す。
「最初は突き放すのに、ちゃんと最後まで面倒見るんですよ」
「面倒見てるのか、これ」
「見てます」
今度は別のコメントが流れた。
「──『今日もかわいい』。はいはい、知ってる」
「自分で言うんだな」
「そこもノノちゃんのいいところなんです!」
「何言っても褒めるじゃねえか」
「ファンなので」
ひなたは胸を張った。そのあと別の配信アーカイブも開く。そこでも、猫ヶ崎ノノは相変わらずの調子だった。
「──だから、その質問さっき答えたって。配信巻き戻して見てきて。戻ってきたら褒めてあげる」
『でもノノちゃん優しい』
「優しくない。自力で調べる癖をつけろって言ってるだけ」
『ノノちゃん今日機嫌悪い?』
「通常運転。勝手に機嫌悪くしないで」
横では、普段あまりこういう話題に加わらない生徒まで笑いながら画面を見ている。毒舌というからもっと刺々しいものを想像していたが、実際に聞いてみると、不思議と嫌な感じはしなかった。
言葉は強い。それでも、本気で相手を突き放しているわけではないらしい。
「先生も結構好きになってきたでしょ?」
「まだ五分しか見てねえよ」
「五分あればじゅうぶんです」
「布教が強引すぎるだろ」
画面を眺めていた俺の視線が、ふと教室の後ろの方に移った。乃愛は自分の席で、いつもと変わらない様子でノートを眺めていた。
「佐々岡さん、これ知ってる?」
すみれが少しためらうように声をかけると、乃愛が顔を上げた。
「あ……名前くらいなら。すみれちゃんも見てるの、猫ヶ崎ノノ?」
「はい、私、結構前からファンです」
すみれの声が、いつもより弾んでいた。
「毒舌なのに、たまに視聴者に対して妙に優しい瞬間があって、そのギャップがすごくいいんです」
乃愛は何も言わず、タブレットの画面から視線を逸らした。
「ね、佐々岡さんも一緒に見ようよ」
ひなたが乃愛を手招きすると、乃愛は少し逃げるような素振りを見せながらも、結局はその場に加わることになった。画面の中の猫ヶ崎ノノが、視聴者のコメントに反応して、少し早口気味に喋り始める。
「──あー、それさっきも言ったでしょ。同じこと二回聞かれると、正直テンション下がるんだけど」
その言い回しに、俺はなんとなく引っかかりを覚えた。どこかで、似たような喋り方を聞いたことがある気がする。だが、誰だったかまでは思い出せない。
「先生、どうしたんです?」
ひなたが尋ねる。
「いや。なんでもねえ」
昼休みが終わりに近づいた頃、配信の続きを見ていたひなたが、ふと思い出したように言った。
「そういえば猫ヶ崎さん、今度の配信で新しい企画やるって言ってたよね。学校の怪談特集だっけ」
「それ私も楽しみにしてます」
すみれが目を輝かせながら答えた。




