森に行こう
「そんな人っているんだ……」
嫌がらせまがいの行為をしながらも、相手に近付こうとする、俺の理解に及ばない行動をとる男がいるという。
いや、理解できないだけで聞いたことはあった。
母さんに教えてもらったというか、そういう人間にはなるなと念押しされたというか。
自分の好意を上手く表現することも言葉にすることもできず、ちょっかい出したりいたずらしたり、からかったり悪口言ってしまう男の子がいるけど、そんな男には絶対になってはいけないよと。
好きだからそういうことをしちゃうらしいけど、嬉しくもなんともなくて、嫌われちゃうだけだからねと。
「――あんなこと言って好きだと伝わると思ってるとか、頭の中どうなってんの? って感じ。ウザいし意味わかんないしキモいしガキだしウザいし」
とかなんとか言ってたっけか。
実のところ、そんな男いないだろうと思っていた。
母さんが大げさに言ってるだけだろうと思っていた。
まさか現実にお目にかかれるとは。
伝説の生き物に出会ったような嬉しさと、その伝説の発言への怒りと、怒ってしまった恥ずかしさとがごちゃ混ぜになってしまった。
さっきの若い漁師さんは、ラツハのことが好きなのだろう。
あんな酷いことを言うのが、好きの裏返しだったとは。
しかもそれで、相手に嫌われてしまっている現状だ。
どうしようもない。
そしてその上ラツハは、俺と結婚した。
先程の俺の目に映った反応以上に、彼は戸惑い、落ち込んでいるのかもしれない。
今からでも引き返して謝罪をしようかと思っていたのだが、この状況で俺が謝罪をするのは余計な騒動を呼ぶだけだろうか?
俺一人で考えても仕方がないことなので、それはラツハに相談してみよう。
「えっと、ラツハ」
「うん? 大丈夫? キーリ」
「俺は大丈夫だけど」
「うん」
「さっきの漁師さんのところへ戻って、言い過ぎたことを謝ろうかと思ったんだけど……」
「え? そんなことしなくていいよ。先に言ってきたのはオーゴのほうだし。謝る必要無し」
「今後のラツハとの関係性に悪影響が出てくるなら申し訳ないし」
「ないないないない。そもそも嫌われてるんだし、関係性もなにもないって」
「それならいいんだけど」
ラツハはやはり、彼が好きゆえにそういう言動をしてしまっていることに気付いていないようだ。
伝えたほうがいいのか、伝えないほうがいいのか。
まあ、わざわざ伝えなくていいか。
「気を遣ってくれるのは嬉しいし、さっきのはめちゃくちゃ気分良かったし、何の問題もない!」
何の問題もない、かはわからないが、本人がこう言っている以上は、俺からなにか動くというのはやめておくべきなんだろう。
当然、それによってなにか悪いことが起きた場合には、全力で対処するという覚悟はしておく必要はあるだろうけど。
「じゃあ、とりあえず、一旦家に帰りますか」
トイレにも行きたかったし、ちょうど良いのでラツハと共に一時帰宅することにした。
今日はもう家でまったり過ごすかとも思ったのだが、まだ太陽は昇っている途中だしなあ。
あっさり帰ることになったのは俺が悪いんだけど、さすがにまだまだ今日やれることがあるだろう。
ラツハを振り回してしまうことに申し訳なさはあるけど、一緒にいる時間を増やして、関係性を築いていくことも大事なはずだ。
「帰ってきたばかりだけど、もう一度ラツハに頼んでもいい?」
「また村の中?」
「いや、森も見てみたいなって」
「森ならちょっかいかけてくるような変な奴も居ないし、私の庭みたいなもんだし任せて!」
「ありがとう。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
この漁村、南と東は海で、北と西は森が広がっている。
隣街は北の森を抜けた先にあり、なんとか馬車一台が通れる幅の――というか、道幅を確保できるところを縫うように地面を踏み固めただけの――道が通っている。
しかし、ラツハがまず向かったのは村の西側。
人一人が歩ける幅の、ギリギリ道と呼べる道から森に入る。
ラツハに続いて進んでいくと、ほどなくして開けた場所に出た。
そこで咲き誇る、色とりどりの花。
人の手が入っているのだろう、草は短く刈られている。
そんな開けた場所の中心に、墓石が存在していた。




