森の中で。
「ここはこの村にとって大事な場所。
この村はこの場所を護るためにあるようなものだから」
そして、この場所は私の始まりと言ってもいい。
――八年前のあの日、突如現れた巨大なモンスター。
それまで長らく平和だったこの村に、おそらく女神様の加護の力が弱まったことで、久々に襲ってきた危機。
そんな、恐ろしい存在を前に、私は無謀にも立ちはだかった。
この異世界から来た英雄の妻が眠るお墓を、ひいては村を守るために。
当然、何の力も能力も無い私にできることなんてない。
立ちはだかったところで、モンスターにしてみれば小石が足元に転がっているのと何も変わらない状況だっただろう。
私の命は無意味に無慈悲にそこで散るはずだった。
だが、そこに颯爽と現れた。
赤い髪の冒険者――コウ。
一瞬だった。
一瞬で巨大な魔物は、モンスターだったモノに成り果てていた。
私の目と心は奪われていた。
いつか強くなって、彼の隣に肩を並べて戦えるようになりたい。
私は――私の夢はここから始まった。
「ここを護り続けてきたんだね」
キーリはお墓に向かって手を合わせる。
異世界から来た英雄様、その妻の一人のお墓。
妻の一人とはいうが、英雄様の妻が一人だったのか、他にもいたのかは伝わっていない。
ただ、ここに埋葬されているのは、一人だということ。
私としては、何故奥様のお墓だけしかないのだろうか? 異世界から来た英雄様のお墓はどこにあるのだろうか? と疑問を抱いていた。
いつ英雄が戻ってきてもいいように、ここを守り続けると語り継がれてきたものの、詳しい話は遺されておらず、よくわかっていなかった。
妻が亡くなった後、ほったらかしにしてどこかへと行ってしまった薄情な英雄なのかもしれないと思ったりもしたが、キーリの話を聞いてそうではない可能性に気付かされた。
英雄様は別の異世界に召喚されたという可能性だ。
そうであるのならば、英雄様に申し訳ない。
そんなことにも思い至らない自分を恥じるよりなかった。
そんな今日までの私の想いを悔いるような気持ちで手を合わせる。
勝手に謝られても困るだろうけど。
「ここを護ってきた一族の、ラツハさんと結婚させて頂きました、キーリと申します。これからお世話になります」
キーリがお墓に向けて言う。
「挨拶も済んだし、行こうか」
「あ、はい」
期間限定夫婦なのに、英雄様の奥様にご挨拶して大丈夫だろうか。
一年後に謝罪をしに来なきゃいけないなあと思いながら、次はどこに向かおうかと考える。
「次は、湖の方かな」
一度村に戻り、北側から森に入る。
鬱蒼とした森の中をしばらく黙々と進むと、キーリが突然思い立ったような声を上げる。
「あ! ラツハちょっといい?」
「うん?」
「そこの岩、座りやすそうだから休憩しない?」
「岩?」
なんの変哲もない、特徴もない、どこにでもある景色の森の中。
キーリが指差す方には、膝の高さほどの平らな、たしかに腰掛けやすそうな岩。
「たしかに座り心地は悪くなさそう」
正直、私は全然疲れていないし、休憩の必要などないけれど、もしかするとキーリは山道を歩き慣れてなくて、疲れているのかもしれない。
「じゃあ休憩しますか」
キーリの見つけた岩に向かって歩いていく。
近付いてみるとかなり大きく、二人で座ってもまだまだ余裕がありそう。
そんな岩を前にしたキーリは、バッグを下ろして中からシートを取り出し岩の上にかぶせる。
「こんな感じかな?」
座った時に汚れないよう、シートを敷いたのだろう。
またまた異世界人しぐさだ。
私の周りの男どもは絶対にこんなことしない。
「休憩ついでにお昼ご飯にしようと思うんだけどどう?」
もうそんな時間なのか。
言われてみれば少しお腹が空いたかもしれない。
「私、何も用意してないんだけど」
「もちろん俺が持ってきてるから、一緒に食べよ」
「えっとじゃあ、いただきます」
キーリに促されて岩に敷かれたシートの上に腰掛けると、二人の間にバッグから取り出したものを置いていく。
キーリが用意してあった昼食は、サンドイッチとカラアゲだった。




