初夜のできごと。
やってきた男は、これぞ異世界人という真っ黒な髪、優しげな表情をしており、身近にいる男たちと比べると細身に感じるものの、身体の線はしっかりとして見える。
そんな異世界人の男――キーリは、挨拶を交わしたくらいで、誓いの儀の準備へと慌ただしく連れ出されていった。
開始が遅かったのもあって、誓いの儀やその後の宴を終え、一息つけたのは空が暗くなってからだった。
いや、初対面で同世代の男性と一夜を――この先一年を共に過ごすことになる最初の一夜を迎えることもあって、結局一息なんてつけてなかったか。
今日から夫婦となった私たちに与えられた家は、この村に於いては一番しっかりとした、賓客が宿泊するために用意された建物だった。
辺鄙な場所にある漁村だけあって、この家が本来の用途で使われたのは建てられた時の一度だけで、持て余していたこともあり、女神様の託宣によって選ばれた私たち夫婦の住まいにしようとあっさり決まったらしい。
そんな家の一室、団欒用の部屋で、私はキーリと二人きり、向き合って話した。
「――えーっと、一年間の結婚生活っていうのは、どういうものを女神様は求めてるんだろう? 何か聞いてる?」
「――いえ。私は何も」
「――そっかー。女神様に直接聞ければいいんだろうけど」
キーリがそう言うと、どこからともなく声が聞こえてきた。
『――呼ばれたから来たよん』
「――え? 女神様ですか?」
辺りを見回すが、存在は確認できなかった。
でも、何かがいるような気は間違いなくしていた。
『――そだよん』
ところで、女神様というのは、こんなに軽い喋り方をされるのですか?
「――結婚生活ってのは、何をすればいいんですか? 誓いの儀を終えたから、後は別々の生活をしますってのは望んでないんだよね?」
さすがは異世界人。いくら女神様が軽薄にすら思える話し方をされていたとはいえ、雑に話しかけていけるなんて。
『――そうねえ。じゃあ、まずは朝と夜の食事は一緒にとること。どうしても一緒にいられない時は仕方ないけどね』
「――なるほど」
キーリが相槌を打つ。
『――次に、同じ家で暮らして、同じ家の中で眠ること。これもどうしても遠出しなければならないとかの理由があれば、どちらかが外泊することがあったっていいけど、一ヶ月とか別々に暮らすのはダメ。一年の期限がその分だけ延びることになるわ』
「――はい」
『――他には、そうねぇ。お互い名前で呼び合うこと、かしらね。あだ名に変えても良いけど、よそよそしいのはダメよ。
とりあえず今、呼び合ってもらっていい?』
「――ええっと、ラツハ」
「――はい。キーリさん」
『――さんはダメ』
「――キーリ」
「――うん」
呼び捨てにするだけなのに、こんなに気恥ずかしさがあるなんて。
相手のことをまだよく知らないからなのか、夫となった人だからなのか。
『――あとは、子をなせとは言わないわ。一年で離れるかもしれないしね。そういう行為に関してはしてもしなくてもいいわ。あなたたち次第ね』
夫婦となる以上、そういう行為に対する覚悟は当然している。
異世界人という、特別な人間に差し出せるものなんて無いし、ほとんど女扱いされていないのが申し訳なくもあるが、私の純潔で良ければ喜んで差し出そう。
一応顔は良いって評価はされてるから。顔だけは良いらしいから。
『――ま、そんなところかしらね』
「――あ、聞いておきたいことがあって」
キーリは他にも女神様に訊ねたいことがあるらしい。
『――なにかしら?』
「――俺は本当に異世界人でいいんですか?」
『――もちろん。私が認める正真正銘の異世界人ね』
「――それならいいんですけど」
『――他には、無さそうね? じゃ、あとはお若い二人に任せるわ。まったねーん』
軽いノリでやってきた女神様は、軽いノリで去っていった。
キーリの最後の質問はちょっと気になったが、それよりも緊張感がこの部屋に満ちていくのを感じる。
「――えっとその……」
二人きり。
大丈夫。覚悟はある。覚悟は決めてあるから大丈夫。
「――ラツハ」
「――はいっ!」
呼ばれたことに思わず姿勢を正してしまった。
「――さっき言われたそういう行為なんだけど……」
カテガトージ「なーにが女神様だ」
カプチュー「五百年前に加護の力を授けた時、あやつらが女神様と言い出しただけで、別に自分から名乗った訳でも、呼んでくれって頼んだ訳でも無いんだけどね?」
カテガトージ「勝手にキーリの結婚決めよって。アイツラが帰ってきたら何を言われるか……」
カプチュー「許可を出したのはアナタでしょう?」
カテガトージ「1000年近く前の話を持ち出しよってからに……」
カプチュー「別に断っても良かったのよ? 私で卒業したカテくん」
カテガトージ「うぐっ……」




