54話 雪花月10
雪花月と冒険者たちは教会の応接室へと案内された。華美ではないが清掃の行き届いた一室だ。その有様は、この荒野において教会だけは別世界だと伝えてくる。
案内だけしてマリカは去って行った。冒険者たちを信用しているようで、好きに使えばいいという態度だ。
「では失礼して」
冒険者のリーダー、アルビンという名の男が一言断って鎧を脱いだ。
何がどうなったのか、月にはまるでわからなかった。全身鎧を外すなど一仕事のはずなのだが、一瞬にして完了していたのだ。
脱いだ鎧は一式組み合わさった状態で部屋の隅にひっそりと立っている。着る時も同様に一瞬で着装できるのだろう。やはりこの世界では魔法や神秘が幅を利かせているようだ。
――ナイトってよりは変身ヒーローって感じだな。
それぞれがソファに腰掛け、一息ついたところでアルビンが話し出した。
「さて。軽く自己紹介しておこうか。僕はアルビン。このパーティのリーダーをやっている」
鎧から出てきたアルビンは、普通の美男子だった。美男子であるなら普通ではないはずなのだが、月にはどこにでもいそうなイケメンとしか思えなかったのだ。これは自分の美貌がよくなったことによる相対的な感覚かもしれない。
「彼女はアイダ。僕と同じく前衛だ。見ての通り軽快さがウリだよ」
「よろしく。ってアルビンが紹介してくのか?」
「さらっと一通り紹介したほうがわかりやすいだろ?」
アイダの装備はアルビンとは比べものにならないほど頼りないものだった。革や鋲があしらわれてはいるが、鎧と比べれば頑丈な服程度のものだろう。確かにアルビンよりは素早く動けそうだが、この格好で危険な魔物と戦えるのかが月には疑問だった。
「彼はブルーノ。練士だよ。灯術を使えるから魔界攻略には欠かせない存在だ」
「練士ではあるんですが教会付きじゃなくてフリーでやってます」
練士が教会関係者を指す名称のようだ。月はさりげなくブルーノを品定めした。服のグレードはマリカよりも何段か下のようなので、教会内での地位は大したことがなさそうだ。仲良くする優先度は低めでいいだろう。
「彼女はルヴィエラ。少しばかり刺激的な格好だけど魔法使いだからね。いろんなことを魔法で片付けてくれるからとても便利なんだよ」
「そ。便利屋ってことでよろしくね」
他の者も危険な魔界を行くには不相応な格好だったが、彼女は飛び抜けて不釣り合いだった。胸元の開いた赤いドレスを着ているのだ。アルビンの口ぶりからするとこの格好には理由がありそうだが、それにしても場違い感が凄い。
「えーっと、私は雪花月と言います。あの、信じてもらえないかもしれないですけど、異世界からやってきたみたいで何がなんだかわかってないんです」
自分の番といった雰囲気になったので、月はおずおずと口を開いた。
「なるほど。だとすると納得がいく点が多いよ。普通、君みたいな育ちの良さそうな女の子がこんなところにいるわけがないからね」
「噂では聞いたことがあるわ。たまにそんな奴がくることがあるみたい」
マリカも異世界人を知っていたので、一部では知られているらしい。
「その、わけがわからないなりにどうにかしようとしてはみたんですが、ここで暮らすのは無理そうで……もう少し安全な場所に行きたいと思ってるんです」
「そりゃ、ここはまともなやつが住めるとこじゃなさそうだしな」
粗野な印象のアイダだが、彼女からしてもここはまともな場所ではないらしい。
「ここは練士にとっては一二を争う過酷な修行の場ですからね。出世コースではあるんですが、並大抵の者ではここでの修行を勤め上げることはできません」
「何にしろ私たちはここに用なんてないんだからさっさと帰るしかないんだけど」
「では、アルビンさんたちはなぜこんなところに?」
月は聞いた。考えてみればこんな無法地帯にわざわざやってくる理由がないのだ。
「簡単に言ってしまえば、僕たちは魔王城を探して冒険しているんです」
「えぇー! すごいですぅ! さすが勇者様って感じですぅ!」
男に媚びる方法などよくわかってないしそんなことをするつもりもさらさらない月だったが、こうなっては他に方法がない。
とりあえずはリーダーのアルビンがメインターゲットだ。彼を落とせば後はどうとでもなるだろう。
「い、いえ、まだ勇者というわけではないんですが……」
あからさますぎる褒め称しだが、アルビンも悪い気はしていないようだ。
――よくわからんが、さしすせそを駆使すりゃいいんだろ。さすがぁ、しらなかったぁ、すごーい、だっけ? せとそはなんだ?
月は、間延びした語尾で男に甘える女など唾棄すべき存在だと思っているし、そんな手管に騙される男もろくなものではないと思っているのだが、背に腹は代えられなかった。
「アルビンは勇者候補生なんですよ。なので勇者と言っても過言ではないかと思います」
月は適当に勇者と言ってみたのだが、当たらずとも遠からずといったところのようだ。
「過言だろ。勇者への道がどんだけ狭いと思ってんだ」
アイダが呆れたように言う。いきなり出てきた女に浮かれている男どもを苦々しく思っているようだ。
――女に嫌われるのもそれはそれでまずいんだよなぁ……。けど、女と仲良くする方法もわからんのだが。
月に友達はいなかったので、男女問わず友好的なコミュニケーションが苦手だった。
「まず魔界探索なんかで勇者候補の序列を上げて、序列上位者のみが参加できる闘技大会で優勝し、さらに歴代の優勝者の中から選抜されて試練の塔に挑んで、聖なる武具に認められて所持者になる……なので何段階もハードルがあるのよね」
ルヴィエラが一通りの流れを解説した。
「えぇー! でもアルビンさんならなれますよぉ! 何かもう風格があります! いずれ勇者になるんだろうな! って感じが漂ってますぅ!」
アルビンの実力など何もわかってはいないが、それでも月は適当に褒めておいた。
「そ、そうかな」
――なんかちょろいな。
アルビンは照れていた。
こんな雑に褒められても嬉しくないし信用できないだろ、と月は思うのだが想像以上に月の言葉はアルビンに響いているようだ。
――いや、ちょろすぎないか? さすがに私ごときがちょっと褒めたぐらいで……。
「アイダさんも勇者候補なんですか?」
「え? いや、俺みたいなのは候補にすりゃなれないけど」
「えー? アイダさんも勇者かと思ってましたよぉ。すごく強そうですぅ!」
「えへへへへ、そう思う?」
――お前もちょろいのかよ。いや――
「ルヴィエラさんはそんな麗しいお姿で魔界を冒険されてるんですか? 魔法使いってすごいですね!」
「まあね。勇者だ貴族だといったところで常人よりちょっとばかり力が強いだけだから。魔法使いにかなうわけないのよ」
もしかしてと思ってルヴィエラにも愛想を振りまいてみたところ、効果は覿面だった。明らかに上機嫌になっているのだ。
――もしかして美貌のおかげで、誰にでも好意を持ってもらえるとか? でも、結構な扱いを受けてきた気もするが……。
しかしよく考えてみるとこれまでは効果がない相手ばかりだった気もしてきた。
最初のパーティーの奴らは月の元の姿を知っているので効果は薄いだろう。
福良は本人が美少女だから、他人の容貌など気にしていなさそうだ。
このあたりのならず者どもは人の美しさなど気にしている余裕はないだろう。生きることに必死で美的感覚が磨耗し、感性が腐りきっているのだ。
――おいおいおい、もしかして美貌に振って正解だったんじゃないの?
戦い向きの力を得たところで扱うのが戦闘センスなど皆無の月なのだから無駄に終わったかもしれない。それよりは美貌で強者にすり寄ったほうが効果的かもしれないのだ。
「あの、魔王城を捜しておられるんでしたら私を連れて行ってもらうのは難しいでしょうか?」
「全然大丈夫ですよ。そもそも誰も簡単に見つかるとは思ってないですからね。今回はこのあたりで引き上げるだけのことです」
――よっしゃあ! いけるやんけ! これ!
「わあ! ありがとうございますぅ!」
希望が見えてきた月は満面の笑みを浮かべた。




