人ならざる者
トラックに衝突されて宙に舞った瞬間、意識はその場で凍り付いた。
衝撃が内蔵や骨に伝わる、全身から血の気が引いていくが麻痺してるのか痛みが伝わって来ない。
(あーこりゃ死んだー)妙に客観的な自分がいる
このまま地面に叩きつけられればそれで終わりだ。
(まっ、最後はこんなものか)
吹っ飛ばされて目を瞑ったままだが、浮いたままの感覚が消えない
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。)
「・・・長くないか?」
何時までも次の衝撃がこない、ふっとばされた勢いのまま落ちている
立ち眩みの様な不安定な方向感覚。
ふと薄目を開けた瞬間、状況を察した
宙に放り出された私は加速度を伴ってあり得ない速度で落下を続けている。
「うわぁーーーーーーーーーーーーーーーーー」
まるで成層圏の上層にでも放り出されたかの様な衝撃を受けた
勿論スカイダイビングの経験などあるはずがない
何故こんな状況になってるか理解できず混乱する、、、が
1つだけ確かな事はこの速度で落下すれば落ちた瞬間、体は粉々にはじけ飛ぶだろうという事。
(路地でトラックに撥ねられたはずなのに)
意味が分からず落下が続く。
1分、10分、20分。。。
体勢は仰向けの状態で遥か彼方へ落ちる感覚に
もう戻る事のないであろう真っ暗な上空を見つめながら心細さだけが増大する。
瞬間、ガクンと体に抵抗があった、何かパラシュートでも開くとこういった感覚かもしれない。
急に落下速度が落ちた、風圧が変わったのだ。
目を凝らすとそこは濃紫色の世界だった、光のない世界で大気が薄紫色にポツポツと輝いている。
落下しながら見える光景・・・恐らく実際は違う見え方なのだろう。
そこからは風圧の抵抗が低くなりズブズブと落ちていく感覚になる。
海底に沈んでいくような状態だ。
トラックに撥ねられた後それが一瞬の出来事なのかそれとも実際の感覚通り
数十分の事なのか?これが脳の見せてる幻覚かは分からない
やがて延々と落ち続けるのにも慣れて自分の状態が目に入った。
周囲の大気が私の体に纏わりついている。
「!!」
暗闇の中、時折紫色に光る空間で其処に映ったのは
ボロボロになった服とゾンビのような私の体だった。
皮膚が爛れ、所々骨が見えている、今も皮膚が溶け出して剝がれていっている
す~っと意識が飛びそうになった。
「あ~もう死んでるわ、、この紫色、毒素か」
(強酸か毒物の強い気体なのか、、、まるで毒の沼だ)
しかし痛みがない、この状態ならとっくに痛みで発狂して魂は抜けるものだろう。
強力な全身麻酔でどうとかなるようなレベルじゃない。何故生きているんだ?!
骨が所々むき出しになった手で顔に触れると顔もボロボロの状態だ、眼球も右側は溶け出している。
口元は歯がむき出しとなり昔治療した差し歯や詰め物も溶けてなくなっている。
どこのゾンビだ! まさにホラーだ。
(~痛みや苦痛を感じる事無く消えたい。。どこかで聞いたフレーズが一瞬頭を過ぎった)
「は、、、ははは。。。」
よくは解からんがこのまま溶けて消えていくのだ、、、誰にも看取られないのは変わらんか。。。。
私はそう悟った。
全てを放棄する、せめて人としての尊厳を保ちたい。為されるがまま、そうだ、これでいいんだ
幼稚園、小学校、中学校・・・・懐かしい日々が順々に思い出される。。。これが走馬灯って奴か。
その中で私は思い出す、学生時代、未来に夢を抱いていた情熱を。。。
そう高校3年まだ17歳の秋だった、進路は学校推薦が決まって試験と面接が来週に迫っていた時だった。
放課後、久々に美術部に顔を出した私は後輩の平井さん(女子)にグランドの隅でバドミントンでもしましょうと誘われた。
彼女は見た目、眼鏡っ娘で肩までの髪が清楚な印象があって結構男子にも人気がある。
スポーツも得意らしく美術部にはもったいない人材と周りには言われてるらしい。
「ね、偶には体動かすのも悪くないっしょ♪」
「いやいや片道10kの自転車通学は結構な運動になるんだって(^^;」
「結局、大学には進学しなかったんですね?」
「行きたかったんだけどねw」
「今、就職難だからさ」
「俺、まずは安定した仕事に就きたいんだよ」
「真面目なんですね~」
「私はもっと先輩の描く絵が見たかったな。。。」
「ま、こんな性格だからね(^^;目立たず普通が一番幸せじゃないかって思ってるんだ」
「う~ん、勿体なくありませんかぁ?」
「まっ、しょうがないよ~(´・ω・`)」
「そういえば秋のコンクールに出す絵はもうすぐ完成するんだっけ」
「今度見せてね」
「はい結構自信あるんですよ~(≧▽≦)先輩に見てもらえると自信つきます」
「直すとこあったら評価よろしく♪」
「うぃ!」
俺たちは簡易ポストにネットを張ったあと
羽を打ち始めた、暫くして
一瞬、一陣の風が吹いて羽が横の銀杏の枝に打ち上げられ引かっかった。
「やば!」
「あちゃぁ~(*‘ω‘ *)」
俺は体育倉庫から梯子を借りてきて木に衝立して3m程の高さの枝先の羽を取ろうとしたんだ。
「先輩!!」
「え?あっ!!」
俺は梯子から枝に片足ついて手を伸ばした弾みで体勢を崩しフワッと空中に放り出された。
目をつぶり、、、そうだ俺はこの後、保健室に担ぎ込まれ先生達にかなり心配されて怒られるんだっけ。。。
って、えっ
踏み外したままの自分が何時までも落下している!
「うわあああああああ」
何が起きてるんだ、たった3mの高さだろ!
その時一瞬にして頭にこれから辿る人生がフラッシュバックする。
(あれ?何でこの時の記憶と重なるんだ?)
(俺は17歳?いや55歳でトラックに撥ねられて訳も分からない落下をしてるんじゃないのか?)
脳内がリンクする
その時、私がもうすっかり忘れていた記憶、未来に夢を持っていた当時の情熱が蘇っていく
(あぁ、私にもこんな希望抱いていた時代があったんだなぁ)
走馬灯の中で意識は昔の自分と重なる。
(俺の人生何処で間違えたんだろう・・・)
それは若い頃の純粋な精神を意識を、生きる意欲を思い出させた。
(まだだ!まだ死にたくない、死ねるかよ!)
(俺は何一つ夢を実現してないじゃないかっ!!)
心の中で叫んだ!
しかし事態は絶望的というより何もかもが遅すぎる。
体に目を落とすとその実感だけが分かる
「無念っ!」笑い話にすら成らないってのはこの事だな。。。
そして残ってるだけの眼球に映った視界には
世界が狂ったかのように倍速で流れる時間、まるでビデオの早回しでも見るかのようなものだった。
残った細胞の一つ一つが必死に細胞分裂を繰り返し破損された細胞を修復させようと
節々にカサブタを作り血液が互いを繋ぎ止めようと体の崩壊に必死に抵抗する様だった。
(信じられない、、、こんな事が)
細胞の一つ一つはどれだけ崩壊を繰り返しても諦めずに一生懸命に細胞分裂を繰り返している。
どこか客観的に見ている自分。薄れゆく意識の中で肉体的な痛みも苦痛も感じない。。。
先程までの自分ならそれを受け入れられずにさらに混乱したのかもしれない。
しかし俺は生きたい!冗談ではない、体だってこんなに必死で生きようとしているんだ!!
このまま消えるという事はこの細胞たちも一緒に消滅するという事。
(そう考えた時、頭の中が真っ白になった・・・・・)
どうしてこうなった!後悔と苛立ちと怒り、何処へぶつけていいか分からない感情が爆発しそうだ
(なにか手は、手段はないのか)
(死にたくないっ!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!)
頭の中が生への欲求で埋め尽くされていく。
「何とか・・して・見せろよ!」
枯葉てた眼球から一滴の水が滲んだ、それは恐らく悔し涙だったのだろう。
為すすべなく、このまま溶けて消えようとした時
1つの細胞がその魔毒、強濃度の魔素を取り込んで魔細胞へと突然変異を起こし周囲を照らすかの如く輝いた。
瞬間、細胞間のシナプスが活性化を始めた。
魔細胞から伝達された情報は周囲の細胞へと感染していく。
急速に全ての細胞が魔細胞に変化を始めた。
それは心臓や脳、一滴の血液も例外なく、周囲の強濃度の魔素を取り込みながら
細胞分裂を繰り返し体が作り変えられていく
まるでカラカラに乾いたスポンジを水に落とした様にドンドン魔素が吸収され細胞分裂のスピードが加速する。
欠損された主要気管が復元されていく。。。そして遥かな時間が費やされた。。。
それからどれ位の時が経ったのだろう
落下するスピードは木の葉が舞い散るような状態になり俺はそこに漂っていた。
(生きて、、、いる)
そう思った時、そこに透明な床が形成された。
静止した空間の中で俺は自分の存在を確認した。
なにが起こったのか分からないが
どうやら意識がある、体もある。死んでないのか?まさか死後の霊界じゃないよな?
俺は床に地を付け二本の足で立ち上がった。
頭の中が信じられないほどスッキリしている。
まるで長い長い悪夢からやっと覚めたような気分だ
(とりあえず自分の居場所を確保しないと。)
そう思った時、俺を中心にした半円球状のドームがパぁっと一瞬で形成された。
広さは丁度、体育館位だ。
紫が濃くて周りが見えない、、、瞬間、まるで化学反応を起こしたように
ドーム内の気体が真っ白に透明化した。何もないドーム空間がそこにある。
此処に光源はない。しかし白い空間、、これが無の空間なのだろうか?
何もなければ真っ暗だと思っていた。
否、真っ暗な闇も光があってできる影なのだ
光がなければ影も出来ない。
ここは何もない空間なのだ不思議な閃きが脳をそう結論付けていく。
ふと自分の体に目を落とすと何も着ていない、服は溶けてしまったのだろうか?
いやそれよりも肌の色が濃い紫色なのだ。。。
「悪魔かよ!」思わず自分でつこっんでしまった。
何故か若い頃の感覚が蘇ったような感覚がする。
全身像が見たいと思ったらシンプルな姿見鏡が正面に現れた。
スーっと下の方から目の前で形成される。
ここは深く考えたら負けだ、一端考える事を放棄した。
そして鏡に映った自分の姿を見た
「っ!!」
言葉もない
そこには凡そ恐怖を象った悪魔とでもいうしかない姿があった
紫色の肌と頭の左右には巨大な角が生えた獰猛な悪魔の姿そして金色の瞳。
角は真っ黒で根本が湾曲し鋭利に天へと向かって伸びている。
その姿を見た瞬間、心臓がバクバクと高鳴り次第に凍り付いていく感覚に襲われた
自分の姿なのに直視できない!俺の精神が現実を受け入れられない。
俺は目を背け、一歩後ずさりした
そこに一瞬で形成された椅子に倒れこむように腰を落とす
「はぁはぁはぁ・・・ヤバい」息が荒くなっていく。。。
此処が保健室はおろか地球でない事を嫌でも理解せねばならなかった。
こういった化け物が地球に存在するはずがないのだ!
(ここは地獄か?いや魔界なのか?)
落下する記憶の中でゾンビのように溶けていった記憶がありありと蘇る
あれが夢とか死んだ後の経験にしてはリアルすぎる光景だ。
しかし一切痛みを感じなかったんだ、余計に夢の疑いがあるが、
明晰夢とは違い、明らかに実感を伴っているから厄介だ。
夢ならば何処までが現実だというのだ?
ましてやこの悪魔の様な姿はどう説明すれば良いのだろうか?
何もかもが想定外だ。
我思う故に我有り・・・そう、記憶を頼りに結論づけるしかない。
少なくともこれが地球上で起こってるとは到底考えられない。
まるで落ちる瞬間次元の狭間にでも落ち込んだとでも考えた方が自然ではないのか?
更にそれより問題はここの空間や都合よく出現している鏡や椅子の方だろう。
物理現象をまったく無視してるのだ。
謎だけが増していく。
これも場違いな空間と幻覚とかによるものだろうか?
暫く考え抜いた挙句、延々と悩んでも仕方ない、
答えを出さないと先に進めないのだ。いったん異世界にでも飛ばされたと考えるべきか。
安直だが記憶にある異世界漫画を思い出しそう考える事にした。
しかし異世界ならお決まりの神様や案内人、召喚者が居てもいいはずじゃないかと思ったが
周りにも何ら気配がないし出て来る気配もない。。。
いやこの状況ではむしろ出てきた方が不自然かも知れない。
すでに悪魔の姿になってるし。。。自分の記憶にも自信が無くなってくる。
・・・・やれやれだ、
・・・・・。
・・・自分のなかで何かが変化していっているのが解る、不思議な感覚だ。
俺は目を瞑りしばらく考えを落ち着かせる為に休むことにした
・・・でもこの時はまだ本当の意味での事の変化の重大さに気付いていなかったんだ。




