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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
第11章 明るい宮廷工作
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416 全裸、入浴する

 こうも寒い季節が続くと、日々の楽しみになるのはやはりお風呂だ。


 元々俺はあまり風呂に執着する様な人間ではなかった。

 体を清潔にできて洗い流せればそれでいい、ぐらいに考えていたものだが、同じ元の世界からやってきた雁木マリは違う。

 彼女はどうもこのファンタジー世界のお風呂事情が耐えられなかったらしく、ブルカの街で一緒に過ごしている時も公衆浴場に俺たちを誘ったものだ。


「それにゴルゴライの街でも、マリはクワズから黄色エルフの賢者を呼び寄せて、公衆浴場の設計をやらせたぐらいだからな」

「するとこの城館のお風呂も、ガンギマリーさまの発明が生かされているという事ですね」

「まあ、そういう事になるよね。後きみ、意外と着痩せするタイプでビックリしました」

「お戯れは、床の中だけにしてください全裸卿閣下……」


 ゆったりとしたリンドル杉の浴槽に浸かりながら。

 上機嫌に俺がアップルスター卿に説明をしたところ、すげなく彼女は薄幸そうな笑みを浮かべて釘を差してきた。


「アレクサンドロシアちゃんはあの性格だろう。質実剛健で、いざという時の防御力と寝起きさえできれば多くは望まないと彼女は言っていたんだけどね。さすがにお風呂の魅力にはあらがい難かったと見えて、小さくてもいいから先に湯船をひとつだけ冬のうちに用意させたんだ」

「それがこのご家族だけが入ることのできる浴室というわけですね」

「これと同じ構造で、もっと大きなものを本館と大聖堂にそれぞれ用意するらしいよ。サルワタの冬はとにかく寒いから、きっとみんなも喜ぶだろう」


 実際にハーレム大家族の評判は上々で、カサンドラはいつも俺やタンヌダルクちゃんを誘って入浴するのが日々に日課になっている。

 猟師小屋で生活していた頃を思えば考えられないほどの贅沢だが、将来は大家族全員が同時に入れるものを本館に作りたいと雁木マリと話し合っていたぐらいだ。

 大きな浴槽ともなれば薪の数も大変なことになりそうだ。ッンナニワさんの仕事は増え続けるだろうか。


「何れにせよ、他の奥さま方がこの浴室を社交の場になさってる事は存じ上げております。ここにわたしを閣下がお誘いになったという事は、本当にわたしを家族同然として扱ってくださるのですね」

「家族同然というか、カサンドラが家族会議で承認したんだから誰も文句を言わないさ。きみは家族だ」

「はい、ありがとうございます……」


 俺が湯船に浮かぶ二つのりんごを見やりながらそう返事をすると、アップルスター卿は頬を朱に染めながらそう返事をした。

 聞けばハーレム大家族が活発に活動している日中や夕刻は、あまりアップルスター卿はここを利用した事がなかったらしい。

 もちろんそれは俺たち家族に対する遠慮もあった様だが、


「わたしが決まって利用させていただいていたのは、朝方が多かったと思います。誰もいない静かな場所でゆっくりとお湯に浸かっているのは、何だかとても幸せだったので」

「じゃあきみをここに誘ったのは申し訳なかったかな」

「お、お戯れが過ぎます。閣下の妻とお認めくださるなら、どうぞまたお誘いくださいませ」


 伏せ眼がちなそんな彼女を流し見していると。

 湯気に視界を阻まれた脱衣所の方から、にわかに騒がしい黄色い声が聞こえてくるではないか。

 一瞬だけ俺の顔を確認したアップルスター卿は、何が起きているのかを考えている表情に切り替わった。

 もちろん声の主たちは俺が呼び出した人間だ。


「閣下?」

「大丈夫だ、心配しなくても暗殺者ではないから」

「それはわかっておりますけれど、これはいったい……」


 ひとつ目にすぐわかる声の主は女魔法使いだ。会話の中に「おちんぎん」などというフレーズを挟んでくるのは彼女ぐらいしかハーレム大家族には存在しないからな。

 ふたり目も家族ならすぐわかるというもので、かもかもと連発しているのでこれはモエキーおねえさんだった。

 問題は最後のひとつ。

 これまで俺が聞いた事もない様な明るい声でキャイキャイ一緒になって言っているので、いったい家族の中の誰だと驚いたぐらいだった。


 いや、正確に言えばここにくる様にと呼び出したのは俺自身であるから、その面子は割れていないとおかしい。

 だが呼んだはずの人間の声ではなかったので、俺が驚愕してしまったというわけである。


「閣下、何でそんな惚けた顔をしてこっちを見ているんですか。今夜はアップルスターさんのお相手をしているんだから、わたしの体をジロジロと見るのは失礼というものですよ?」

「うるさいよっ。別にきみをマジマジと観察していたわけじゃないからな。ちょっと驚いてしまっただけだ……」


 浴室に姿を現したのは、果たして声の想像通り女魔法使いとモエキーおねえさん。

 そして最後に意外な声音を発していたのは、どうやら巨人のメイド・ケイシータチバックだった様である。


「旦那はもしかして、あたしの声だと思ったのかい?」

「いやそれはない。きみはふたりきりの時だって、声を我慢するような女じゃないか」

「そ、それをみんなの前で言うのかい?!」


 三人の女性を引率してきたマイサンドラが、俺とアップルスターが仲良く湯船に浸かっているのにジト眼を送りながらもその中に加わる。

 俺が意外そうに視線を送っている事に気が付いた巨人のメイドは、気恥ずかしそうにしてお股を隠しながら立っている。

 普段はあまり口数が多くないから、誰が来のかと驚いてしまったよ……


「マイ・ヌードがわたしにご命令があると聞いて、参上つかまつりました……」

「ケイシーさんも遠慮せずに入った方がいいですよ。こんな寒い季節に全裸だなんて、そんなの閣下ぐらいですから」


 むしろきみは少し遠慮を覚えなさい。

 近頃はズケズケと俺の懐内に入り込む様に遠慮がない女魔法使いだ。


「失礼するかもです」

「わたしたちを呼び集めたという事は、いよいよテールオンのお后さまを暗殺する算段を考えるっていう事だね?」


 ザバザバと湯船に浸かった一同は、改めて互いに顔を見合わせて無言になった。

 どこから切り出していいものか考えていると、マイサンドラがズイとアップルスター卿に顔を近づけるのだ。


「な、何でしょうかマイサンドラ奥さま」

「ふん、この女が裏切る心配はもう無くなったというわけだね。それと、あんたも奥さまのひとりなんだから、遠慮なく好きに呼んでくださいな。腐ってもあんたはお貴族さまなんだろう」


 どうやらアップルスター卿が助けを求める様に俺の腕を掴んできたのを見て、もはや心配する必要がないと踏んだらしい。

 してみるとモエキーおねえさんだけが少し不満な表情をして、


「わたしだけ、まだかもです」

「かもじゃありませんモエキー奥さま。まだわたしもマイ・ヌードからお情けをいただいていませんので」

「そうかもです。お互いに頑張りましょう!」


 などと明後日の方向に会話が流れそうになる。

 張りのある巨人メイドの山の連なりに眼を奪われる事しばし、奥さんたちの白い眼を察知した俺は咳払いをひとつして、言葉を探した。


「ベローチュやマイサンドラとも話し合ったのだが、」

「続けてちょうだい旦那」

「年が明ければ王都よりアレクサンドロシアちゃん召還の勅令が下されるのは間違いないだろう。ただその時期は新年直ぐに王都を発ったとしても、どの経路を辿るかで時期は色々と変わってくる」


 俺の言葉に耳を傾けたみんなは、静かに次の言葉を待った。


「戦時下という事を考えて、国王の勅使が危険なルートをわざわざ通るとは考えられない。基本的には王様の代理人なんだから、誰も手出しをしやしないだろうが、宿泊もままならない様な荒廃した土地を移動するとも考えられないからな」


 現在、ブルカ領とサルワタ領邦の間に横たわっているブルカ街道沿いの領地は、完全に盟主連合軍側が占領下に置いている。

 ただしそれは実効支配領域だというだけで、そこに村人たちがまともな生活を送っているという意味ではないので、あるのは荒廃した家々と畑だけだ。

 情報によれば冬籠もりに失敗した熊や獰猛な獣たちも姿を現しているらしく、ワイバーンだけが戦場跡地を跳梁跋扈しているわけではないらしいからな。


「ベローチュの見解によれば、こう言った場合は勅使の宿泊施設を確保できる南ルートでサルワタ領邦を目指すだろうという事だ。ブルカ領の南部でもかなり盗賊騒ぎや治安悪化の情報が漏れ聞こえてくるところを考えると、王都を経った勅使ご一行は、辺境南西部を経由してオッペンハーゲン、ベストレ、セレスタとリンドル往還を使ってゴルゴライに至る事になる」


 国王の送り出した勅使であるから、基本的にはガーターベルトフォンギースラーさまを迎え入れた時の様に王様の代理人という扱いでその使者を迎え入れる必要もある。

 などと、受け入れる側はやるべき事が多岐にわたって、ずいぶんと面倒くさいものらいしいね。


「ありていに言えばサルワタの開拓村まで下向する時間はひと月以上はかかるという寸法ね。だいたいふた月は無駄にかかるんじゃないかしら?」


 王都にも行った事がある人間は唯一この場でアップルスター卿しかいなかった。彼女はすぐにもマイサンドラの質問に応えてうなずきを返すと、俺の方に視線を向けた。



「今、王都中央の情勢を探るためにカラメルネーゼさんが上洛している事はみんなも知っていると思う。もしも彼女が考えていた最短ルートでの王都とサルワタを結ぶ連絡線が事実で、今後も利用可能なのであれば」

「すぐに知らせが届けられるというわけですね、閣下」

「そうだ。今のところ王都に向かった彼女から何ひとつ便りは届けられていないが、さすがに向かって時間が経過したから、王都周辺での情報収集網は確立しつつあるんじゃないかな」


 貴族軍人であり奴隷商人という顔もある蛸足婦人の事だから、その辺りは俺が想像するよりも上手くやっている可能性すらある。


「きみたちには、もしも勅使出発の報が蛸足奥さんから届けられた際は、俺たちがサルワタを出発するよりも先行して王都に向かう準備をしてもらいたい」


 アップルスター卿は護身剣術の達人だ。

 そして後宮へ実際に出入りした事のある数少ない人間だから、作戦計画を立案するためには必須の存在でもある。

 ただし集団戦闘や野外が戦場になった場合は尻が甘いというか、彼女は守られるべき立場になるだろう。


 そこで野外行動の専門家である猟師のマイサンドラと、それから攻撃力なら奥さんの中でもズバぬけて優れている女魔法使いを護衛に付けようと考えた。

 あるいは身辺警護のエキスパートと言えば弱兵リンドルの呼び声高い中で、唯一マリアツンデレジアが頼りにしているケイシータチバックさんならば、しっかりとアップルスター卿を守って王都へ送り届けてくれるかもしれない。


「あの、わたしはどちらかと言えば文官かもですが……」

「確かにきみは、誰がどう見ても文官だよね」

「そ、その通りかもです」

「だからきみに期待しているのは軍人としての役割とは別の部分だ」


 モエキーおねえさんの実家は、カレキーおばさんが経営している両替商だ。

 現在はサルワタ領邦の御用商人として、他領で同様の役割を担っている商人たちと情報共有をしている。

 リンドル西岸流域の支配領域も同様であり、補給物資を送り込むために今も街道の最新情報についても握っているはずだ。


「その辺りの情報を手に入れたい。場合によってはブルカ領南部の最新情報も、彼女たちが出立する前にできる限り手に入れておきたいからな。オッペンハーゲン方面についても同様だ」

「わかったかもです」

「情報収集にお金が必要な場合は、ベローチュやカレキーおばさんと相談して自由に使ってよろしい」


 最後に全員の表情を確認して俺がニッコリと笑顔を浮かべる。

 終始不満そうな表情をしているマイサンドラを見やると、女魔法使いがほら閣下が見てますよと声をかけているところだった。


「工作員としての経験が豊富なマイサンドラを現地のリーダーに指名する。きみたちは彼女の指示に従って、暗殺任務が可能な環境づくりをしてほしい」

「旦那の頼みじゃなかったらお断りしていたところだよ」

「お礼に何か欲しいものがあれば言ってくれ。きみだけがたよりだ、頼んだぞ」

「ん。そんな風に言われれば、ますますお断りできないよ」


 後日何を請求されるのか。

 意味深にニヤリとしたマイサンドラに肝の冷える思いをしながら、腕を伸ばしてくる彼女のされるがままにした。


 浴室を出ると、家族の寝室へと向かう。

 俺と女魔法使い、モエキーおねえさんは寝室に、他のみなさんとはここでお別れ。

 すでに家族の大半が就寝している頃合いだろうから、静かに寝室の中に足を踏み入れた。


「みなさんお休みの様ですね」

「けもみみの姿がないが」

「今夜は当直でお出かけかもです。ニシカさんは、たぶんどこかで晩酌をなさっているのでは……」


 みんなを起こさない様にと寝台の間に女子二人がそろって入り込むと、モゾモゾとカサンドラが寝返りをうった様だった。

 静かに毛布をかけなおしてやりながら、俺たちも毛布の中にくるまる。


 年が明ければ忙しくなる、か。

 奥さんたちの中から先発組が出発すれば、俺たちも遅れて王都を目指すことになる。

 そうなればしばらくまた城館を離れることになるが、俺がこのファンタジー世界で平和を手に入れるのはいつになる事やら。


「それは閣下が全裸王朝を建国なさった時じゃないですかね?」

「平和は勝ち取るものだと、養女の君が言っていた、かもですね」


 暗闇の中、女魔法使いとモエキーおねえさんの言葉を耳にした気がする。返事をするのがわずらわしかったので、ふたりの頭を代わりになでておいた。

 気が付けば意識を手放して、俺はいつの間にか深い眠りについていた様だった。


 そうして朝を迎えた時のことだ。

 いつもの様に早くに眼を覚ました俺は、まだ寝静まっている寝室を静かに退出したのだけれども。

 その直後に別館の廊下を足早に近づいてくる男装の麗人の姿があった。


「ご主人さま! こちらにおられましたかっ」

「おはようベローチュ、昨夜は寝室に戻ってい無かった様だがどうしたんだ?」

「実はニシカ奥さまと城下に出かけていましたが、それはまた後ほど。先ほどサルワタの物見塔に狼煙があがるのを確認しました! 恐らくゴルゴライ方面から急報を知らせる何かがあったのかと」


 こちらへお越し下さい! と俺を誘う男装の麗人の後に続いて。

 俺は急ぎ足で別館の階段を最上階に向けて急いだ。

 この時期に戦争を再開する動きがあったとは思えない。

 とすれば、何か別の報がこちらに届けられるという事だろうか。


「カラメルネーゼさんが何かの知らせを伝えてきたのかな」

「可能性はありますが、狼煙だけではなにぶん情報不足でして……」


 男装の麗人が指さす先、確かに林の向こう側に見える石塔から狼煙があがっているのが確認できた。

 曇り空に上がる黄色く延びる煙は、家族の誰かを知らせる方だ。

 ……もしかすると、カラメルネーゼさん本人が帰還したのだろうか?

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