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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
第11章 明るい宮廷工作
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417 全裸、驚愕する

更新、長らくお待たせして申し訳ございません!

 その狼煙はゆっくりとサルワタの石塔から上空へ立ち上っていた。


 煙の色を見る事である程度はそれが何を意味する速報なのか知る事ができる。

 俺の眼前で立ち上ったそれが黄色く濁り気味である事から、ハーレム大家族の誰かが本拠地に帰還した事を知らせているが、それが誰なのかまでは続報を待たなければわからない。

 もともとワイバーンの来襲を周辺に知らせるために作られた石塔の狼煙台だ。

 素早く燃え上がる着火剤を使った黒煙の狼煙でもなければ、あまりその辺りの事を誰も重視してこなかったのだろう。


 してみると、この狼煙は第一報を知らせるものであって必ず次の続報がやって来る。

 このファンタジー世界でも情報伝達手段はそれなりに整備されているのだ。

 伝令や武装飛脚を使った早馬に、魔法の伝書鳩という通信手段は俺たちも日常的に利用している。


「問題はこの天候で、早馬や伝書鳩がまともに飛ばせられない事だな……」


 けれどもグラード別館の最上階テラスから見える眼下の景色は、銀世界に閉ざされていた。

 低い場所までどんよりと広がった雲にしたところで、サルワタの石塔から昇る狼煙はともかく、その向こうにあるクワズの村のものは見えないだろう。


「今朝がたは吹雪いていましたからね。訓練された魔法の伝書鳩は夜間を飛ぶ事も難しくありませんが、さすがにこの天候では厳しいでしょうご主人さま」

「街道も、昼間のうちは領民が往来するから踏み固められている。陽が落ちれば冷気と風でコーティングされて滑りやすくなってるだろうしな。軍馬も馬車も論外か」

「はい。馬や鹿といった家畜は雪上を不自由なく行き来する様にはできておりませんので」


 寒さで身震いしながらサルワタ方面を睥睨していると、傍らに控えていた男装の麗人がモコモコの外套を俺の肩にかけてくれる。

 ここにいて状況を観察していても、これ以上新しい情報は得られないだろうな。

 そう判断した俺は「ありがとう」と彼女に言葉をかけながら、背中を丸めて館内に引き上げる事にした。


 すると最上階のテラスに新たな人影が加わるじゃないか。

 館内やテラスが騒がしくなったのを見て、最上階の特別なプライベートルームを与えられているガーターさまがひょっこり顔を出したのである。


「あら全裸。何事ですか?」

「たいした事ではない、家族が帰って来たという知らせだよ」


 凍り付く様な微笑は今朝も相変わらずお人形さんの様に美しい。

 けれど表情が張り付いているのはきっと普段のおすまし顔が故だけじゃないだろうな。

 あまり寝起きに寒い場所にいるのもどうかと思うので、側仕えのアルフレッドと男装の麗人がお互いに黙礼しているところを見届けた後に、部屋に戻る様にと合図を送った。


「ぜ、全裸。今どこを触りましたか?」

「どこでもいいから早く中に入りなさい。それじゃあ俺はお出迎えのために本館に向かうから、お昼の食事までには身支度を整えておく様に」

「唇に触れるより先にお尻とは! 厚顔無恥にもほどがあるわ!」

「へ、陛下。旦那さまたる全裸卿閣下のされる事なのですから、その様な態度はおやめになってっ」


 意図したわけではないけれど、おかしな場所に触れてしまい朝から王族奥さまは癇癪を起したらしい。

 俺はやりきれなくなって後の事はアルフレッドに任せると、男装の麗人を連れて館内に逃げ帰った。


「王様はあれの旦那さんをやっていたんだよな。大変だっただろう」

「それはどうでしょうご主人さま。国王が大変だったのは恐らくガーターベルト奥さまが何を考えているのか理解できないという点だったはず。ご主人さまには心を開いておられますので、その点ご主人さまは幸せと言えるかもしれません」

「そういうものかね……」

「妻たる者の心を知らないというのは、例え王侯貴族であっても褒められたものではありませんね。高貴な身の上の人間は結婚もまた政治であるからこそ、その辺りは大切にしなければ血族同盟の破綻に繋がりかねないわけです」


 そうして事実、その同盟は破綻してガーター奥さまは下野されたわけです。

 別館の階段を降りながら俺の背中にそう投げかけてくる男装の麗人の言葉に、内心肝を冷やした。ある意味で俺も奥さんたちの心を知る努力をしなければ、きっと同じ轍を踏むと言われている様な気分がしたからだ……


 増え続ける奥さんの存在に、けれども何事も順番を大切にしなければならないと念仏の様にブツブツ言いながら、寝室に戻り着替えをベローチュに手伝ってもらう。

 家族はまだ深い睡眠の中にいたらしく、寝返りで衣擦れする音やスヤスヤと立てている寝息を耳にしながら、静かにその場所を後にした。


 本館と繋がる渡し橋を移動する。

 警備に当たっている女性兵士たちにニッコリ挨拶をして通過すると、館内はにわかに狼煙の報を受けて帰還する家族の受け入れ態勢に忙しそうにしていたのだ。


「何かあれば俺のところに報告を回してくれ。他の奥さんたちはまだ就寝中の様だからな」

「わかりました旦那さま。アレクサンドロシアさまだけは執務室で夜を過ごされた様ですが、お伝えしますか?」

「俺が伝えるからそれはいい」

「かしこまりました。ではただちにエルパコ奥さまと協議して、サルワタに向けて伝令を走らせます」

「わかった」

「冬場ですが四半刻もあればじきに一報を入れられるかと」


 執務室で朝のお茶を用意してくれる使用人頭のルクシちゃん、それに男装の麗人に指示を飛ばし送り出すと、ドッカリと椅子に腰を落ち着けた。


 いやいや、落ち着いている場合ではない。

 ルクシちゃんが言っていた様にアレクサンドロシアちゃんは夜遅くまで執務室で何かをしていたらしい。

 誰もいなくなった執務室をぐるりと見まわした後に改めて立ち上がる。

 そのまま隣の領主奥さんの部屋に繋がる扉の前まで移動すると、ノックをせずに中へと入った。


「本来ならば礼儀違反だけど、まあ何かをしている気配も感じられないしな」


 いつもなら愛娘カールブリタニアの寝顔を見るのが楽しみで、いそいそと夜が更けると仕事部屋を引き上げるのが彼女の日常だけれども。

 やはり王都への召喚命令が控えている事もあって、考える事も山積みなのかも知れない。

 などと薄暗い彼女の執務室を見回すと、どういうわけか机の側には彼女の姿はなく、安楽椅子も主不在のままだった。


「ああ、簡易ベッドで寝ていたのか。書類を巻き散らして何を調べものをしていたのかな」


 応接ソファではなく暖炉の前に引っ張り出された簡易の寝台にぐったりと身を横たえているアレクサンドロシアちゃんを発見して、俺は安堵した。

 わずかに口を開けてスウスウと寝息を漏らしている。

 眉間にしわを寄せて熟れたお胸を抱きしめる様に腕組みして睡眠をとっている辺りがいかにも彼女らしいけれども、毛布ははだけて寒そうだな。


 領主奥さんに風邪でも引かれれば大変だと改めて毛布を掛けてやったところで、簡易の寝台に腰を落としながら散らばった書類のひとつを摘まみ上げた。

 燭台の蝋燭は火が消えていたけれども、暖炉のまだ燃えている薪に照らせば文字ぐらいは判別できる。


「デルテ騎士爵からの書簡? 新領地への移動に伴うマタンギの村引き渡しの時期について、か。……こっちは何だ、クワズのアントンじいさんから息子のお見合いが中止になって誠に残念だ? これは春季攻勢に伴う増援の要請か、ギムルからのものだな……」


 散らばった書類や巻物を集めて整理していると、ふと背後の寝息が止まったのを感じた。

 独り言に反応してアレクサンドロシアちゃんが寝返りをうったらしい。

 腕組みを解いた彼女が、わかってか知らずか俺の腰に身を寄せて腕を回してくるじゃないか。


 新年を境にマタンギ領主のデルテ夫妻は新しい領地へと移封となる。

 それに際して細かな取り決めをするために、一度会って話したい旨が最初の書簡には書かれていた。

 具体的には新年の挨拶を行うために年が明けて一番に、アレクサンドロシアグラードに入城するとある。もはや君主さまに対するご機嫌うかがいの様な態度であるが、辺境東北部において領主奥さんは事実上の旗頭みたいなもんだからな。

 もはや周辺がアレクサンドロシアちゃんの影響下に置かれているデルテ卿にとっては君主も同然なのかも知れない。


 そしてダリエルパークさんがお見合い中止を嘆いている手紙は、恐らくジンターネンさんがすでにタマランチさんと懇ろである事が発覚して候補から外れた件を指しているのだろう。

 他にも何人かのお見合い相手がいたはずだけれど、ダリエル卿はジンターネンさんが年上女性だというのをえらく気に入っていたからな。

 アレクサンドロシアちゃんに対する謝辞を並べつつも、不出来な末子とクワズを盛り立ててくれるのは姉さん女房でなければならないと念押しが綴られていた。

 果たしてエクセル卿の本意はどこにあるのだろうか。


 最後の春季攻勢に伴う増援要請についてだが、辺境が雪に閉ざされた今時分にあっても小競り合いが絶えない事を切に訴えているものだった。

 イジリーの村周辺の統治状況に影響はないものの、住民不在の空白地帯になっているアナホールやシャブリンなどの村々は、またぞろ野盗などが出没しはじめているとある。

 ギムルの手記には、ブルカ辺境伯側が浸透させた工作員が主導しているのではないかというッヨイさまの見立ては正しいと書かれていた。


 この情報は初見だ。

 どうやら正規のルートを通して援軍を求めるのではなく、最愛の義母に吐露している点が注目に値する。

 正式に増援要請をする前に、義母上の耳に入れておきたく候などと気難しい言葉で締めくくられていたから少し微笑ましい。


「ギムルも自分のプライドに固執せず、己の与えられた命令を遵守しようと考えておるのだ。笑ってやるなよお兄ちゃんパパ」

「あ、起こしちゃったかアレクサンドロシアちゃん」


 振り返れば俺の背中を撫でる様に指を這わせていたアレクサンドロシアちゃんが、面白くもなさそうな顔をして俺を見上げていた。

 ひとつ大きなあくびを漏らしながら、それを反対の手で隠して見せる。


「こう、部屋の外で使用人どもが騒がしく動き回っている様なのでな。それにお兄ちゃんが断りもなく部屋まで入って来たという事は、何かあったのであろう」

「サルワタから狼煙が上がった。色は黄色だ」

「なるほど黄色か。であればお兄ちゃんが送り出したネーゼが帰還したという報告かの」

「他に出払っている家族はギムルぐらいしかいないから、そうなのかも知れないね」

「ギムルはイジリー砦を守備しておる故、その可能性はない。起こしてくれるかお兄ちゃん」

「はいはい、姫君のご命令とあらば何なりと」

「姫などと呼ばれるには大年増に過ぎる。夫も子供も授かっている身なのでな。あっはっは」


 抱き起すとすぐにもずれたガウンを改めながら、アレクサンドロシアちゃんは立ち上がった。

 俺の整理していた書類の束を受け取って、フラつく体のまま安楽椅子へと移動した。

 ポフリと着席したところで、ふたたび大きなあくびを隠しながら手招きする。


「カラメルネーゼの帰還とあれば、これから新年を迎える前は忙しくなるな」

「本当に蛸足奥さんだった場合はそうだな。彼女が戻って来るのなら、もう少し早めに何かの報告があるかと思ったけれど」

「このところの吹雪で単に連絡がまともにできなかったのだろう。あまり気にするものではない」


 貴族軍人時代の同志だった事もあってだろうか、ふたりの奥さんたちは俺にはわからない信頼関係でもあるのかも知れなかった。

 悠長に構えてゆらゆらと安楽椅子を揺らしている彼女を見て、俺もそれほど心配する事はないのかと思ったのだが。


 実際のところ、領主奥さんが自室に戻って着替えてくると引き上げたのを見届けた後。

 俺が自分の執務室に戻って来たところで、あわただしい報告が再びもたらされたのだった。


「ご主人さま、ご報告に参りました!」

「どうしたベローチュ落ち着け」


 珍しく息を切らして部屋の中に飛び込んで来た男装の麗人である。

 その背後に、昨晩の当直警備に就いていたらしいエルパコもひょっこりと顔を出して、ただならぬ気配を撒き散らしているではないか。

 続いてニシカさんも部屋の中にドカドカと入って来たので、これはいよいよ緊急事態だというのが知れた。


 書きかけの書類から手を放して居住まいを改めたところ、ニシカさんを真ん中にして男装の麗人とけもみみが並んだ。


「黄色の狼煙が昇った件については、ご主人さまのご想像通りカラメルネーゼ奥さまが盟主連合軍の勢力圏内に到着したというご報告で間違いありませんでした。現在カラメルネーゼ奥さまは、ゴルゴライの船着き場に到着して、街道を北上中であると思われます」


 それだけではないから慌てているのだろう。

 すぐにもニシカさんに対して男装の麗人がアイコンタクトを送り、その続きを促す。


「だがゴルゴライの船着き場に到着したのは、蛸足ネーゼだけじゃなかった様だぜ相棒」

「……と言うと?」

「昨日の晩から黒いのとふたりで、城下の取締まりに出ていたんだけれどよ」

「取締り……」

「ちょっとした取りものだ。商人の格好をしちゃいるが、どこからどう見ても軍人みたいな動きをしやがるヤツで、怪しいというので通報を受けてオレたちが様子を見に出かけていたんだ」


 ふたりして城館に姿がないと思えば、グラードで捕り物をやっていたらしい。

 その不審人物の自称・商人とやらを取調べてみると、


「どうやらガーターベルト卿を追いかけてグラードまでやってきた、王都中央の密偵だと言うからお笑いだ」

「……」

「ご主人さま。ゴルゴライの船着き場には、同時に王都中央からガーターベルトフォンギースラー奥さまの都落ちを追跡していた者たちが到着した様です。恐らく昨晩の捕り物で捕まった商人風情というのは、ガーター奥さまがご主人さまと結婚したという情報を聞きつけて、グラード城下まで潜入した追手の先触れであったというわけです」

「…………」


 つまりどういう事だと、口々に報告を述べる黄色い奥さんと男装の麗人を見比べたところ、その取調べに立ち会っていたらしいけもみみ奥さんが最後に言葉を言い添えたのである。


「自白させるのにちょっと手間取ってしまったんだけれどね、朝になってその偽商人はこう言うんだ。自分は国王さまの密使だから、この様な扱いをするのは国王に対する反逆だって。それに、ガーターさまはもちろん、勝手に結婚したシューターさんをこちらに差し出せだってさ」

「な、なるほど。それでどうしたんだ」

「そんな手前勝手な命令をぼくが許すわけがないから、安心してよ」

 

 けもみみ奥さんはその言葉を聞いてたいそう不愉快になったらしく。

 これ以上その偽商人がよけいな情報をわめきちらさない様にと、口の中に小石を詰め込んでブーツで蹴り抜いたそうだ。

 結果、歯という歯が全部ボロボロに砕かれて、それ以上口を利けなくなったそうだ。


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