閑話 宮廷に吹きすさぶ風は絶えずして 1
ナメルシュタイナー視点でお送りします。
俺たちが目指しているヌッギの村。
それは、ブルカ北西部に位置するリンドル川からほど近い領地だった。
前線を目指す労働奴隷たちの一団から離れたのは、ブルカの東門を出て一刻程が過ぎてからの事。
それから周辺の村を避けて間道を通り、リンドル川に沿ってヌッギの村を目指す。
だがその足取りは慎重そのものだった。
貴族軍人のタークスワッキンガー将軍は健脚だった。
冒険者のホルゴやクナイは、道中雑談をしながら俺たちを気遣う余裕すらある。
近頃、事ある度に酒ばかり飲んでいた俺は、何とかついて行けた。
けれども元が安酒場の酌婦でその後は客獲りをしていた様なビビアンヌには厳しい道のりだったのだろう。
時折は足を止めて水を欲したり、靴下を交換して太ももをほぐしたり。
誰が手を引いてやるでもなく一行が遠巻きにしていたので、自然とその役割は俺という事になった。
「ありがとうねナメルさん。あたしばかりが足を引っ張って」
「まったくだ。この様なところで休んでいては、いつブルカの巡視隊と遭遇するかもしれないぞ」
「ああいいってば、荷物ぐらいはあたしが持つから……」
べ、別に俺はこの女の亭主を気取っているわけではない。
安全な場所まで連れて行き、幸せな生活ができる算段をしてやると約束しただけだっ。
こうして陽が遠く西の平原に傾きはじめた頃合い、俺たちは集落の近くで使われていたらしい木こりの休憩小屋を勝手に拝借して、床の準備をした。
陽が明ければ早い時間から腹ごしらえをして旅道中を再開だ。
やがて間道沿いの刈り取られたトウモロコシ畑や豆畑をいくつも通り過ぎて、ヌッギの領内に入る石塚を通過した。
大きく迂回する事になってしまったが、おかげでブルカの巡視隊と遭遇する事もなかった。
ようやく俺たちが安堵の溜息を漏らした頃。
林の向こう側に突き立ったヌッギ村の石塔を遠くに目撃する事ができたのである。
「そなたらは姉上の配下にある冒険者だという事だが、そちらの御仁は何れ名のあるお貴族さまであるとお見受けした。何者か尋ねてくる事があれば、よろしく持て成す様にとのお達しだからの。わらわを姉上だと思い気安く休息されよ」
ヌッギの村長屋敷を訪れれば、あの忌々しい売女騎士とそっくりのゴブリンハーフがそこにいた。
名前はエカテリシア。いかにも魔法をこよなく愛している様なローブを纏った年増女だ。
顔立ちは姉妹なのだから面影が似るのは当然として、口調がそのままアレクサンドロシアと変わらないものだから、ますます嫌悪感を覚えるのである。
「俺は王国ブルカ兵団を率いていたタークスワッキンガー将軍だ」
「率いていた、という事は過去形でありますかな。まあそうでなければ奴隷の格好をして、逃走するものでもありませんか。あっはっは」
「残念ながら兵団はすでに戦争開始の直後、奇襲によって四散してしまった。しかしそんな俺に対し、アレクサンドロシア卿には大変なご助力を頂いた。後日必ずこのご恩に報いる必要があるから、公明正大に言って辺境侯に叙爵される様、陛下へは意見具申をするつもりだ」
記憶の中にある売女騎士と違いがあるとするならば、いくらか若返った様な印象だろうか。
それによくよく話を聞いてみれば、口調があの姉よりも少しばかり丁寧だ。丁寧と言っても気持ち程度の事で、嫌味たらしい言い回しと不遜な態度はジュメェの血族共通のものなのかも知れない。
俺とホルゴで売女騎士の妹に船の手配をしてもらったところで、その夜は歓待を受けて眠りについた。
旅の道程そのものは激しく疲れるほどではなかったが、やはり追手を警戒しての足取りは気疲れしたらしい。
将軍と言えど床に入ってからはすぐにも寝息を立てはじめたし、ビビアンヌに至っては俺にしがみつく様に雑魚寝した寝台で眠りについていた。
元気なホルゴやクナイは、どうやら売女騎士の妹と何かしらの雑談を遅くまで楽しんでいたらしい。
だが俺も、疲れと緊張から解放された安心感から来る睡魔には勝てず、気が付けば翌朝までグッスリ寝入っていたのである。
翌朝になって俺たちはいよいよ船に乗り込んで海を目指す事になった。
これもまた王都を目指すためには遠回りをする事になるのだが、貨客船でリンドル川を下っている限りはブルカの接触を避ける事ができる。
仮に船旅の途中で臨検命令を受けたところで、ブルカ領より遥か離れた場所であるなら、いくらでも理由付けをでっち上げる事は不可能ではないのだからな。
しかし問題はビビアンヌをどうするかである。
俺はこの女の生活を、悪所で将軍を匿わせた事によって台無しにしてしまった。
本音を言えば繁華裏の安酒場で酌取り女をしていた事が、ビビアンヌにとって幸せな生活だったとは思えない。
お前はここに残れと告げるべきか、連れて王都を目指すべきかを悩まなければならなかったのである。
「さてどうしたものか……」
ヌッギの村は売女騎士の生家のある場所で現在の村長はその妹が務めている。
ブルカ辺境伯領に程近い領地であるから、表向きはブルカ辺境伯に従う姿勢を見せていた。
だが、内実は援軍要請という名の非常呼集がかかっても、村長の売女魔法使いはあの手この手で軍勢を送るのを回避していた気がある。
「ならばこの土地にビビアンヌを残して、村長に身の回りの生活を頼むというのも確かに方法だ。その上で俺は将軍との約束を果たすために王都へ連れて行く」
これが最善の方法ではないかと考えもする。
あるいは戦禍が拡大すればこの村も無事で済まないのではないか。
悩む、悩むぞ!
などと首を捻っていたのは俺だけの事だった様だ。
「何をしているんだいナメルの旦那。将軍もビビアンヌさんもとっくに船へ乗り込んでいるよ!」
「それは本当かっ。何故俺にひと声かけなかったのだ?!」
すでに荷支度を整え終えて村の船着き場に集まっていた仲間たちを追いかけて、俺は急いで後を追う羽目になった。
間抜けな気分だ。
どうやらビビアンヌは俺とともに王都に向かう気が満々だった様子で、何気ない顔で小ぶりな貨客船の甲板から手を振っているではないか!
まあいい、それならそれだ。
王都であればまさか戦乱に巻き込まれる可能性は無いだろうし、生活基盤を作りにもずっとやりやすいはずだ。
「そなたらには申し訳ないのだが、手配できた船は漁師の小舟よりはマシという程度の貨客船に過ぎなんだ」
「大型船の類はブルカに船籍を置くものばかりであるから、贅沢は言えん。どのみち逃避行をする俺たちには、目立たない船の方が好都合だろうしな……」
微笑を浮かべ見送ってくれた売女魔法使いは、俺に向かってそう言った。
見た目や口調はともかくとして、あの女に比べれば遥かに社交的な態度で接してくるではないか。
ビビアンヌの事を考えれば少しでも大きな船の方が酔いに悩まされる事も無いかもしれないが、こういう態度で接しられている以上は、俺も貴族らしく社交的に返さなければならない。
「重ね重ねお心遣いは感謝する」
「貴公は姉上によって領地を追われた貴族と聞いたが、まことか」
「……そうだ、だが領主間の争いに余人が口を挟む事はない。何れ売女騎士の裏をかいて恥をかかせてやるつもりだから、その際も口を挟まないでいただこうか」
「あっはっは、なかなか手厳しい事を言うの。姉上もとんだ目の敵を知らぬうちにこさえたと見える!」
女だてらに豪傑笑いをしてみせるあたり、アレクサンドロシアの妹というのも納得だ。
エカトリシアは気が済むまで大いに笑って見せた後に、金子の収まった革袋を俺に握らせこう言葉を続けた。
「姉上が何を考えているのかわらわにも見当が付かぬものだが、道中の資金はいくらあっても足りないだろうの。この金はそなたにというわけではなく、国王に忠義を尽くす意味で献金いたす。将軍をお守りして宮廷に委細をお伝えめされい」
「……あいわかった」
「それと残った金は貴公の忠義に対する駄賃だと思って、ビビアンヌとやらと懇ろに過ごす支度に使えばよろしかろう。お幸せにな。くっくっく……」
あっはっは、あーっはっはっは!
嫌な笑いを再びはじめた売女魔法使いに、俺は形ばかりの謝礼を口にして船へと乗り込んだ。
どこまでも忌々しい呪われたジュメェの一族め!
こんなところにビビアンヌを残して旅を再開しなくて正解だ。
戦争が終わって様子を見にここへ立ち寄る事があれば、また売女魔法使いと顔を合わせるハメになるからな。
つい不機嫌な顔で甲板に降り立ったところで、船にかけられていた板橋が外されて出港の号令がかかった。
「ご領主さまと何を話されていたのかいナメルさん?」
「貴様を幸せにするのは義務だからやる事だ、王都までは絶対に眼を離さないからな……」
「風が強くてよく聞こえないよナメルさんっ!」
何でもないと船旅で妙に浮かれたビビアンヌに怒鳴り返し、腕を引っ張って船室へと向かった。
王都へ上洛する事ははじめての経験だし、俺は海を見た事もない。
北の海へ到着した後は船便を乗り換えていよいよ王都へと続く河港から上洛を果たすのだ。
都会が珍しいからと言って、浮かれるんじゃないぞビビアンヌ。




