378 アレクサンドロシアグラード 4
家中の人間たちがコンコースと呼んでいる広い空間を抜けると、この城の本館の外に出る事ができる。
コンコースから四方八方に伸びている廊下の先には、使用人たちの居住区画や警備の詰所、それから政庁として役人が詰める事になっている事務室などがあって、来賓のための部屋や応接室なども用意されている。
それでもリンドル宮殿の荘厳さに比べればずっとささやかなものだろう。
今もこのスペースでは、家財道具や書類の類が人足たちによって運び込まれている。
どうやらその差配を行っているのはソープ嬢であるらしかった。
「ああ! その家具は愛しいひとが購入してくれた大変高価なものだ。ぶつけたりなどしたらいけないぞっ。その書物の類は、アレクサンドロシア義姉さんの書斎に運んでもらえばいい、別館だ。何、自分たちで運べない? 向こうに使用人がいるからお願いするんだッ」
仕事机などはこのまま役人たちの事務室に運ばれていくのだろう。
見た事も無い応接セットは、野牛の里から持ち込まれた真新しいものだった。
それからミノタウロス風とは明らかに趣の違う家財道具などは、カラメルネーゼさんがリンドルで手配してくれたソープ嬢の嫁入り道具の一式だろう。
ここまでやって来る際の馬車列に、彼女は自分の衣装を山の様に抱えていたけれど、それ以外にもフクランダー寺院から買い求めた家具の類は全部運び込んだらしいね……
「やあ愛しいひと。わたしは薄情者ではないから、プレゼントされたものはちゃんと全部運び込んだぞ」
「それはそれは、大変だったね……」
主に労働者のみなさんがね。
見ればニッコリと上品に笑って見せた蛇足麗人の周辺で、全裸奴隷のみなさんが冬場にもかかわらず汗水垂らして息子をブラつかせている。
「こら、置くときはもう少し優しく。な?」
「はっはい、クリスティーソープランジェリーナ奥さまっ」
全裸奴隷のひとりが、息子を隠しながらペコペコしていた。
たぶん優しく「な?」と言われて嬉しくなったのだろう。俺も全裸奴隷だった時は優しくされると息子が過敏に反応して、必死に隠したものだ。
「おふたりはどこに向かわれるのだ」
「ちょっと警備体制の確認で、お城をグルリと一周してくるところだよ」
なるほどお勤めお疲れ様だ。
ソープ嬢は俺たちふたりを見比べた後にそんな言葉を吐いて、すぐにも他の荷物を運んでいる人足たちに別の指示を飛ばしはじめる。
忙しそうだから邪魔しちゃ悪いね。
ニシカさんと顔を見居合わせてそっとその場を退場した。
「蛇女は何であんなに家財道具が多いんだよ。オレ様なんて酒樽と替えの衣装、それから狩猟道具を持ち込んだだけで終わりだぜ」
「酒樽コレクションが嫁入り道具というところが、いかにもニシカさんらしいですね」
「バッカ違ぇ。オレはお前としっぽり夜に、酒を呑むためにだな」
「はいはい。ビールビール」
適当にニシカさんをあしらうと、微妙に不貞腐れた顔で彼女はそっぽを向いた。
コンコースを抜けて細くなった通路を抜けると、そこが本館の玄関口になる場所だ。
「城の本館に出入りするためにはこの玄関口ともうひとつ、使用人たちの通用門がある。この玄関で一応は持ち物検査をやる決まりになっていて、二階に上がる時はさらに武器の所持を厳しく取り締まる事にしているぜ」
「謁見の間に入る時に完全武装の人間とかいたらヤバイですからね」
「そうだぜ。こっちだ付いてこい」
ニシカさんは玄関口を守っている騎士修道会の従士に挨拶をしながら通り過ぎると、そことは別の場所に向かって通路を進み始めた。
意外にもニシカさんはサルワタ関係者の中では顔が広いらしい。
玄関を守っている歩哨の従士たちとも馴染みだったらしいし、それから食材を運んでいる使用人たちとも見知った間柄の様だった。
「警備上の問題はいくつかあるが、見ての通りこの城は出入りしている人間がかなりの数になるという事だ」
「と言うと? 納税のために連れてこられた全裸奴隷のひとがいたり、戦争中に増え続けている新参の傭兵についてとかですかねえ」
「まさにそれだぜ。ここで留守居役をしていた騎士隊の連中は、オレたちが顔を知らなくてもイサの野郎が把握しているだろう。村から集められた女の使用人どもも、今はルクシが束ねているから問題ねえ」
ルクシというのは、確かカサンドラが花嫁修業で村長屋敷に足を運んでいた当時、仲良くなった下女のお姉さんだったはずだ。もうひとりの愛想はいいが俺には懐いてくれなかった使用人の方はお亡くなりになった。
悲しい悲劇の村物語である。
「しかし奴隷どもの数が増えて、新しい傭兵どもがわんさと城館の警備に当たっているのはいただけねぇ」
「そうですね。警備上の問題を考えれば対策は必要だ」
「黒いのと、とイサの野郎とは相談したんだが、城館の警備そのものは野牛と古参の傭兵、それから修道騎士だけやるのはどうだ?」
「賛成ですね。イサさんやベローチュにも後でその旨を伝えておこう。
特に人数が頼める修道騎士のみなさんは城の警備体制の主軸になる事は間違いないだろう。
納得顔をしたところで裏口側までやって来たのだが、ニシカさんはその場所を通り過ぎて納戸みたいな小さな部屋にやって来る。
「あれ、裏口から外に出るんじゃないんですか?」
「その前にここを見てくれ」
「何ですかこの部屋は」
ギイイイイ。
半開きの扉を押して中を覗いてみれば、そこには無口なゴブリンが切り株の椅子に座っていた。
村長屋敷でむかし木こりをやっていたッンナニワさんである。こ、こんにちは。
「ちょっくら入らせてもらうぜ」
「……どうぞ」
「ここは城館で利用する薪を収めておく場所だ。ッンナニワの野郎がオレの留守中も、せっせと森に入って薪を集めておいてくれたわけだぜ」
「なるほど、この部屋の先にも道がありますね」
「向こうは炊事場と風呂の湯を沸かす窯が設置されているそうだぜ」
火気厳禁とご当地の言葉で張り紙がしてある。
確かにここで火の手でも上がれば、大火事に発展してしまう可能性がある。
「これはあんたが書いたんですかねえ?」
「村長さ……アレクサンドロシアさまがお書きになった。俺は読み書きができない」
「そうですか……」
むかしも今も不愛想で無口なッンナニワさんは、俺にそう返事をすると明後日の方向を向いた。
ニシカさんは俺たちのやり取りなどは無視をして、薪の積まれた部屋の壁まで移動すると、跳ね板の窓辺を覗き込んで手招きをしている。
「まずここが駄目だぜ。通気口は必要だが、窓の位置が低すぎる、簡単に外から侵入者を呼び入れる事になるんじゃねえか」
「た、確かに。この高さならエルパコやニシカさんじゃなくても簡単そうだ」
この窓は封鎖する事にしよう。
いや、この種の窓は、考えてみれば本館のあちこちにあるのかも知れない。
後できっちり回って格子をはめ込んで出入りが簡単にできない様に、大工に注文をした方がいいかもしれない。
しかしここは本館なのでッジャジャマくんが別館に侵入した件とは別の問題である。
ニシカさんはそのまま炊事場まで足を運ぶと、作業台で今晩の献立について話し合っている交わしていた女中のみなさんたちに「入るぜ」と声をかけていた。
見れば先ほど俺の思い出物語に登場した使用人のルクシさんがいるじゃないか。
「ここには炊事用の大小様々な窯が設置されていますね。リンドルの炊事場がどうなっていたか知らないが、少なくともゴルゴライの領主館よりは立派だ」
「そんなものはどうでもいい。ここの炊事場と、その先には風呂場の湯を炊く窯がある。煙突は本館の壁面を伝って、上の方まで伸びているんだけどよ」
「あ、もしかしてこの排気口、全部の部屋と繋がっていたりするんですかね……」
「正解だぜ」
炊事場にある排気口や風呂場の湯を炊く窯の排気口は、人間が出入りできるほど大きい。
「来客用の部屋や使用人たちの部屋にも暖炉は設置されているんですよね」
「当然だ。貧乏人の拝み小屋なら、煮炊きの窯で暖を兼ねるってもんだが、これだけデカい屋敷だとそうもいかねえだろう?」
「全部が繋がっているという事は、当然主だった部屋に侵入することも不可能ではないですもんね」
「ついでにこの城を設計した大工がよ、親切心で煙突の掃除がしやすい様に、排気口に入る場所まで用意しやがったんだ」
さらに付いて来なと言われて、俺は元来た炊事場に至る道を引き返して今度こそ裏口から外に出た。
顔も知らない使用人たちに挨拶されながらすれ違って、ニシカさんの言う排気口の掃除のために使う出入り口までやって来ると。
小学校の校庭の端に設置された焼却炉みたいな外見の構造物が、城館から出っ張って設置されているのである。
「ああ。こりゃ、この場所の事を知られたら簡単に侵入を許してしまいますね」
「こいつと同じものが別館にもありますと言ったら、お前さんどう思う?」
「警備体制ザルも同然じゃないですか!」
「そういう事だぜ」
どうやらこの抜け道を発見したのはッジャジャマくんだったらしい。
言われて実際に別館の建物の付け根に存在している排気口の掃除口までやって来ると、ちょうどその場所からコッソリ顔を出した猿人間と遭遇したのである。
「や、約束ですからね。危険を冒してエルパコさんの恥ずかしい日記を盗んできましたから。お見合い当日までにシューターさんに騎士昇格の口利きしてもらわないと、割に合いませんよ?!」
「ッジャジャマくん。きみは今何て言ったかな、ん?」
「げっシューターさん?! 何でもないです忘れて下さい!」
忘れるわけがないよ、その日記を渡しなさい!
きみ、けもみみにその事がもしバレたら私刑にされるよ私刑。
俺まで巻き添え間違いなしだよ!!




