377 アレクサンドロシアグラード 3
城壁に囲まれた市街地の整備が続いているとは言っても、一応ここは軍事施設として築城された場所だ。
軍事施設であるならば警備体制は存在する。
「この城に帰還した以上は、この城の警備体制と防御機能について把握しておかなくてはいけないな」
議論が終了して本館の会議室は閑散とした有様である。
俺はと言うと、居残っていた男装の麗人を捕まえると件の警備体制について質問しておく事にした。
どういうわけかニシカさんも俺の隣に席を移して、男装の麗人の報告に黙って耳を傾けている。
「ご主人さまの懸念はごもっともです。その点についてはグラードの留守居役をされておられた修道騎士のイサ卿とも話し合っておきました。現在は警備に動員可能な戦士の数も増えましたので、チームを再編成してローテーションを組む予定をしております」
現在、城内外の警備に動員可能な人員はサルワタ傭兵団のみなさんとイサ卿率いる修道騎士隊、それに野牛の兵士たちから選抜されたひとびとだった。
指揮系統がどうなっているのかその点について質問してみれば、一応はサルワタ騎士時代からのつながりもあってか、街の防衛最高責任者は俺という事になっているらしい。
聞いてみればそれはあくまでも便宜上の話で、
「ご安心くださいご主人さま。日常の警備担当者は、日割りで持ち回り当直に就く指揮官が行う事になります。ご主人さまは決済と報告を受けて頂くだけで結構です」
「そうだぜ相棒、ちなみに実質的な防衛担当の責任者は嫁のオレ様になるそうだ」
「頼りにしてますよニシカ将軍」
近頃は将軍を自称している黄色い花嫁に、そんな風に返事をしておいた。
するとご機嫌に鼻を鳴らしてみせた将軍サマである。大仰な態度でティーカップを持ち上げると、自分ではお上品なつもりでいるらしいスタイルでそれをすする。
ちなみに中身がぶどう酒である事は触れないでおく。
「へへっ、何しろオレは将軍さまだからなぁ」
俺たちがまだゴルゴライに駐留していた頃は、街の警備責任は盟主連合軍の諸侯が分担していた。
街では戦争奴隷の収容施設や大量の金銀や武器、糧食を収めた倉庫群もあったので、警備態勢は厳重である必要があった。
捕虜となったオレンジハゲの取り扱いは特に重要だったし、人口増加で治安維持に当たるためにも、市中の巡回警備は在陣していたお貴族さまが一日交代で当直に当たっていたものだ。
領主奥さんの名前を取ってアレクサンドロシアグラードと命名されたこの街の場合も、ニシカさんと男装の麗人が話し合った結果、基本的にはこれを世襲するらしい。
ここには盟主連合軍のお貴族さまたちはいないので、実際に役割分担するのはサルワタ貴族とイサ卿率いる修道騎士隊という事になるけれどね。
「具体的にはアレクサンドロシアさま、カサンドラ奥さま、御台さまを除く家族全員、それから家中の騎士と修道騎士の分隊長格の人間で振り分ける予定です」
「領主奥さんのアレクサンドロシアちゃんはともかくとして、カサンドラとマリアちゃんを除外したのはどういうわけかな?」
「カサンドラはお前さんとともに警備の最高責任者だからな。シューターは本館の、カサンドラは別館の司令官サマというわけだ」
「なるほど。それでマリアちゃんが除外されているのは?」
確かに居城の後宮的な位置づけである別館は、家族の一切を取り仕切っているカサンドラが最高責任者に相応しいと思う。
しかし家族の中でマリアツンデレジアだけが仲間外れにされるのはちょっとかわいそうじゃないかな。
などと思っていると、非常に申し訳なさそうな顔をした男装の麗人が、おずおずと口ごもりながら説明をしてくれるではないか。
「大変申し上げにくいのですが、御台であらせられるマリアツンデレジアさまは、こと軍事方面に関しましては戦力外です。また配下として御台さまがお連れした身辺警護の武官たちも、おそらく警備方面ではまったく役に立たないでしょう」
「なるほどそれは納得だ……」
「その代わりと申してはアレですが、ケイシータチバックさんは宮殿の料理当番や給仕であったと聞いておりますが、ご志願頂いてこちらは城内警備のローテーションに組み込まれる予定です。ご主人さまの生活をお守りするために、昨夜も別館の出入口を守衛なさっておりましたから」
確かにケイシータチバックさんは、弱兵で名の知られたリンドルの人間の中で唯一武芸に優れたお姉さんである。
聞けばタイタン族という、ヒョロリと痩せた巨人のオーガ族とは別種のご出身であるとか。力比べや武芸では俺も彼女には勝てる気がしない確信。閨で押し倒されたのなら、為されるがままにされる事だろう。
「またマリアツンデレジア奥様さまは、ご出身の家格の点から考えましてもアレクサンドロシアさまと同等、あるいはそれ以上という事になりますので、特例という言い訳が成り立ちます」
「言い訳と言い切ってしまうところが申し訳ないけれど、しょうがないね」
ただ軍事方面はともかく、マリアちゃんは内政に関してはリンドル御台として権勢を振るっていた実力者だ。
ッヨイさまとともにマリアちゃん、モエキーおねえさんたちが協力してこれに当たる事になるらしいので俺も領主奥さんも頼りにできるというわけである。
「では自分はこれにて失礼いたします」
「お仕事大変だね」
「ハァ、この後少し野暮用がございまして。いえたいした事ではありませんので。ではでは……」
貴人に対する礼を優雅にやってみせた男装の麗人は、コホンとひとつ咳払いをして退出していった。
怪しい、いかにも怪しい。
態度を見ているといつもはキリっとした表情をしているベローチュであるけれど、今はまるで後ろめたいものを隠し切れないという態度が丸見えだった。
そそくさと会議室を出ていく背中は、悪巧みがバレそうになったのであわてて逃げ出した様な姿である。
「まァあまり詮索しない事だな。部下を信頼するのも上司の務めだぜ」
「部下である前にひとりの奥さんだからな。奥さんの事を信頼するのは家族の務め、か……」
肘かけ付きの椅子で器用に胡坐を組んでいたニシカさんは、相変わらずのニヤニヤ顔をしたままで俺を諭した。
もちろん男装の麗人の事は信頼できる部下であり奥さんだと俺は思っている。けれど、だいたい家族の人間が隠し事をしている時は、とんでもないことが後々披露される気がするので怖いのだ。
あかちゃん事件の事もあった。
領主奥さんがブリトニーを妊娠していると知ったのは、家族の中で最後の最後だったしね。
あの時の衝撃は、いろいろとありました。
「まさかベローチュも妊娠しているとかじゃないだろうな……」
「そんな事になったら、お前ぇ今度こそカサンドラにくびり殺されるんじゃねえのか。そっちの方はどうなんだ。ん?」
「いやまあ。言われなくても昼に夜に頑張っていますよ……って言わせんなよなそんなこと!」
「あっはっは」
ニシカさんは豪快に笑い飛ばすと、自分専用に置かれていたティーポットからぶどう酒を注ぎ、それを俺に差し出す。呑んで景気づけをしろという意味だろうか。
上等なティーポットから上等なティーカップに注がれたとしても、中身はサルワタで産出するぶどう酒にすぎないので、アルコール度数もイマイチな、皮粕入りのそれだ。
けれどもしぶしぶ顔で口に運べば少しは気分が落ち着いた。
もののついでだ。
ふたりきりになったところで、例の事件について質問をしておく事にした。
「それで防衛司令官のニシカ将軍に質問があるんですけどねえ、」
「何だよ改まって」
「この城の別館に不法侵入して、現在尚も逃走中だというッジャジャマくんの逮捕は、いつになる予定ですか」
「ああその事だがよ」
ティーカップをテーブルに置いて俺が向き直ると、思い出した様にニシカさんが身を乗り出して俺の顔を覗き込んだ。
そうすると服が弾けて飛び出さんばかりの大きな胸が、暴力的に良く揺れた。
いいね!
「ッジャジャマの野郎が別館に侵入したのは、オレの手引きだぜ」
「えっ?」
何でそんなわざわざ、家族中が大騒ぎになって捕物劇を起こす様な事件を手引きなんてするんですかねえ?!
今もおかんむりのカサンドラやタンヌダルクちゃんが、完全武装の使用人たちを差配して別館のあちこちを捜索中である。
先程まで会議に参加していたベローチュにしたって、会議が無ければ槍を片手にその捜索チームに加わっていた事だろう。見つかればただじゃ済まないのは間違いない確信。
「オレたちがこの城の防衛体制を実際にじっくり観察する余裕ができたのは、昨日今日の事だろう」
「確かに、前に一時的にサルワタに帰還した時は、まだ建設途中であちこち足場の材木や天幕が張られている状態でしたからね」
「してみると、この城の警備体制を実際に確認しなくちゃならねえ。ッジャジャマの野郎はアレでッワクワクゴロの弟だから、子供のころから野っ原を駆け回っていた様な猿人間だぜ。触滅隊みたいなブルカの工作員がいつまたこの村、いやこのグラードにやってくるとも知れねえからな。いざという時の事を考えて、城の防備上、死角になっているか確認させるために外部からの侵入を試させたのさ」
いかにもアッサリとした口調でそう言ってのけたニシカさんは、俺の呑み残しのぶどう酒をひと息に呑み干して立ち上がると「付いて来な」と俺を誘った。
近頃はお気に入りのベストレ柄のチュニックを翻し、ニシカさんはおっぱいを揺らしながら居城の廊下へと出る。俺もあわてて立ち上がると、テーブルに立てかけていた長剣を手に取ってその後を追った。
「街の外周を守る城壁の整備については、今は中断しているそうだ。街に住む人間が最優先とかで、人足はみんなそっちに取られているからよ」
「そうですね。街の玄関口にあたる城門だけは仮に完成していますけれど、船着き場の一部と居城の周辺を除いて、残りは土を持っただけか木の柵が簡易で設置されているばかりです」
「ようじょが言っていたが、これからますます人口が増える可能性があるので、城壁の再設計が必要になるかもしれねえんだとよ」
なるほど、もともとアレクサンドロシアグラードを構成する居城と集落は、現状程の賑わいを見せるなんて考えてすらもいなかったからな、俺も領主奥さんも。
「だがこの居城の警備体制だけは優先して充実させる必要があるわけか」
「赤ん坊が産まれたからな。ようじょが言うには、これは絶対に守らなければならないというわけだ。家族の子供はオレ様にとっても大切な赤ん坊だ」
「母性本能がくすぐられたニシカさんもかわいい」
「うるせぇ、オレの尻を撫でるな!」
すれ違った労働奴隷の全裸少女たちが、クスクスと俺たちふたりの掛け合いをみて笑っていた。
寒い中ご苦労様です。高貴な身の上に対する礼を受けながらその場所を離れると、ちょうど大広間たる謁見の間の入口にさしかかる。
謁見の間のふたつならんだ玉座の前に木箱が置かれていて、どうやらそこにチョコンと立ったようじょが演説をしている姿が見えたのだ。
集まっているのは難民や移民の中から志願して集まった官憲の候補者というところだろうか。服を着ていない丸裸の人間も数名いるから、奴隷からも選抜されているのかも知れない。
「みなさんはこれから、アレクサンドロシアグラードの役人として政庁でお勤めをしてもらうのです!」
「あのう養女の姫君さま。アレクサンドロシアなんとかというのは、いったいどこですかね?」
「アレクサンドロシアグラードは、ドロシアねえさまの名前を冠したこの街の名前なのです。みなさんは役人としてこのグラード城下だけでなく、ひろいひろいサルワタ領邦全体の運営を担当していただく事になるのです! わかりやすく言えば、村の幹部を偉くした様な立場になったと思えばいいのです!」
へえ、このでっかい集落はグラードと言うのか。
どこからともなくそんな言葉が漏れ聞こえてきて、俺たちは顔を見合わせた。
演説をするようじょの姿は、どこか生き生きとしたものが感じられる。
賢くもようじょ軍師などと盟主連合軍のみなさんからは尊敬されているッヨイさまであるけれど、軍事方面をやるよりも、内政を担当する方がよっぽど張り切っているらしい。
平和な方がいいに決まっているので、とてもよい事ですねッヨイさま!
「みなさんの中で読み書きのできるひとは右側に、読み書きができないひとは左側に移動するのです!」
「右ってえと、どっちだおい?」
「スプーンを持つ方が右だべ。お前そったら事もしらねぇのか学がねぇな」
汚い尻をした太ったおじさん奴隷が、痩せた汚い背中の女奴隷と会話をしていた。
何事も順番が大切であるからして、アレクサンドロシアちゃんの領地経営もここからはじまるのだ。
見ていればニシカさんまで読み書きができない方に並ぼうとゾロゾロ付いていきそうになったので、あわてて止めに入った。
あんたは俺と会話の途中だったでしょう?!
「すまねぇ。オレもやっぱり読み書きの勉強はした方がいいかな、何しろ将軍サマだからよ」
馬鹿みたいな返事をして、ペシリと左眼の眼帯を軽くたたいて見せるニシカさんである。
そんな事をしながらもチラリとッヨイさまの方向を見やれば、この短時間のうちにニシカさんと何事かアイコンタクトのやり取りをしている姿が見えた。
ちょっくらお出かけしてくるぜ、とでも目配せしあったのかも知れないね。
「付いて来な、城の周辺をグルリと回りながらオレ様がこの城の警備体制の不備を説明してやるからよ」
白い歯を見せて笑ったニシカさんは、鱗裂きの二つ名を持つに相応しい表情で俺にそう言った。




