379 アレクサンドロシアグラード 5
この城館の直接防御力は、一見した武骨な外観通りに極めて堅牢なものであるらしい。
実際、城の内外をチェックしてまわったッヨイさまとニシカさんの見解では、城壁の高さも十分。仮に魔法攻撃を行ったとしても、数発数十発程度ではびくともしないというから頼もしいじゃないか。
セメントでコーティングまでされた壁面は、ニシカさんの強力な風魔法の攻撃にすら耐えられるものだったのだ。
「だがな、そこにこのッジャジャマが掃除道具を持って姿を現した」
彼はたまたま領主奥さんに命じられて、排気口の掃除をするところだったのである。
場内に侵入するためにはこの角度のついた壁面を上って、バルコニーから入り込む方法がベストだ。いやいやそれなら夜間しかできないので、城に出入りする使用人に混じるのがベストだ。それなら玄関口よりも裏の通用口を使った方が警備がザルだ。
そんな具合で、ああでもないこうでもないとようじょと蛮族が意見交換をしていたところ、ッジャジャマくんがこう言ったらしい。
「いや、排気口を伝って城館の中に侵入したら、どこでも簡単に出入りできますよと……」
それにはニシカさんもッヨイさまも絶句してしまったらしい。
排気口は確かに暖炉や窯の通路を伝って、この城館の主だった部屋のあちこちに入る事ができる。
掃除用の出入り口までご親切に用意されているんです、ほらこの通り。そんな風に彼がふたりを案内して城館の外にある箱状のの出っ張りまで案内したところで、ふたりは言葉をなくしたのだ。
排気口があらゆる部屋に繋がっている事はともかくとして、実際にそれが可能かどうか、例えば何かその証拠を持ち帰る事ができるかどうか。
これを設計した大工の説明によれば、本館にも別館にも同じものが要されているという。
「だから俺はただ、ニシカさんにそそのかされただけなんです! その証拠を持ち帰れば、お見合いの当日までにシューターさんに掛け合って、騎士に昇格できるように口利きをしてもらうって約束をしたんですよ」
「城館の警備体制に不備がある事を発見すれば、これはもう立派なお手柄だぜ。口利きするぐらいなら安い相談だとオレは命じたんだがよ」
そうやって説明してくれたニシカさんは、けもみみ奥さんが毎日密かに付けているという恥ずかしい日記とやらをパラパラとめくって見せた。
しかし黄色い花嫁は蛮族なので読み書きが不得手だ。内容がサッパリ理解できないらしく、疑わし気にッジャジャマくんを睨みつけるのだった。
「これを本当にけもみみが書いたかどうかは疑わしいぜ。騎士昇格の口利き欲しさに、どこかから書類を用立てしたんじゃねだろうな?」
「と、とんでもない! 半日も排気口に潜り込んで必死で別館に潜伏してたんですよ?! おかげで途中、タンヌダルクさんに目撃されてしまって、あわやくびり殺されるところだったんですから!!」
「はん、どうだかな」
「貸してみてください、読めば内容が本物である事が証明されますっ」
ッジャジャマくんところの顔の見分けがつかない三兄弟は、近頃読み書きの勉強をやっていたので俺と同程度には多少わかるらしい。
ニシカさんの手から恥ずかしい日記を奪い取った彼は、とりあえず開いたページを朗々と読み上げようとしているではないか。
「〇月×日。シューターさんがたまには趣向を変えてお風呂場でやってみたいと言ったので、ガンギマリーさまにお願いしてシャボンを貰って来たよ。泡が気持ちいから擦り付けると――」
やめろ、それ以上朗読するのはやめるんだ!
何でもしますから!
俺はみるみる顔を赤面させて、ッジャジャマくんの手からけもみみ日記を奪還した。
エルパコの日記は彼女自身にとっても恥ずかしいだけでなく、俺自身にとっても尊厳を深く傷つけるレベルで恥ずかしい日記であった確信。
「わかった、これは確かに本物だ。誰にも気が付かない様に、元あった場所にまでこれを戻してきなさい」
「えっ、俺がまたこれを元の場所まで戻すんですか?! シューターさんがやってくださいよ、俺は嫌ですよお見合いするまで長生きしたいんです。というかむしろニシカさんがやってください。って、ニシカさんがいない?!」
とても嫌そうな顔でッジャジャマくんが抗議の言葉を上げた。
これがバレれば私刑間違いなしの彼は、死にたくない一心でニシカさんに擦り付けようとしていたけれど、すでに彼女の姿はその場所から忽然と消失していたのである。
どこへ行ったんだニシカさんは?!
あわてて周辺を見回したところで、俺とッジャジャマくんは鋭い視線をどこかから受けている事に今さらながらに気付いたのである。
いかにも堅牢な石壁の上方、バルコニーの辺りを見上げれば。
とても恐ろしい顔をした大正義カサンドラが、タンヌダルクちゃんとエルパコを伴ってこちらを見下ろしているのだ。
なるほどニシカさんは危険信号を素早く察知して逃げやがったな……
「ぼくの秘密の日記を持ち出したのは、誰だい?」
「……!」
「シューターさん、すぐにタンヌダルクちゃんとエルパコちゃんが向かいます。ッジャジャマさん、逃げてもためになりませんよ。旦那さまもどういう事か、しっかり説明していただきますからね」
もう駄目だおしましまいだ。
俺たちの会話はしっかり上から聞かれていたらしい。
覚悟を決めたッジャジャマくんはその場で崩れる様に倒れ、俺も今夜の折檻を覚悟した。
これじゃまるで俺が猿人間に命じて、犯行の教唆をしたみたいじゃないか?!
◆
元々結婚願望が強かったこの三つ子の猿人間の末弟は、あまりにも女性と仲良くできないのを苦にして思い悩んでいた。
ゴルゴライの街で知り合った若い娘には袖にされ、他領の女性兵士と仲良くしようと思ったら田舎者と馬鹿にされ、彼も彼なりに恋愛を求めて迷走を繰り返していたらしいね。
多少強引にいけば女性と親しくなれるかと言えば、そういうものでもない。
むかし俺が大学生だった頃の友人によれば、恋愛というのは大よそ本人がガッツイている間は世間からまるで相手にされず、拗ねて達観している時に限ってモテ期がやってくるのだそうだ。
「ええ、シューターさんやカサンドラさんにはわからないでしょうね。俺の気持ちが! 兄貴ばっかりシオさんと仲良しこよしなのが悔しかったんですっ」
本館の取調室に連行されたッジャジャマくんは、泣きべそで鼻をすする度に背筋をビクンビクンとさせている。
そんな彼に俺たち夫婦はかけてやる言葉が見つからなかった。
「サルワタ貴族の一員であり、騎士見習いともなれば立派なお勤めをしているではありませんか。何れ功を為した暁には、騎士として街や領民のみなさんから尊敬されるお仕事ですよ」
「義姉さん、だからと言って別館に不法侵入したのは頂けないですよう。しかもエルパコちゃんの恥ずかしい日記を盗み出したのは駄目ですダメー!」
「……きみはどこまでぼくの日記を読んだんだい?」
それについてはノーコメントです。黙秘をしますと言わんばかり、一度エルパコの顔を覗き見した後に震えながらッジャジャマくんは俯いてしまった。
後でエルパコとふたりで話し合ってもらう事にして、興味が湧いたのはッジャジャマくんのお見合い相手についてである。
「誰だっけ、そのネトリヤノフさんという使用人のひとは。確かゴルゴライの村で生まれたお嬢さんだと聞いたんだけれど」
「違いますネトリャーノフさんです。こんな素敵なお名前なのに、名前を間違えるなんて!」
「悪かったええと、ネトリ何とかさんね」
出会いに飢えているッジャジャマくんを見かねて、大正義カサンドラがお見合い相手として考えていたのが、その彼女である。
急速に膨張したゴルゴライの街で人手を募集したところ、領主館や兵舎施設の使用人として下働きをしていたという若い女性らしい。
元々は酒場の酌婦をするためにどこかの街へ出稼ぎに行っていたけれど、戦争の機運が高まる中で帰郷していたのだとか。
貧しい村の鼻つまみ者だった猟師出身のカサンドラの事だ。
気立ての優しいゴブリン差別や猟師差別などの意識が無い、きっといい子を見つけたに違いない。
「ネトリャーノフさんは、主に盟主連合軍の煮炊き担当で新築の兵舎に詰めていた方ですよう旦那さま。とても気さくで愛嬌のいい娘だから、きっとッジャジャマさんとも仲良くなれると思ったのです。ね、義姉さん?」
「そうですね。ッジャジャマさんが言う通り素敵なお名前です。けれどもこういう事件を起こしてしまった以上、しばらくお見合いは様子見したほうがいいかもしれません……」
いや俺の感覚からすると嫌な予感しかしない酷い名前だけど。
ションボリしたッジャジャマくんには余計な事は言わないでおこう。
「ちなみに素敵な名前なのは分かったが、ッジャジャマくんはネトリャーノフさんのご尊顔はその眼で確認してきたのかな。ん?」
「ええと、それがですね。別館に侵入したのは昨夜の事だったんで、エルパコさんの日記は簡単に手に入れる事ができたんですけど、ネトリャーノフさんの顔を確認する事はできませんでした。ニシカさんにはついでに見ておけとからかわれてたんですけど、肝心のネトリャーノフさんたちの使用人部屋に近づこうとしたところで、タンヌダルクさまに見つかっちゃって」
テヘっとかわいくない猿顔でそんな事を言うもんだから、そちらの方は駄目だったみたいだね。
しかしそんな態度を見たカサンドラは、ますますカンカンに怒り出したのである。
「その様な事をなさいませんでも、お見合いの当日を迎えればネトリャーノフさんのお顔はいくらでも見る事ができたんですよ! こんな簡単なルールも守れない人が、家庭を持って家族のルールを守る事ができるとは思えません!!」
「はっ」
「それにあなたは、シューターさんに死ねと命じられたら死ぬんですか?!」
「…………」
「もちろん旦那さまはそんなご無体な命令をお出しにはなりませんけれど、物事には限度というものがある事をしっかり考えて下さいねっ」
「……はい」
こうしてッジャジャマくんの不法侵入事件は一応の決着がついた。
いち早く危険を察知して逃走を図ったニシカさんについてはまだ別問題なので、肩を怒らせた奥さんたちは引き続き捜索網を敷いて、自室に戻って来た彼女を捕縛するつもりらしい。
しかし、こうも簡単に秘密の出入り口が別館にあるのは問題だ……
「これから寒い季節がやってくるので、暖炉を使わない様に封鎖してしまうというのは難しいよな」
「旦那さまはお部屋に戻られる時は全裸になられますし、お風邪を引いてしまう可能性があります」
「そうですねぇ義姉さん。わたしたちも就寝の時は全裸ですから、暖房がないのはちょっと」
「ぼくは全裸でも平気だよ。寒ければシューターさんと冷えた体を温め合えばいいんだ」
俺は藪蛇をつついた気分でとても悲しくなってしまった。
悲しいついでにッジャジャマくんを見やれば、目線で「俺のお見合いは無くなってしまうんですかねえ」という顔をしているではないか。
だ、大丈夫だ。今はしっかりと反省顔をしてエルパコにこの後よく謝罪をする様に!
息子が切り取られるなんて事にならない様、俺も後でしっかりと取り成しておくからねっ。
◆
その後、排気口や跳ね板の窓についてどう対策するかをニシカさんやイサ卿、それからッヨイさまを交えてよく話し合う事になった。
板窓には鉄格子をはめて簡単に出入りできない様にする。
それから本館、別館それぞれの排気口に通じる掃除用出入口については、
「ひとつの方法として、あえて自由に出入りできる様に掃除口を封じないという方法もあるぜ」
「しかしそれでは侵入し放題になってしまうのではないですか、ニシカさん?」
「だから重要な部屋に繋がる排気口は、鉄格子をカマしておく必要がある。だがあえて罠を張ってだな、敵が侵入を試みると自然と誘導されちまう様な部屋をひとつ用意しておけばいいんだ」
ニシカさんによれば、鼠や鼬を捕まえるための捕獲器具みたいなものをイメージしているらしい。
餌に釣られてノコノコと中に入ってしまえば最後、出られなくなってしまうわけだ。
「どれぇ、それならばひとつ提案があるのです!」
「ほうッヨイさまそれはどの様な?」
「罠を仕掛けるお部屋に、わざと偽情報を置いておくという方法なのです。もしも誰かが盗みに入った場合、その偽情報に踊らされて行動するので、情報流出の経緯もわかる事になるのです」
「な、なるほど。敵に偽情報を掴ませて泳がせるという手法ですね」
例え偽情報であっても、もっともらしいものである必要があるのです!
賢くもようじょはそう言うと、重要機密の書類に見立てた偽情報の罠は、別館については俺の仕事部屋に設置するのが望ましいなどと提案して下さったのである。
偽情報を具体的にどうするかは、後日決める事にするらしいが。
上手くこれに触滅隊の様なブルカ側の工作員が引っかかってくれれば、相手に偽情報を掴ませて迷走させる事もできるし、情報の流出経路を特定する事も容易かもしれない。
さすがおりこうさんようじょである。
ちなみに本日のお仕事を終えて別館に引き上げようとしたところ、
「わ、悪いがオレ様はしばらく部屋には戻らないからな。別行動を取るとカサンドラに伝えておいておくれよ」
「どうしたんですかニシカさん。らしくないですね、今夜は一緒にお酒を呑むんじゃなかったのかな。ん?」
「けもみみのヤツがキレまくっているのが想像できるからな、ほとぼりが冷めるまで街に避難しているぜ」
「ぼくからはそう簡単に逃げる事はできないよ、ニシカさん」
情けない顔をしたニシカさんは、そそくさと談話室を退去しようとしたのだが。
談話室の入口で俺たちの会議が終わるのを待っていたらしく、
「げっけもみみ、話を聞いておくれよ。違うんだ、あれはシューターのためにやった事なんだ。オレ様は悪くない!」
俺を巻き込むことで怒りの矛先を変えようと、ニシカさんが言い訳めいた事を口走っていた。
冗談じゃない、俺はそんな話は聞いていなかったんですけどねえ!
結局言い逃れに失敗したニシカさんは、三日間の禁酒命令を言い渡される事になった。
ついでに俺とニシカさんがどの様な夜の営みをしているのかを、家族みんなで夕飯を取っている際、けもみみに暴露されてしまったのである。
「ニシカさんはふたりきりになると、シューターさんに抱っこしてもらいながら――」
「うわああ、やめろ馬鹿けもみみみ後で覚えてろッ」
「それからこの前の昼間なんか、お仕事の合間に壁に手を付いてこう、お尻を突き出したところでシューターさ――」
「悪かったオレが悪かった、もう許しておくれよ。おい馬鹿、下向いてないでシューターも止めねぇか助けてくれ!」
これじゃニシカさんの恥ずかしい暴露話のついでに、俺まで被害が飛び火しているんですけど?!
けもみみはこれで「おあいこだよ」と誇った顔をしている……
他の奥さんの夜の生活がどの様なものか、興味津々のタンヌダルクちゃんは興味深そうに身を乗り出していた。
赤面したラメエお嬢さまは、両手で顔を覆うフリをしつつ、指の合間から俺とニシカさんを見比べてる。
そして、アレクサンドロシアちゃんとマリアツンデレジアは、自分たちにも被害が回ってこない様に明後日の方向を向いて知らないフリをしているじゃないか。
大正義カサンドラのとても冷たい視線が俺に突き刺さる。
公開処刑を喰らってしまった俺はその場から逃げ出したい気持ちになった。




