278 反撃のようじょ 前
かつて荘厳な雰囲気を漂わせていたシャブリン修道院は、今となっては建物の残骸が散乱する有様だった。
執拗な魔法の攻撃を受けたからだろうか、俺がリンドルでの外交交渉を重ねていた頃に三頭会談の行われた修道院の礼拝施設のあった場所も、壁面が崩れて礼拝施設そのものがむき出しという見るも無残な姿になっていたのだ。
「酷い有様ね。女神様の信徒たちが静かに祈りを捧げていた宗教施設だった場所が、今では敵の攻撃を防ぐための最後の砦として使われるのだから」
宗教画の描かれた壁面にもたれかかり、腰を下ろした雁木マリが絞り出す様な声でそんな言葉を吐き出した。
俺もその隣に一緒になって腰を落ち着け、崩落した天井を見上げながら次の言葉を待つ。
「半刻の間に、軽度の負傷者の大半は戦列に復帰する事が出来るわ。ここが修道院であった事を感謝するべきかもしれないわね」
「歴史を紐解けば、だ。俺たちが元いた世界でも修道院や教会、あるいはお寺というのは作戦司令部として使われて来た事もあるんだぜ」
もちろん本来は戦争をする為に建立された施設ではないけれども、修道院や寺院といった宗教施設は世俗から離れた場所に建てられている事も多いのだ。
だからこうして俺たちが今そうしている様に、砦や前線司令部として歴史の中で利用される事も多々あった。
ましてやこのファンタジー世界の聖堂会では、その司祭や助祭たちが医療従事者として領民たちの治療にあたっていたという事実もある。
俺たち盟主連合軍の味方には、大量の軍医や衛生兵がついているのだと考えてもいいわけである。
「それで、どうされますの。あなた」
崩れた修道院の壁の向こう側では、傷付いた戦士たちが修道士や修道騎士たちによって応急手当てを受けている姿があった。
それらにチラリと視線を送りながらも俺とマリの前にやって来たマリアツンデレジアは、不安そうな表情を隠さずにそう言葉を投げかけてきたのだ。
「ここで降伏という選択肢がない以上、半刻の与えられた時間で応戦態勢をどれだけ取る事が出来るかだよな。時間はまだ少し余裕がある」
半刻の時を刻む砂時計。
ツジンによって渡されたそれは、まだ半分近く砂が落ち切るまでの猶予があった。
「ドロシア卿の動向が気になるわね、それにッヨイも。あの子は尻尾を巻いて逃げる様な性格ではないし、ドロシア卿とちゃんと合流できていればいいのだけれど」
「魔力の方はどうなんだろうな。マドゥーシャは既に護符を使いきっていたし、例え残っていたとしても大威力魔法を連発していたから、あまり余力はなかったはずだ。ッヨイさまも側面からタンクロード隊を突撃させるために、かなり無理をして威力の高い魔法を連発したはずだ」
「その点は心配ないと思うわよ。これがはじめての戦場というわけでもないのだし、ドロシア卿と合流できれば相互に威力の高い魔法を打ち込めるわけだしね」
それは頼もしい事だ。
俺がそんな風に返事を返しておくと、マリは疲れからは眼を閉じてフウと大きく息を吐き出すのだった。
「まだ少し時間があるのなら、魔力をためておくわ。いざとなれば、ッヨイほどじゃないけれども、あたしたちのファイアボールでも敵を漸減する事もできるでしょう」
雁木マリの言葉に俺は頷くと、マリアちゃんに手を取られて立ち上がった。
しばらくはそっとしておいて休憩してもらうに限るな。彼女は軽度な攻撃魔法だけではなく、いざとなれば医療従事者として聖なる癒しの魔法をかけてもらう必要があるのだ。
「あなた。ブルカ伯の身柄を差し出して、包囲網を解いてもらうという選択肢はありませんの?」
「それは言わない約束ですよマリアちゃん」
確かにあのオレンジハゲを差し出せば一次的に俺たちは助かって、改めて仕切り直しの決戦をする事になるわけだけれども。
そうすれば、第二梯団として合流したツジンの率いてきた軍勢を加えたブルカ同盟軍と戦う必要が出てくるのだ。
初戦からミゲルシャールを平原におびき出して戦った決戦では、軍事力的にはほぼ互角かやや俺たちの方に兵力が足りないという形での戦いが進行していたはずだ。
けれども今は、ブルカ同盟軍側は明らかに万を超える軍勢がいる。
時間が経過すれば、一度は初戦の流れで四散したブルカ側の兵士たちも合流して再編成されるわけだから、そうなれば戦力の差はますます大きなものになるだろう。
「仮にそういう選択肢を取るにしても、俺たちの手元にミゲルシャールの身柄は無いわけです。引き渡し交渉をしたくても出来ないし、女魔法使いにどうやって連絡を飛ばすかも問題だ」
鳥人間というか、このファンタジー世界風に言えば鳥面の猿人間でも入れば話は別だろうが、いないものはいないんだ。
そんな事を考えながらふとガレキと化した周辺の建物に視線を送る。
「いいか、ポーションの効果が続くのは四半日程度だ。本来は複数のポーションを使って相乗効果的に身体能力を高めるものだが、この人数全員にそれを行きわたらせることはできない」
「これは何のポーションですか?」
「赤いのは興奮促進、その緑色のものは身体強化の効果がある」
「興奮すると何かいい事があるんですかねえ……」
「一時的になが、自分に万能感が備わるぞ。無敵になったような気がすると思ってもらえればいい」
「……気がするって、駄目じゃないですか!」
修道騎士だろうか、ベストレ隊の兵士と思われる数名に対して、車座になってポーションの説明をしている姿が見えた。
何だか敗色濃厚の軍隊が、ヤバいポーションで現実を忘れようとしているみたいで最悪だ。
俺とマリアちゃんが顔を見合わせて微妙な気分に浸っていると、
「あなた、ご家族のみなさんもポーションを……」
「ああうん、えっと」
見ればハーナディンが、エルパコとラメエお嬢さま、それにソープ嬢に対してポーションの説明をしているではないか。
「ぼくは疲労がポンと回復するやつがいいな」
「わ、わたしは体力強化を希望するわ。どうしても体が小さいから、力が強くなるに越したことがないもの……」
「なるほど、わたしとしてはこの、狂人化を促進するというものを使いたい。摂取してどれぐらいで効果が出るのだろうか」
真剣にポーション選びをしている奥さんたちを見て、さらに悲しい気分になった。
これで負ければ文字通りの玉砕になってしまう。
そんな姿とは別にして、男色男爵やドラコフ男爵、指揮官級の修道騎士であるイディオなどは、崩壊した宗教施設を遮蔽物として利用するために、キルゾーンの設定を行っているところらしかった。
「ここがうまく死角として機能するはずです。ここに魔法が使える修道騎士を二名、あちらに三名という具合に配置しましょう」
「魔法の使えるものは、配置に付きなさあい!」
「弓兵についてはどうするおつもりか。兵士数があまり多くないので、まとまって運用するのが難しいかも知れない」
「それでしたら、腕のいい弓兵は狙撃要員にするのがよろしいかと。その他はまとまって面制圧を担当してもらうのがよろしいでしょう。弓は音がしないので、敵を引きつけて狙撃するのに有効ですからな」
「ニシカ卿がいれば間違いなく大活躍できたのですが、今頃はどちらに?」
「軍監どののご指示で、秘密工作に従事していると聞いておりますが。はて……」
こちらの会話は軍事的にいかに敵を倒すかについて、相談をしていたらしいね。
遮蔽物をうまく利用して敵を引きつける、狙撃や制圧射撃、そして突撃をどう実施するかという話である。
「ご主人さま、兵員の配置が完了いたしました」
「お、お疲れ様」
「騎兵につきましては、修道院の残骸の中にいったん隠して、敵の第一波が被害を受けたタイミングでチャージを実施するのが効果的であると意見具申します」
「じゃあそれでいこう。俺は軍馬で突撃するのはやめておくので、男色男爵か修道騎士のどなたかに代理で突撃してもらえれば嬉しい」
作戦会議をしていた諸卿たちの結論を持って俺のところへやってきた男装の麗人に、素直な気持ちを伝えておくことにした。
軍馬はさすがに濃厚な戦場の日々を送るうち、さすがに体が慣れてきたと思う。
けれど、地面に足を付けて戦う生活を長くしてきたので、どちらがこの戦場で役に立つかと言えば徒歩の方だろうと俺は思ったのだ。
◆
そうして、応急処置やポーション摂取を終えてしばしの休息や所定位置への配置を完了した俺たちである。
兵数は所属もバラバラ、諸兵科連合の一〇〇〇人に満たない戦力だけれども、十倍する敵と戦わなければいけないのだ。
包囲するブルカ同盟軍の万にも及ぶ兵士たちを改めて見回せば、いったん狭めていた包囲を引いて改めて隊伍を整え直している様子が伺えた。
突進力のある重装騎兵たちの集団が見てとれ、それ以外にも歩兵の集団や面制圧を担当する弓兵部隊、そして諸侯ごとに集まった集団。
俺たちの魔法攻撃を明らかに警戒して、兵隊は班毎に小さくまとまっているという印象があった。
たぶんあれが飽和攻撃をかけるべく、右から左からと入れ替わりに突撃と制圧射撃をしかけてくるのだろう。
「シューター、よく見ておきなさい。敵は身を隠すものも何もない状態でこの修道院を落とすために攻撃を開始するはずよ。となれば、重装備騎兵の集団を盾にしながら、その背後に通常の歩兵が続くはずだから」
俺とけもみみと、マリアちゃん。
三人揃ってガレキの遮蔽物から顔を出して包囲する万のブルカ同盟軍の観察をしていると、戦場経験豊富な雁木マリが指をさして色々と説明してくれた。
「なるほど、重装騎兵の分隊を戦車にでも見立てて突撃でもするのかな」
「そういう事ね。それからあの弓兵集団も要注意よ。たぶん、突撃号令と同時に一斉射撃を開始するはずだから。それに、」
いったん言葉を区切るマリは俺の顔をまじまじと見返してから、意味深に続けるのだ。
「ブルカ領軍の精鋭は、味方の支援が行われているその下を潜って、果敢に突撃を敢行すると言われているわ。弓や魔法などが頭上を飛び交う中でね」
「…………」
「その方法で、ミゲルシャールが隣国との国境紛争でいくつもの敵の砦を落としたそうよ」
ゴクリと俺は生唾を呑み込む。
どこかで聞いたような戦い方だと脳裏をよぎったが、まるで俺たちの元いた世界の帝国陸軍がやっていた様な発狂じみた戦い方である。
「ガンギマリーさんたちはそういう戦い方はしないの」
「そんな危険な事をするわけないでしょう。魔法と弓矢の支援火力で徹底的に叩きつぶしてからの攻撃開始が基本よ」
けもみみの質問に対して、何を当たり前のことをと言わんばかりにマリが騎士修道会のドクトリンを教えてくれた。
こちらは合理主義的な考えをもって、力でねじ伏せる戦い方をするらしい。さすが常備軍たる武装教団は違いますね!
「そろそろ頃合いですの。シューターさん、砂時計は?」
「あとわずかだ。十も数えているうちに落ち切るんじゃないですかね」
敵の総攻撃を受け止めるだけの準備を整える事は出来たが、残念ながら俺は全裸のままだった。
さすがに戦場でヒモパンを調達する事は出来ないし、ならば鎧だけでも死体から拝借しようかとも思ったがそれも駄目。
せめて腰巻き代わりに裁断した赤マントを巻き付けていたけれど、最後に頼りになるのは己の体と刃広の長剣だけである。
砂時計がさらさらと最後の残りを落とし切ると、すぐさま味方にそれを知らせるべく、けもみみが矢筒から矢笛を抜いて打ち上げた。
矢筒の中には、味方から融通してもらったものがありったけ詰まっていたけれど、予備まではない。
視線を平原に向けると、砂時計が落ち切った事はブルカ同盟軍側でも時間差で把握したらしい。
向こうも砂時計で計測していたのだろう、魔法の火球が打ち上げられて、攻撃開始の号令が行われたのである。
「各員、指示があるまで攻撃は待機! 接争要員は抜剣して備えよッ」
雁木マリが立ち上がり、味方たちを見回しながらそう叫びをあげた。
遮蔽物に伏せて待機する戦士たち、あるいは建物の影で突撃指令をまつ馬上の妖精剣士たち。
諸卿たちは剣を引き抜いて、または胸に抱いて接戦の瞬間を待ち望んでいたし、ドラコフ卿は弓兵に指示を出すべく、敵の攻撃も恐れずにガレキから顔を出して眼下を睥睨していた。
「敵の騎兵集団、前進を開始しました。発光点確認、魔法来ますッ」
誰か眼の良い見張員が、修道院の屋根からそんな報告をしてくれた。
雁木マリが近くにいる従士や領兵たちの背中を叩いて叱咤する。そうして「着弾に備えなさい!」と声をかけた次の瞬間の事である。
「ご、ご主人さま。敵の陣地で爆発反応がありました。ひとつふたつ、うおお、しゅごぃ……」
男装の麗人が困惑の表情で叫んだかと思うと、最後に彼女らしくも無い変な言葉を漏らしたのである。
豊かすぎる両の胸をガレキに押し付けながらも、眼下を見入っていた。
俺たちもつられてその視線の先を見やれば、突撃開始をしたブルカ同盟軍の歩兵集団のあちこちで、何かの爆弾がさく裂した様な盛大な火点が広がっていたのだ。
何となく、フィジカルマジカルな予感がする。
「よ、ようじょの魔法だ……」
俺はそんな確信をした。
アタック・ザ・ようじょ!!!
※ 活動報告にで書籍化進捗を記載しました。




