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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
第8章 ゴルゴライ戦線
365/575

277 シャブリン包囲戦 後

更新、大変お待たせしました!


 重装備の騎士たちの連なりが割れると、そこからひとりの男が白旗を持って前進して来た。

 灰色の法衣を身に纏い、その上から胸当てをした姿は修道騎士の様であるけれども、そうではない。

 あれが作戦の神様と呼ばれて恐れられているブルカ辺境伯の懐刀、ツジンで間違いないだろう。


 槍に括り付けた白旗を杖代わりにして歩みを止めた法衣の丸メガネ坊主が、包囲されている俺たちを見回してその視線を小高い丘に定めたのである。


「止まりなさあい! それ以上近付くとアタシの自慢の槍がアンタの首を刺し抜くわよぉ!」


 軍馬を翻して前に飛び出た男色男爵が、自慢の槍をぐいんと振って構えを改め野太い怒声を上げた。

 それでもツジンと思われる丸メガネ坊主は、落ち着いた姿勢で男色男爵を見上げている。

 怯む様子などそこにはひと欠けらも無かった。


「ブルカ辺境伯ミゲルシャールの家宰、ツジンである。停戦交渉のためにまかり越した」


 威圧とも怒声とも違う通る声でツジンはそう言った。

 言われて馬首を返した男色男爵は、すぐにも丘の上にいた俺たちに向けて視線を送って来る。

 交渉の権限があるものを出せと言っているのだろうが、視線は明らかに俺を見定めている。


「えっ、これは俺が出る流れ?」

「他に誰がいるのよ。あなたは軍監なんだから、敵が軍監を出してきた以上、対等な立場の人間が交渉にあたるべきよ」


 戸惑っている俺に対して、軍馬を寄せた雁木マリが即座にそう返事をした。

 その手前で馬上にて俺を見つめていた男装の麗人もコクリと頷き、首を返せばエルパコも黙って頷きを返し、マジかよと思いながらすがる様な思いでベストレ男爵を見やれば、こちらも似たような顔をしているではないか。


「わ、わたしが前に出て交渉するべきではないですの?」

「それはおよしになった方が無難でしょうな総指揮官どの。貴卿も宮廷貴族のご出身なれば腹芸もやぶさかではないでしょうが、ここは戦場だ。軍事に詳しい人間が前に出て交渉するのが妥当というものですぞ」


 ベストレ男爵が意を決して声を上げたツンデレのマリアちゃんにそう言うと、なるほどそれならばと納得して背中を預けていた俺を上目遣いで見てくるではないか。


「さすれば軍監たるシューター閣下が交渉にあたるのが妥当であるが、そうでなければ俺が出るかガンギマリー卿が出るか、あるいはオコネイル卿が出るのかで決めるしかありますまい」

「あたしが出てもいいけれど、経験の差で言いくるめられる可能性があるわよね。何しろあの男、あたしたちの世界でも作戦の神様と言われていた参謀だったんでしょう?」


 厳しい表情で俺を見返してくる雁木マリである。

 本当に俺が交渉に当たっていいのかは正直なところ不安がある。

 何しろこのファンタジー世界に来るまでは、俺はただのバイト戦士だったフリーターだからな。

 歴史上の人物を相手に交渉術をしたところで、経験の差は俺とマリでもそうたいして変わらないだろう。


「陸軍参謀かつ、戦後は参議院議員だ。政治も軍事もよく知っている人間ではありますね、腹芸が出来るかどうかはわからないけれど」


 この場にアレクサンドロシアちゃんか、せめてようじょがいたならば、何かの献策を得られたかもしれない。

 女領主ならば実質的にツンデレのマリアちゃんに代わって采配を取っていた前線指揮官だし、アレクサンドロシアちゃんは腹芸も得意だろう。

 しかしいないものはしょうがないので、俺は「わかりました」とひと言口にして、即座に軍馬を降りた。 相手も下馬して姿を見せたのだから、こちらもそうするのが筋という気がしたからな。


 すぐにも雁木マリと男装の麗人、それからけもみみを自分たちの馬を降りて俺に続く。

 護衛として手前までついてきてくれるという事だろう。


「お任せしてよろしいですの、あなた?」

「ああ。たぶん停戦交渉か、投降勧告か、そんなところでしょう。話だけ聞いて戻ってきますので、待っていてくださいね」


 不安そうな顔を浮かべたマリアツンデレジアに笑顔を浮かべながら、彼女の背中を優しくなでた。

 いつまでも待たせているわけにもいかないので、すぐさま気持ちを切り替えて、小高い丘を駆け降りる。

 マリや男装の麗人、けもみみも腰や背中の剣を確認するとそれに続いた。


「シューター卿、たぶんアイツは時間稼ぎをするつもりよぉ」


 すれ違いざまにそんなアドバイスをしてくれる男色男爵である。

 俺は「わかっています」と頷き返すと、護衛のために前進してくれた家族たちに振り返ってから改めて居住まいを正しながら正面を見据えた。

 全裸だったので、背中に担いだ剣の食い込みを改めて、萎縮した息子の位置を調整するしかなかったけどな!


 よし、話しを聞くだけなら何という事はないはずだ。

 相手が歴史上の人間であろうとなかろうと、嫌悪する必要も気後れする必要もない。

 そんな風に言い聞かせてずかずかと前に歩み出ると、相手もそれにあわせて前進した。


 相互の軍勢が一定の距離を保ち構える中で、俺と丸メガネ坊主は互いに歩み寄り、そして互いに貴人に対する礼を取る。

 本来ならば敬礼でもすれば様になるのだろうが、このファンタジー世界での習わしでそれを行うのは不思議な感覚だぜ。


「本官はブルカ同盟軍の軍監を務めるツジンである」

「盟主連合軍の軍監、シューターです」


 どう見ても日本人だなと、互いにそう思った事だろう。

 平たい能面顔に低い鼻。どこからどう見ても胴長短足で黄色人種然とした風貌だ。

 けれどもここではお互いに任務が最優先されるので実務に徹する。


「我が軍より、反乱軍に対して降伏勧告を行う。即時武装解除し投降せよ」

「その申し入れは受け入れる事は出来ない」

「反乱軍の首謀者であるリンドル御台マリアツンデレジアの身柄を引き渡せば、反乱軍に加担した辺境諸侯の生命は保証するものである」

「こちらはブルカ辺境伯ミゲルシャールの身柄を拘束している。引き渡して欲しくば、ただちに反逆軍の包囲網と解いていただきたい。話はそれからだ」


 表情ひとつ変えず、ずれた黒ぶち丸メガネの向こう側から俺を睨み付けて言葉を投げかけた坊主野郎である。

 俺は言葉を選びながら、出来るだけ強気に返事をしておいた。


「……それが本官に対する返答か」

「そういう事ですねえ。帝国陸軍参謀の辻政信さん、いや参議院議員だったかな?」


 皮肉をひとつ口にしてやろうとしたところ、目の前の丸メガネ坊主がおやっという顔をした。

 ようやく表情を崩して俺の顔を改める。


「名前は何という?」


 この質問はこのファンタジー世界での名前を聞かれているのではないだろう。


「吉田修太です」

「軍人か」

「いいえ、ただの民間人ですねえ。強いて言うなら空手を二〇年ばかりやっていた事かな? 体力には自信があります」


 こんなやり取りは、確か全裸の姿でサルワタの森をさ迷って以来じゃないだろうか。

 俺の言葉を聞いたツジンは満足そうにニヤリとして、それから言葉を続ける。


「このような場所で日本人(にっぽんじん)が互いに顔を合わせるのも、運命の皮肉を感じる。貴様はそうは思わんか。ん?」

「皮肉と言えば皮肉ですねえ。こちらの世界に来ても戦争指導ですか」

「わたしにはやりとげるべき事があるからな、その場所がどこであってもそれは関係ない。生まれ変わって体力十分、ならばやるしかないだろう」


 不気味な微笑を浮かべながら、ツジンはズレた丸メガネを引き上げるのだった。

 目の前の男ツジン、いや辻政信がやり残した事などと絶対にロクな事であるはずがないのだ。

 どうせあちらで果たせなかった戦争による勝利でも夢見ているのかも知れない。


「それはミゲルシャールさまに天下でも取らせるおつもりなんですかねえ」

「本官は前面に立って天下を差配する人間ではないからな。参謀として指揮官を補佐する事こそが使命であり、やるべき事だ」


 やはり俺が思った通りの返事が返って来た。

 モノの本によれば、第二次世界大戦が終焉しても、東南アジアのどこかで国家転覆だかを企んでいた事もあったというから、生粋のイカレやろうに間違いない。


「貴様はどうだ。あちらの世界で何かやり残したことがあったのではないか」

「向こうでやり残したことは結婚ですかね。親には随分迷惑をかけましたから、それだけが心残りだ」

「とぼけた返事をする男だ。日本男児として情けない限りだ」

「だがここでやるべきことはわかっているつもりだ」


 俺がそう言うと、ツジンは少しだけ唇の端を歪めて俺を見返した。


「ほう……?」

「ここで出来た家族を絶対に守り抜く事ですかねえ」

「殊勝な心掛けだが、大志がまるでない」

「いやあ、奥さんたちを悲しませるわけにはいかないので、マリアツンデレジアちゃんを差し出すわけにはいかないんですよ。誰ひとり欠けても、それはもう家族じゃないんだなぁ」

「日本男児に生まれたからには歴史に勇名を残さねばならん。異世界であろうとどこであろうと。貴様のやるべき事というのは小人(しょうじん)のそれだ」


 そういう考え方をするのは結構だが、押し付けてもらっても困るんですよ。

 俺は内心で腹を立てながら意趣返しのつもりで言い返してやった。


「まあ強いて言うなら、アレクサンドロシアちゃんに天下を取らせてあげる事かな? 彼女も俺の奥さんのひとりなんですよ。第三夫人というやつです。そういう意味でもオレンジハゲと、あんたの野望は打ち砕かなければならない。そうすれば一石二鳥で俺もこのファンタジー世界の歴史に名を残せるかな?」


 よほどすっとぼけた返事に聞こえたのだろうか。

 みるみる不機嫌な、いや冷徹な表情を浮かべたツジンという男はそのまま俺を無言で睨み付けてくるのだ。

 これもモノの本で読んだ話だが、辻政信という男は酒も女も手にしない清廉潔白を地で行く様な人間だったらしいからな。

 奥さん一筋で浮気もせず、芸者遊びをしていた上官を殴り飛ばしたという逸話を読んだ記憶がある。


 しかし睨み付けていたツジンは突如笑い出したかと思うと、大きな声でこう言うのだ。


「あっはっは、なるほど貴様の言い分はもっともだ。あっぱれ日本男児(にっぽんだんじ)の心意気を見せてもらった。さしずめこの本官を愚弄して、交渉を優位に持ち込もうとしたというわけか」

「さあ、どうですかね」

「だがこのままでは交渉決裂だな」

「その様ですねえ」

「本官はそれでも構わないのだが、それではフレディマンソンさまの腹が収まらないだろう」


 ツジンは笑いを治めると一旦会話を区切り、懐を探って砂時計を取り出した。


「半刻の猶予をやる、この砂時計が落ち切ればわが軍は総攻撃を開始する。それまでにミゲルシャールさまの引き渡しを要求する。それが包囲網を解く条件だ」

「断れば?」

「問答無用で総攻撃だ。ミゲルシャールさまの身柄は本官の名誉にかけて取り戻すまでだ」


 破壊されたシャブリン修道院の跡地に寄って戦っている俺たちの数はせいぜいが千を少しばかり超える程度の軍勢だ。

 戦線崩壊で孤立したマリアツンデレジア隊のわずかな本陣、それに救援にかけつけたベストレ隊の一部や俺たち家族の半分、それにリンドル川を渡河して態勢を整えるのもわずらわしいとばかり攻め寄せた男色男爵隊やドラコフ隊に、全裸の修道騎士隊という有様だからな。


 対するブルカ同盟軍側は第二梯団として眼の前の男ツジンが引き連れて来たらしい部隊と合流して、目の前には万にも数えられる軍勢がいるのだから、俺の強弁もハッタリ程度の意味しかないだろう。


 けれども引き下がるわけにはいかない。

 今もアレクサンドロシアちゃんとようじょたちが、少しでも自軍に有意な戦局を作るべく動いているのだから、俺としてはそれを信じて戦うしかない。

 ここでマリアツンデレジアの身柄を引き渡すという選択肢はないのだし、結果もまだ定まっていない。


「お帰りはあちらで」

「なれば同郷のよしみだ、貴様の心がけに応えて完膚なきまでに叩きつぶす事にする」

「そいつはどうも」


 不気味な微笑のままツジンはそう言うと、さっそうとその身を翻して立ち去って行った。

 俺は静かにその背中を見送り、仲間たちの方角へと振り向く。


     ◆


「やっぱりあのツジンって男、あたしたちと同じ転生者だったのかしら」

「ああ、辻政信で間違いないと思う。確認のしようもないけどね」


 少なくとも本人はそれを否定しなかった。


 俺を見守っていた雁木マリに近付きながら、そんなやり取りをする。

 すぐにもけもみみと男装の麗人も無言で近付いて来て、俺の手に持った砂時計に視線を落とすのだ。


「ご主人さま、敵はマリアツンデレジア奥さまの引き渡しを要求しておられましたが……」

「こっちにはオレンジハゲがいるんだ、まさかここでマリアちゃんを差し出すなんて論外だし、ここで降伏したのでは何のための盟主連合の決起だったのかわからない」

「半刻の間に作戦を立てなくてはいけないわね。友軍を信じて耐え抜くしかないわ」


 男装の麗人の言葉に俺がそう返事をすると、マリも腕組みをしながら今後について思案をし始めた。

 俺たちが戻ってくる姿を認めて、男色男爵や他の指揮官たちも小さな丘の上へと参集を開始する。


 半刻の間に何かしらの対策を講じなければなない。

 戦力の差は十倍の開きがあり、こちらは破壊されたシャブリン修道院を盾に戦うしかないのだ。

 唯一の利点は、俺たちの部隊が敵を見下ろす格好で小高い丘にささやかな本陣を敷いている事だろうか。

 後はひどいもので、主戦力と言える俺たちの精鋭・騎士修道会の修道騎士たちも、女魔法使いのアンタッチャブル魔法のおかげで全裸か半裸だ。


「ッヨイ子ちゃんの消息がつかめていないけれども、アタシが周囲を見回した限りでは戦場の近くには存在していないわぁ」

「アレクサンドロシア卿の姿も見えませんけれど、わたしが戦線を崩されて後退を開始した時には、近くに紅の旗を見たのですけれども……」


 戦場経験豊富なアレクサンドロシアちゃんと偉大なるようじょ軍師が動いているという事は、まだ望みがあるという意味だ。

 同じ様に理解していたらしい男色男爵も、俺を見返しながら言葉を口にする。


「全方位を敵に囲まれた場合は簡単に揉み潰されてしまうわあ。方法はふたつねぇ、味方の方向に向けて打って出るか、あるいはシャブリン修道院の残骸を盾にして引きつけて倒すか……」


 大きな宝石のリングをした指を折りながら作戦を思案する男色男爵に俺は投げ返す。


「軍事戦略上どちらが妥当なんでしょうかね。俺はそこのところがわからないので、みなさんのご意見を聞きたいわけですが」

「そうねえ。アタシならドロシアちゃんの動きがわかるまで引き付けて戦う方を選ぶかしらぁ。ドラコフ卿はどうかしらねぇ?」

「時間との勝負というのもあるだろう。この半刻の間に友軍の動きが理解出来なければ、下手に籠って戦力をすり潰せば、起死回生の勝機も見いだせなくなる。ベストレ卿はどうか?」

「むむっ。選択肢はあまりないが、強引に突破を図ってシューター卿とマリアツンデレジア卿が合流するところは見ていたはずであろう。そうであれば機会をうかがって側面からの切り崩しをかけてくる可能性がある」


 では側面というのはどこかというと、思案するベストレ男爵が見た方角は、


「アレクサンドロシア卿の性格を考えれば、われらが包囲されたのを見て敵に背を向けてゴルゴライに後退したとは考えられない。となれば無駄な散発的な戦闘を割けて、シューター卿の養女どのと合流を図り、森へ」

「なるほど森ねぇ。確かに重装騎士や歩兵ばかり揃えているブルカ軍の主力にとっては厄介な場所だわぁ、逃げるには妥当な場所ねぇ」


 男色男爵の言葉に、俺たちも納得する。

 聞けば女領主は熱心に周辺の森林地帯を調べさせていたというし、彼女自身も当地の貴族としてこの地形には詳しいはずだ。

 ようじょと合流すれば強力な魔法を使える人間が増えるわけで魔法火力も単純計算で二倍だ。


「ご主人さま。ツジンとの交渉では、いざとなればブルカ伯の身柄を交換条件に包囲網の解放を話し合っておられましたが」

「おおそうだ。シューター卿、それでブルカ伯の身柄は現在どこにおられるのでしたかな」

「あのオレンジハゲは、護符切れを起こしたマドゥーシャと少数の護衛が拘束して、戦線の後方にいるはずだけど」


 男装の麗人の言葉を口を聞いて手を叩いたドラコフ卿であるけれど、俺はどこにいるかを説明しながらたまらなく不安な気持ちになったのである。

 あいつは戦争捕虜として奴隷になり、売り飛ばされるか首を斬り落とされるかの狭間で、俺が買い取る事で命を救ったという有様だった。

 へそピアスは付いているが、デブのナメルシュタイナーの様に使役魔法を施しているわけではないので、俺の背中にあるタトゥがあるわけでもなく、仮にあったとしても距離が離れすぎていて使役も出来ない。


「おお、シューター卿の愛人魔法使いですか。あれならば火力も申し分ないし、おめおめ敵に奪われる事もありませんな」


 ドラコフ卿は笑って安堵したけれど、俺も男装の麗人も雁木マリも、一抹の不安を覚えずにはいられないのだった。


「おちんぎんは前金で払っとくべきだったかもね……」

「大丈夫だよシューターさん。裏切れば死後も異世界まで追いかけて、ぼくが償いをさせるから」

 

 これまで黙って会話を聞いていたけもみみが、自信満々にニッコリわらってこう言ったのだ。


「ひ、とまずは安心だ。ブルカ伯の身柄さえあればこの戦争は負けじゃないからなっ」

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